8
手首の拘束は、変身した衝撃で消えていた。
「どうなってんだ。なんで、変身した……?」
「……あの子供が居ない? どこへ……」
どうやらタマハガネのアバター顕現を知らないらしい。
ホムラが二人に隠していたのか、あるいはホムラも知らなかったのか……。
跳躍。空を飛んで、ナナとソラに倒された皆の元へ。
また人質を取られるわけにはいかないので、まずは皆の安全優先だ。
「ブレイド……」
ナナとソラに尋問されていたピュアパラが、涙目で私を見上げる。
「ナイス注意逸らし」
「……いや、私は……」
「大丈夫? 立って歩ける?」
彼女の心に自己嫌悪が広がる前に話を逸らす。
「あ、うん、なんとか……」
周りを見渡す。他に意識のある子は居なそうだ。
「軽傷な子を起こして撤退して。全員運べなさそうなら、気にせず置いて行って良い。私が守る」
「わ、分かった」
「ブレイドはどうするプル……」
「私は、あの二人を足止めする」
「トアちゃん」
ナナとソラがゆっくりと歩いて近づいてくる。
「変身を解いて、こっちにおいで。一緒に行こうよ」
「そうだ。さっきの戦い見てたろ? 勝ち目なんて無いんだから」
ナナは肩に担いで、ソラは両手を揃えて体の前に、それぞれを武器を持つ二人。構える素振りも無い。
たった今、二対八で圧勝した彼女たちにとって、私一人なんてもはや敵とすら認識されていないのだろう。
「……ピュアパラが劣る一番の理由は、『相棒を奴隷か道具扱いした方が強くなる』とかいう設計ミスのせいよ。この世界の人間を知らなすぎる天界のね。
自分より大きな敵に立ち向かう勇気。
結界の中という未知の世界に攻め込む度胸。
その素養があなたたちに劣ってるとは、私にはとても思えない。
だから、私が見せてあげる。ピュアパラの実力を」
薙刀を構える。
私の戦意に呼応するように、二人がゆっくりと得物を構えた。
「未だになにがどーなってんだか分かんないけど……やるしかないみたいだな」
「……ごめん。とりあえず手足の一、二本、斬り落としちゃうね。安心して。ご飯とかオムツのお世話は、ちゃんとしてあげるから」
そこでナナが横目でソラを見た。
「……あのさ。これから戦うって時に味方ドン引きさせること言わないでくんない?」
「なにがよ? そうでもしないと止められそうもないじゃない。可哀想だから、先に言っておかなきゃってだけ」
「相方が天然サイコなのマジ怖いんだけど」
「そんなにサイコかな……」
「まあ、一回叩きのめすのは同意だけど。
トア、このサイコ女に手足ぶった切られたくなかったら、大人しく私に負けときな!」
言って、ナナが一人で駆けてきた。
おぞましいほどの妖力が込められた車輪が振り下ろされる。
それを正面から薙刀で受け止めた。
甲高い金属音。
魔力が擦れた小雷と、妖力が擦れた小炎が、衝撃波を伴って周囲に散らばった。
「きゃぅっ!?」
後ろのピュアパラ――確かスカーレット――の小さな悲鳴。
「なっ!?」
軽々受け止められたナナの驚き。
刃を返して、車輪を地面に叩き付ける。
轟音と共に地面が抉り砕かれた。
両腕を交差させて、叩き付けた勢いそのままに振りかぶる。
「ナナ!」
ナナに振り下ろす直前、ソラの斧が私の刃を横から叩いた。
狙いは逸れて、薙刀と私の体が一瞬泳ぐ。
そのまま距離を取って、体勢を整えた。
(……やっぱり、この体じゃ体幹弱いか)
競技薙刀では鍛えるも限界があるようだ。
離れた私を、唖然として見つめてくるナナ。
「なんだ今の……? 薙刀やってるのは知ってたけど、そういう次元じゃ無いよな……?」
「……間違いなく、真っ向からあなたの車輪を受け止めてたわ」
再び構える。
(二対一だし、私の体力的にも長期戦は不利。必殺技も視野に入れなきゃだけど……)
(お使いになりますか? 武器破壊も狙えると思います)
(武器破壊はしない。タマハガネと妖玉が同じ仕組みなら、武器を破壊したら体内の妖玉も傷付くかもしれない)
(それはむしろ良いことでは? お二人を傷つけず無力化できるかもしれません)
(『体内に埋めている』のよ。臓器や魂と接着か融合してるかもしれない。それを壊した時、どんな影響が出るか分からなすぎる)
(では如何様に?)
