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「14年前。一人の女がピュアパラに選ばれて、妖魔と戦ってたの。
その女は戦い続けるうちに幹部クラスと出会って、まあ、ゴミみたいに惨敗した。
でその後、その幹部は女を持ち帰った。人間とピュアパラの力を不思議に思って、研究するために。まだ侵略が始まったばっかりの頃だからね。
そこで何があったか詳しく知らないけど、とにかくその女は妖魔達にピュアパラに関するほとんどの情報を抜き取られて、ついでに人体実験された。
具体的には『妖力を宿して、自分たちの味方にする』ためだったって。
でも結果は、人間に妖力は適応せず。
心身ともボロボロになって『帰して』って懇願する女に、その幹部も段々『可哀想なことしたかも』って思って、解放したんだってさ」
――なんだそりゃ。
展開もさることながら、幹部側の心情がやけに具体的なのも気になる。
……その幹部とソラは、知り合いなのかもしれない。
「その女は、双子を身ごもってた。当時は気付いてなかったらしいけど。
……で、解放された後、女はピュアパラを引退した。その後しばらくして双子を産む。
その双子は銀髪で、獣の耳が生えてて、片目が赤かった。
それが、私たち。
幹部がした実験の結果は、私たちに発現した」
――見たことが無かったわけだ。
妊娠にも気付かない初期、人間としての形を成す前に妖力を注がれた存在。
それは、ほぼ完全体で自然発生する妖魔や妖怪にはあり得ない。
「その女は、生まれた子供を迫害した。幹部とそっくりの見た目がトラウマだったんでしょう。
味方の情報の全部を売って生きながらえた女は、毒親になったわけ。
……滑稽よね。身の程も知らず戦いに身を投じたガキの、ふさわしい末路だわ」
自分が迫害された悲嘆より、母親の不幸を喜ぶ笑みは、らしくもない。
けれどそれこそが、ソラという人間の本質だったのか。
「女も、その夫の方も、なんか社会的にはそこそこの地位があったみたい。
私たちを捨てるに捨てられず、持て余したそいつらは、離れたところに家を建てて私たち二人だけで住まわせたの。
というか、まあほぼ監禁ね。
この見た目だから、学校にも行かせてもらえなかったし。
最初のうちはお手伝いさんが来てたけど、私たちが12歳になってからはそれも無くなったわ。
ただ定期的に、食料や娯楽品が送られてくるだけ」
「……ギルドは、それを知ってるの?」
二人の状態がピュアパラの戦いの結果ならば、ギルドがなにもしないとは思えない。
戦いを退いてなお、ピュアパラのために動く彼女達ならば……
「一年くらい前かな。いきなりギルドの人達が乗り込んできた。それ以降は、一応ギルドの人が様子を見に来るようになったわ。
それまで、私たちを産んだ女は、ピュアパラの情報を吐かされたことも内緒にしてたみたい。
その時、ギルドの人達から、ピュアパラのことや境世界の戦いのことも知らされた。
このカツラとコンタクトもギルド製よ。
私たちが外に出られるように、って」
「…………」
辛かったね、と言いそうになって……
けれどそれだと、今こうなっていることに説明が付かない。
「……それでハッピーエンド、ってわけじゃないのね」
「まあね。
……あれはギルドが私たちを保護するのと、ほぼ同じ時期だった。
丁度、さっきの精霊と同じように、ゲートから一人の妖魔が、私たちの家に現れた」
「え?」
二人の家は、現実世界のものじゃないの……?
