7
キィィン――
「なんだ……?」
「……これ、結界が破れた音じゃない?」
ナナとソラが顔を見合わせる。
「……そういや、昨日からピュアパラどもが結界の継ぎ目でうろちょろしてたな」
「見抜かれてたみたいね。そこからこじ開けてきたんだ」
「よりによって今日かよ……つくづく、私らの人生上手くいかねーな」
――二人が言うなら、そうなのだろう。
皆、私が居なくても予定通り進行開始したようだ。
「……ナナ」
「ああ」
二人でうなずき合って、再び私を見た。
「トア、話の続きは後だ。……でもシチビと会えばきっと、気に入ってくれるって信じてるよ」
ナナはそう口にして、一歩ソラに近づく。
そしてセーラー服を勢い良く脱いだ。
ソラも同様にタイを解き、ファスナーを下ろす。
(……?)
急にどうしたの二人とも……?
二人はそのまま肌着とブラも脱いで、上半身裸になってしまった。
「……トアちゃん、そんなに見られると、流石にちょっと恥ずかしいよ」
んなこと言われても。そりゃ見ちゃうでしょ!
二人はスカートのポケットから折りたたみナイフを取り出した。刃を出して、固定する。
「じゃ行くぞ」
「うん」
そして、お互いの胸元――鎖骨の間、首の下あたりにナイフを突き立て合う。
「ちょっ! なにしてるの!」
びっくりして思わず叫んでしまった。
心配する私に向かって、二人はほぼ同時に、ほぼ同じように微笑む。
けれど何も言わず、再び互いを見合って。
同時にナイフを下に滑らせた。
みぞおちのあたりまで真っ直ぐな切り傷をつけて、二人はナイフを下ろす。
傷口から赤い雫が溢れ出して、滴った。
互いに深く抱き合う。
二人とも胸を突き出すように、傷口を押しつけ合いながら。
「つっ……」
どちらのものか、痛みにうめく小さな声。
二人の血と血が混ざり合って、おへそまで垂れていた。
「「――変化」」
二人がそう唱えた瞬間。ナナとソラの体が赤い光に包まれた。
光が収まると、そこには和装の少女が二人、抱き合っている。
五日前に見た絵とそっくりな二人が、ゆっくり体を離した。
「しっかし、毎回これするのホントめんどいな」
「私は面倒さより、恥ずかしさの方が……」
当人達には不評な変身方法らしい。
――もしかしたらあの絵は、一人の人間を二つの角度から視たのでは無く……
二人のそっくりな人間を別の場所で視たものだったのかもしれない、と。今更ながらに、気が付いた。
二人の横と背面は絵の通り。
正面は胸元を盛大にはだけて、傷口が晒されている。帯の位置も本来の女物の和服より大分低い。
太ももの九割は見える短い丈に、白い足袋と黒い草履。
そしてなにより、さっきまでと比べものにならない膨大な妖力。目視できるほどに大量の妖力が、二人の周囲に陽炎を起こす。
「どうトアちゃん? このデザイン、結構好きなんだけど」
「……まあ正直、可愛い。胸と太もも出しすぎだと思うけど」
「それ、ピュアパラが言えた話じゃなくない?」
……言われてみれば、確かに。
でも、太ももはともかく、胸をこんなに出したピュアパラは居ない……ハズ。断言できないけど。
「精霊が『無垢な戦士』なんて名前付けたから、私たちは『不純な者達』だってさ。ぴったりだろ?」
(……あなたたちが不純? そんなわけないでしょ)
でも、そう言っても否定されるだろう。
敵対的で自虐的なネーミングに心酔させるためだろうし。
(ずいぶん人の心に取り入るのが上手くなったみたいね。……ホムラ)
――お前だけは、もう許してやらない。
「で、奴らはどうする? 仕掛けに行く?」
「……目を離した隙にトアちゃんを解放される方が嫌かも」
「確かに。なら、迎え撃つか」
「うん」
(マズい……)
予想以上に、変化した二人が強すぎる。
他のピュアパラ達じゃ、太刀打ちできないだろう。
一度、固定された両腕をグッ、と引いてみる。
悲しいくらいに、ビクともしてくれなかった。
†
それから数分せずに、ピュアパラたちが土手にやってくる。
姿を見せたのは八人。手分けしているのか、カリンさんを含め半数ほど居なかった。
「見つけた! 例の和装の子だ!」
「……二人居る?」
「あっちに居るのブレイドじゃない?」
「すぐ精霊ネットワークで連絡入れるプル!」
