9
ゆっくり10秒は滞空して、ナナの体が地面に落ちる。
衝撃で服はボロボロ。胸の傷が開いて、血を噴き出しながら。
「ナナァ!」
ソラの絶叫。
私には目もくれず、ナナに向かって走り出す。
戦闘中に相手から目を逸らしてナナを心配する姿が、年相応の少女らしくて。
――とてもじゃないけど、その背中を攻撃する気になれない。
「ナナ、ナナ!」
ソラがナナの体に触れる。揺さぶって良いものか、悩んでいる様子。
「……バカ、私より、トアを……」
息も絶え絶えにナナが言う。
「喋らないで! ジッとしてれば、妖玉の力で回復するはずだから……」
「分かってんなら、ほっとけ……」
「でも、あんな攻撃受けて、あんなに上に吹き飛んで……」
「大丈夫。大丈夫、だから……」
そこで痛みに呻くナナ。
そんなナナに、ソラはますます冷静さを失っていく。
「ナナ、しんじゃやだ、一人にしないで……」
「しっ、かりしろ!」
ナナが弱々しくソラの肩を掴む。
「平気、だから! 人間支配して、トアとシチビの四人で、遊ぶんだろ! やるべきことを思い出せ!」
その叱咤で、ソラの目に光が戻っていく。
「……お前なら、勝てる。勝てなくても、シチビが来るまで持ちこたえられる。ソラは私より、ずっとずっと、凄いんだから……」
ナナが車輪をソラに渡す。
「頼んだぜ。私の……私たちの夢。叶えて、くれよ……」
そこでまた痛みに顔をしかめて、ソラから手が離れる。
ぜー、ぜー、と苦しそうに呼吸をしていた。
「……そう、だね。ごめん。ちょっと取り乱してた」
ソラがそう言うと、ナナはただ微笑みを返す。もう声を出せないようだ。
「いつも先陣切ってくれて……私を引っ張ってくれて、ありがとう。後は任せて。
……一緒に、幸せになろうね」
(……スォー。準備して)
(えっ?)
「早く!」
……冷や汗が出始める。
こんな経験、前世含めても、数えるくらいだ。
右手に斧、左手に車輪、それぞれ長柄武器を持って、ゆっくりとソラが立ち上がった。
「……トアちゃん、おイタが過ぎるよ」
ゆっくりとソラが振り返る。
立ち上る妖気は、禍々しくて……けれどどこか、美しい。
私の体を――これでも百年以上、戦争に身を置いていた魂すら――射竦める、強大で、無垢で、無邪気で、純粋なその感情。
それはきっと憎悪であり、殺意であり、愛であり友情だった。
「その悪い手足全部斬り落として、良い子にしてあげるからね」
ソラの体から漏れ出る妖力で、周囲の炎がさらに勢いを増す。
炎は周囲の草木を燃やし尽くしてもなお燃え盛り、川縁と土手は炎の海と化した。
――それは奇しくも、話に聞くホムラの誕生時と同じ光景だっただろうか。
私より身長一センチだけ高いソラ。
不相応に巨大な武器を両手に持つ姿は、けれど、この地獄のような光景にあって神々しい。
回る車輪の刃先に炎が宿り、斧は熱されて赤白に変色する。
「殺め浄めよ。――血啜りの輪斧――」
車輪が回り始める。斧が暗い妖力を纏い始める。
「砕け。――再来の撃滅――」
二つ目の核羽が砕ける。刀身を黒い光が覆う。
全く同時に、私とソラは走り出した。
†
両上段に振りかぶるソラ。完全に防御を捨てた、威力特化の構え。
私は正眼に構え、攻防どちらにも対処できるように備える。
接敵、ソラが輪斧両方を振り下ろしてきた。
右に飛ぶようにして回避。
それを追うように、斧の軌道がほぼ直角に曲がってきた。
(読まれたっ!?)
薙刀で受け止める。
瞬間、斧に触れた黒光の一部が、焼けて溶けて蒸発した。
もう一歩地面を蹴ってバックステップ。ソラから距離を取る。
「……ナナと戦ってた時から、逃げてばっかり。
さっさと負けてよ。これ以上私たちの邪魔しないで。イライラするな」
「イライラしてくれるなら、むしろもっと逃げ回ろうかな」
ソラの眉がピクッと釣り上がる。
「……保護してあげようようとしたのに、無碍にしたのはトアちゃんだから」
「別に頼んだわけじゃないもん」
「そう。じゃあ、まず逃げ足斬り落として、泣いて懇願させてあげるね」
ソラの怒りに呼応するように、周囲の火事はさらに勢いを増す。
火柱は最早私たちの身長を超えるくらい、激しくなってきた。
ソラに言われたからじゃないけど、今度はこちらから仕掛ける。
片手でも長柄を自由に扱えるのなら、後手に回ると防戦せざるを得ない。
まるで発泡スチロールの棒を振るうような気楽さで、空気を斬り裂く車輪に迎え撃たれる。
右足を軸に、横回転で回避。掠っただけでお腹の服が簡単に裂けて、脇腹から血が噴き出した。
回転の勢いそのまま、左足を一歩踏み込んで、胴撃ち。
下から振り上げられた斧に食い止められる。
(固!? 一応必殺技載せてるんですけど!?)