「ふふっ、驚いたトアちゃん可愛い」
くすくすとソラが笑う。
「その妖魔が特別なの。正確には、その妖魔と私たちが。
現れたのは、14年前に女を攫った幹部だった。
私とナナの妖力が、長年同じ家に閉じ込められたお陰で、その妖魔専用のゲートみたいな役割を果たせるようになったみたい」
それからのソラは、これまでと打って変わって、イキイキと……
本当の母親と出会えたことを喜ぶ孤児のように、その語り口を変えた。
~Interlude 【回想:ソラ】~
†
何も無い空間から、誰かが出てくる――
そんな超常現象に驚く私たち。
そして、私たち以上に驚いて見下ろしてくる女性。……と言って良いか分からない存在。
艶やかな白髪に、私たちと同じような獣耳。両の瞳は鮮やかな緋色で、アレンジされた和服のような衣装がよく似合う。
良く見ると、お尻のところからモフモフな尻尾が生えていた。
「……どういうことにゃ? 私が二人? いや良く見ると違う……えっ? なに? にゃんで? てかここどこ? こんなとこに転移門作った覚えないけど……」
そこでナナが私の手を引いて下がらせた。
「こいつ、妖魔だ!」
ナナは近くにあったカッターナイフを取って、刃を出して彼女に向ける。
「妖魔……? 妖魔は私たちの世界にまだ入れないんじゃ……」
「分かんないよ! でも、私たちと似た見た目してるんだし、そうとしか思えない!」
半ば呆然としながら、再び彼女を見る。
人間には無い耳とシッポに、和服に近いけど見たこと無い服装。
……でも、私たちと同じくらいポカンとしてるこの人は、侵略しに来たようにはとても見えなかった。
「どうしよう……ギルドに連絡しないと……」
「……ふむ。なるほど、なんとなく理解した。なんでか知らないけど、あなたたち私と全く同じ妖力を持ってるんだね。
それが同じ場所で長い時間煮凝って、私だけが通れる転移門が開いた……」
対して、周囲を見渡しながら彼女はそう呟いた。
私たちには見えないけど、彼女は『妖力』とやらが見えているのだろうか?
「発言的に、あなたたちは人間みたいだけど……なんで妖力を持ってるの? しかも私の」
彼女が一歩近づいてくる。
「く、来るな!」
「……? ああ、それ武器のつもりだったのね」
「ソラ、ギルドに連絡……」
「う、うん……!」
ポケットからスマホを取り出して……
「ちょい待ちー」
すぐさまスマホを取り上げられた。
彼女は一瞬にして私の目の前に移動してきていた。
「まあまあ、そう焦らずに。同じ妖力のよしみなんだから、ちょっとお喋りしようよ」
「ソラから離れろ!」
ナナがカッターナイフを振り上げる。
彼女の肩に突き立てられたカッターナイフの刃が、甲高い音を立てて折れて吹っ飛んだ。
「私たちに物理攻撃は効かない。知らなかった?」
真っ赤な二つの瞳が、それぞれ私とナナを反射する。
吸い込まれるような……完璧すぎてまるで作り物みたいな『真紅』が、とても――
「……綺麗な瞳ね」
私の思考がそのまま、彼女の口から出てきた。
「人間と混ざると、そんな色になるんだ。髪も素敵。染めてるわけじゃ無いよね?」
きっかけは、そんな単純な一言。
私たちが捨てられた原因であり、ギルドの人間達も露骨に話題を避ける、瞳と髪と耳――
それを生まれて初めて他人に褒められたのが、嬉しくて。
幼児みたいな初体験が、私から警戒心を奪い去った。
「まずは、あなたたちのこと聞かせてくれないかにゃ?」
†
それから私たちは、自分たちの略歴を説明した。
……不法侵入のくせに、すでに我が家のようにソファでくつろぐ彼女に向けて。
「ああー、あの時のピュアパラか。身籠もってたんだ。気付かなかった」
「じゃあ、えっと、あなたは……」
「シチビ」
「え?」
「こっちの世界には九尾って妖怪が居るんでしょ? 私は七本だから、今は七尾って名乗ってる。それで呼んで」
見る限りシッポは一本のようだったが……そう言うならそう呼ばせて貰おう。
「えっと……シチビ、さんは、私たちを産んだ女を捕らえた幹部……なんですか?」
「あはは、不法侵入者にさん付けしてんのウケる!」
ケラケラと笑うシチビさん。
私とナナはただ目を合わせるだけだった。
「あー、おかしいにゃ。……まあ、話を総合すると、そういうことだね」
涙まで流して笑ってたシチビさんだった。
「……じゃあ、私たちがこの姿で生まれたのも、シチビ、さんの影響……」