ちなみに最後のは別地区の精霊、プル。今回の協同作戦は精霊も別地区から何体か集まっている。
「初実戦か。ま、ソラとの模擬戦より楽そうだな」
「殺さないようにね。全員、シチビさんにあげるんだから」
「分かってるよ」
次の瞬間、ナナの右手とソラの左手に、長柄の武器が現れた。
ナナが持つのは、先端に直径一メートルほどの分厚い円盤。
ソラが持つのは、先端の左右に大きな斧。
ソラの方は一目見て直接攻撃を想定した武器だと分かる。恐らくナナの方もそうなのだろう。
「戦闘用意! とにかくブレイドを助けるわよ!」
リーダー格のピュアパラの号令。
それに応じる、皆の鬨の声。
「ダメ! 皆逃げて!」
私はみんなに向かって叫んだ。
「轢き殺せ。――ジークの車輪――」
「心身壊せ。――喀血の斧――」
激突する両勢力。
見るのが辛くなって、私はついに、目を閉じてしまった。
八人中七人の装備が――タマハガネが破壊されるまで、五分と掛からなかった。
†
変身が解けていない最後の一人も、意識を失う寸前で倒れている。
「……呆気ねーな」
ナナがその最後の一人の髪を掴んで、無理矢理顔を持ち上げさせた。
あうぅ、と苦しそうなその子の呻き声。
「なあアンタ、本当にこの世界守る気あんの? ピュアパラは弱いとは聞いてたけど、予想以下だよ」
「しょうがないって。シチビさんの技術が凄すぎるだけ」
ソラもさげすむように、その少女を見下す。
「ここに入ってきたのはこれで全員? それとも他に居る? もしくは後続が来る予定は? そもそもどうやって結界破ってきたの?」
最後の力を振り絞るように、そのピュアパラはソラを睨み上げた。
「……言うわけ、無いでしょ……」
「そう。偉いわね。さすが無垢な戦士」
言いながら、ソラは斧をそのピュアパラの足首にあてがった。
「私達は、それぞれ担当と二つ名を貰った。私の担当は『拷問』、二つ名は『ヘヴンズ』。こっちが『処刑』で『セヴンス』」
斧が食い込んで、足首を少しだけ切る。
その感触に、少女の顔が恐怖に曇る。
「血は知。傷口から血を喀かせて、口から知を喀かせるから、拷問。
最初は左足首を斬り落とす。次に左膝。次は左股関節。
それでも言わないなら、今度は右足を同じ順番で斬り落とす。
それでも言わないなら、両腕よ。
……どうせ喀くなら、早いほうが良いと思うけど?」
「おお、こえーこえー」
「……真面目なところなんだから、茶化さないで」
キッ、とソラが横目でナナを睨む。
けれどそんなやりとりすら、少女にとっては恐怖のようだった。
「わ、分かった、言うから……斬らないで、お願い……」
ポロポロと涙を流して、ソラに懇願する。
「あー、泣かせたー、かわいそー」
「……うるさいのよ。本気で思ってないくせに」
そして、少女が話し出す。
その内容に二人が耳を傾け始めた。
――二人の警戒心がほころび、注意が逸れた、その瞬間。
少し離れた橋の欄干、そこから人影が飛び出してきた。
その小さな人影は、真っ直ぐに私の元へ走ってくる。
その足取りは、どこか覚束ない。
ナナの強力な妖力を浴びせられ続け、さらに川に捨てられて――
すでにボロボロなスォーは、それでも賢明に私めがけて駆けてくる。
(スォー! ナイスタイミング!)
終わったらたくさん、オレンジジュースあげなくちゃ。
……まあ真面目な話、タマハガネ状態で休ませた方が良いんだろうけど。あくまで気持ちは。
と、スォーが脚をもつれさせて転んでしまう。
その音に、ナナとソラがほぼ同時にこちらに振り返った。
すぐに起き上がって、息を切らせながら、それでもスォーは再び両足を動かす。
「……? なんだ、あの子供」
「いや、分かんないけど……とにかく止めるよ!」
「スォー、頑張れ!」
「うああああああああああああああああ!」
スォーの気合一声。
私とスォーが触れる、直前。
ソラが伸ばした斧の先端が、スォーに襲いかかる。
それを前転して掻い潜り、急ブレーキして私に方向転換。
「何する気だお前!」
ナナの――ソラより遅れていた彼女の――車輪が届く前に、スォーの左手が私の右手に触れた。
「「変身!!」」
私とスォーの体が、純白の光に包まれた。
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