「くぅっ……」
とはいえ流石に苦しそうなソラ。
二回目の必殺技を放ったため、刀身の黒光が少しずつ消えていく。
さっき受け止めた時から推測するに、黒光が消えきったら刀身ごと焼き溶かされる……
(だったら……!)
体勢を少し引く。
再び右足を軸に体を捻って。
同時に左膝を上げ。
回し蹴りをソラの右手の甲にぶつけた。
「なっ!?」
斧がソラの手から離れる。
刀身を斧に引っかけて、蹴りの勢いを利用して放り捨てた。
その一瞬で刀身の先端、四分の一ほどが溶けてひしゃげてしまう。
「このっ!」
ソラはすぐに切り替えて、両手で車輪を握る。
私は脚を下ろして、ソラに背中を向ける形で薙刀を構えた。
(スォー平気!?)
(は、はい! 戦闘に支障ありません!)
(行くよ!)
(はい!)
「これで、終わりよ!」
ソラの車輪が、これまでで一番速く回転し始めた。
車輪は周囲の炎と妖力を巻き込んで、見る見る燃え盛る。
元の大きさの優に三倍はその体積を増して、車輪が私の視界全てを覆い尽くした。
「「燦け。――轟参の滅却――!!!」」
最後の核羽が砕け散る。
ぐるりと体を半回転。炎の車輪に真っ向から斬りかかった。
接触。
甲高い金属音。
爆炎と轟雷。
どちらのものか分からない、裂帛の咆哮。
なんとか押し込んで押し込んで……
ほんの少しだけ、車輪を動かすことに成功。
その瞬間、私は両手を薙刀から離す。
――撃ち合う時から決めていた、この作戦。
いきなり抵抗がなくなって、ソラの体が押し合ってた体勢のままつんのめる。
車輪の纏う炎を掻い潜るように一歩を踏み出す。
拳を握り込もうとして……けれど、ソラをグーで殴るのに気が引けて。
私は掌底を、そのみぞおちに打ち込んだ。
肩を入れて、肘も伸びた、完璧な一撃。
「がっ!?」
ソラはその場から動かず。……掌底の衝撃を全く逃がせず。
ゆっくりと、頽れた。
ガラン、と大きな音を立てて車輪が落ちる。
――蹴りがあっさり決まった時から、思っていた。
この二人と私の一番の差は、戦闘の経験値。
扱える魔力と妖力の量は、多分私の方が上。
単純な武器の攻撃力だったら、二人の方が上。
この勝敗は、体術が出来るか否か――つまり、前世の経験の有無の差が、そのまま出たと言えるだろう。
†
「……痛、い……うぅ……」
仰向けになって、ソラがみぞおちを押さえて小さく呻く。
ソラが倒れてから周囲の炎は消えて、周囲はただの焦土となっていった。
「ソ、ラ……」
ナナがなんとか起き上がろうとする。
けれどその腕に力が入りきらず、また地面に突っ伏してしまう。
――あれだけの炎の中、ナナの周りだけは全く燃えていないのは、ソラが常に彼女のことを慮っていたからだろう。
「なんで……なんで、邪魔するのよ……」
ソラの声に、涙が混じり始めた。
「トアちゃんなんて、大嫌い……。人間なんて、皆、大嫌いよ……。私たちのこと、いじめて……。なにがそんなに、楽しいの……」
ソラはみぞおちから目に腕を持ち上げ、静かに泣き出した。
……その声と姿があまりに悲痛で、こっちの胸まで痛い。
「ソラを……、ソラを、泣かすな……! くそ、くそっ……」
ナナが震える両腕で、それでも上体を持ち上げて私を睨む。
「ナナ……、ソラ……」
何か声を掛けたくて。
……でも、何も思い浮かばなくて。
と、そこで不意に、膝から力が抜けた。
なんとか右手を付いて、左膝で膝立ちになって体を支える。
今更になって脇腹の傷がズキズキと痛みを主張し始めた。
(主様、お体が……)
――そりゃ無理も無い。
あれだけの妖力を浴びながら、あれだけの魔力を扱って。
周囲はずっと燃えて酸素も少なかった。
浅くない傷を負ったし、最後は炎の中に跳び込むような真似もして……
つい六日前まで普通の13歳として生きてきた体は、この10分足らずの戦いが、酷い負担だったみたいだ。
魂の方はまだ余力があるんだけど……そればっかりは言ってても仕方ない。
(変身を解きましょう。私がお支えいたしま……)
スォーがそう言ってくれた、直後。
突然背後に現れた、馬鹿馬鹿しいほど膨大な妖力に思わず振り返る。
†
「……あらら? これはどういうこと? なんで、ピュアパラごときに負けてるにゃ?」
雪のような髪と獣耳に、鮮血のような瞳。
瞳孔は縦長で、僅かに金色を宿している。
ナナソラと似た服で、フリルは無く色味もおとなしい。胸元は――若干だらしないものの――閉じてはいる。
おしりに付いているのは一本の大きなシッポのように見えて、実は七本の細いシッポが束になっていた。
正体は、猫の妖怪。
普段は努めて普通の言葉遣いを心がけているが、イラついたり楽しかったり、感情が揺さぶられると、すぐ猫の語尾が出る……
そこに現れたのは間違いなく、私の知ってる焔陸星――ホムラ本人だった。
ほとんど消えていた火事が、再びその勢いを増していく。
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