(ナナの言ってた通りよ。本人を叩きのめして、戦闘不能にさせるしかない)
(それはそれで危険ではありませんか?)
(二人とも天才だし。変身してる状態なら死にはしないでしょ。というか死なないように調節して)
(御意に)
ナナが車輪を地面から抜き、ソラが斧を上段に構えた。
「……流石トア。さっきのはハッタリじゃなかったんだな」
「私がハッタリ言ったことある?」
「……確かに。100点取るって言ったら本当に取るし、体育祭でクラスを勝たすって言ったら、本当に勝たせてたわね」
「降参する気になった?」
「それはねえけど……。本当に手足もぐ気持ちじゃ無いとダメかもしれない、とは思い始めてる」
「さっきから物騒よ。全部終わったら、もうそういうこと言うの禁止。拷問とか処刑とかも、全部ね。言ったらもう、宿題見せてあげない」
私の言葉に、二人は目を丸くする。
ハッタリを言わない私が、元の関係に戻った後の話をしたから。
「……全く、大物だな。でも流石に、そればっかりは人生初のハッタリになるぜ!」
ナナが再び仕掛けてくる。
ガシャン、と音を立て、外輪が前後に割れた。
中から等間隔に刃が飛び出す。
その見た目は最早、車輪というより歯車のようだ。噛み合わせが鋭利すぎるけど。
ゆっくりと自転を始め、ギャリギャリ……と耳障りな音を立てながら回転速度を増していく。
「刻み処せ。――ロジャーの車輪――」
(……流石にアレは受け止めちゃダメね)
ちらりと後ろを見る。
ピュアパラたちは先ほどより遠くに避難してくれている。これなら回避しても大丈夫。
「死ぬなよトア!」
車輪に地面を走らせ加速させ、右下から斬り上げてくるナナ。
スウェーバックして躱す。
「まだまだぁ!」
手首を返して、そのまま振り下ろし。
横にステップして避けた。
車輪が地面を叩いて、土煙を巻き上げる。
「うらぁ!」
土煙に紛れて、ナナが横薙ぎに車輪を繰り出すのが一瞬見えた。
バックステップで大きく回避。
横に振るった車輪に流されて、僅かにナナの体勢が崩れる。
(ここっ!)
軸足を捻って、薙刀を――
「!?」
ナナに振るおうとしたところで、真横に振り向いた。
思い切りこちらに踏み込んで、斧を振りかぶるソラと目が合う。
「心身壊せ。――喀血の斧――」
咄嗟に薙刀の方向を変えて、ソラの攻撃を受け止めた。
衝撃波に煽られた小雷と小炎が、周りの草花に燃え移って火が起き始める。
「ぐぅっ……!」
――最初のナナの一撃より、ずっと重い。逸らす余裕が無い。
「……凄いね。完全に隙を突いたつもりだったのに」
平然と私を力で組み伏せながら、ソラが驚いたように呟いた。
(……やっぱり、ソラの方が……)
戦術眼、機転の早さ、身のこなし、攻撃の重さ……
さらに妖術の才能と、戦闘における全てに置いてナナを遥かに凌いでいる。
(主様!)
(……、仕方ない、か)
「輝け。――原初の衝撃――!」
パキンッ、と核羽の砕ける音。
黒光の力で、なんとか斧ごとソラを弾き飛ばした。
「背中がガラ空きだぜ!」
後ろからナナの声。
「今仕掛けちゃダメ!」
体勢を崩しながら、ソラの悲鳴のような忠告。
脇構えの形で振り返る。
「らあああ!」
ナナが跳躍。
空中から車輪を叩き付けてくる。
「……舌噛まないでね、ナナ」
大股で、姿勢を低くして踏み込む。
車輪は私の左後ろを叩いて、舗装された路地を砕いた。
すれ違いざま、抜刀術の要領で薙刀を振り抜く。
刃部はナナの腹部、丁度帯の上に当たって。
落雷のような衝撃と轟音を伴って、ナナの体は空中に吹き飛ばされた。
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