「多分そうなんだろうねぇ。人間って不思議」
思いがけず自分たちにとって最重要人物が目の前に現れて、どうしていいか分からない私。
多分ナナも、同じ心境だっただろう。
「あ!」
と、急に大きな声を出したシチビさん。
その声量に、私もナナもビクッてなる。
「あれもしかして、ゲームってやつじゃない?」
シチビさんが指さす先には、テレビゲーム機とテレビがあった。
「……そう、ですけど」
「人間の娯楽品でしょ? 14年前、あなたたちの母親に聞いてから遊んでみたかったんだよね」
「は、はあ……」
立ち上がるシチビさん。
「ふっふっふ。このスマホを返して欲しければ、アレで私と遊ぶのだ!」
冷静に考えれば、通報手段を盾にした脅迫なのだが……
ゲーム機に目をキラキラさせている彼女は、ただワガママを言う童女のようだった。
「にゃあああー! その追尾弾は卑怯じゃんかー!」
「はっはっは! この時まで赤コウラ裏に持ってたんだよー!」
シチビさんとナナが白熱しだして、一時間を過ぎた。
私はあんまりこういうゲーム好きじゃないから、見てるだけ。
――こんなにはしゃいでゲームしてるナナを後ろから見るなんて初めてだったから、それだけで楽しかった。
「くっそー……、って、やばっ! 熱中しすぎた!」
シチビさんが部屋の時計を見る。
……妖魔も時計を見て時間を確認してるらしい。
「そろそろ時間だ。リベンジしたかったけど……まあしゃあない」
シチビさんが私にスマホを差し出す。
「……本当に返してくれるんですね」
「この転移門は私以外に通れないし。まあ一応、帰る前に潰しておくけど」
立ち上がって、うーん、と豪快に伸びをするシチビさん。
「しかし、人間はホント、面白いもの作り出すもんだ。ますます侵略しがいがある」
「……そうだった、コイツめちゃくちゃ敵なんだった」
ナナがゲームの電源を落としながら苦笑する。
「確かに。なんでかな。本当だったら、あなたたちのこと消した方が良いんだろうけど……そんな気になれないや」
シチビさん自身、そんな自分が不思議そうに宙を仰ぐ。
「自分の分身を害したくないなんて、人間みたい。これが、母性本能とかいうヤツ? ……なわけないか」
「……そんなもん、本当にあるか疑わしいけど」
と、ナナが呟く。
「そうなの?」
「あったら私もソラも、あの女に殴られたりしてない。だから私は、母性本能なんてガセだと思ってる」
小声で呟いて、ナナは静かに、拳を握っていた。
「……あー、やめやめ。せっかく楽しかったのが台無しだ……」
暗い思考を振り切るように、ナナも勢い良く立ち上がる。
と、そんなナナの頬を、シチビさんがそっと触れた。
「不思議だわ。その女に、なんだか少し、……怒りを覚えてる。
こんなに可愛いのに」
「え、あっ……」
次にシチビさんが、頭の上に手を移動させた。
ぎこちなくナナの頭をなで始める。
「……母性本能が無いとしたら、今私が、あなたをこうしたい、って感じるのはなんなのかな?」
「…………」
まるで借りてきた猫のように、ピタリと動かないナナ。
そこでシチビさんは、空いた手を私の方に伸ばしてきた。
見た目から想像できないほど強い力で、抱き寄せられる。
ナナと二人で、私たちは彼女の胸にすっぽりと抱え込まれてしまった。
「うーん、わからん。わからんけど……なんか、心地良いし、ちょっと楽しいし。暖かくて気持ちいいし、それでよし!」
私たちの感触を吟味するように緩急を変えながら、シチビさんはそう言う。
気付いたら、私は涙を流していた。
ナナと抱き合った時のぬくもりとは、全然違う。
なんでだろう? 良く分からない。
シチビさんの言うとおり、心地良さや、楽しさが、一度に押し寄せたような。
これまで感じたことが無い感情の奔流が、私の涙を止めてくれなくなってしまう。
涙腺が壊れてしまった、と本気で思うくらい。
気付けばナナも、同じような状態だった。
私たちにびっくりしてたシチビさんも、やがて少し強めに、抱き締めてくれる。
間違いなく、それまでの人生で一番、幸せな瞬間だった。
†
どれくらいの時間泣いていただろう? この辺りになると正直、記憶が曖昧だ。
「……通報なんて、しないから」
なんとかそれを絞り出せたのは、私だったかナナだったか。
「また、遊びに来てくれよ。他にも、相手を吹っ飛ばすゲームとか、撃ち合って塗り合うゲームとか……面白いゲーム、いっぱいあるんだ。
ソラはそういうの、あんまりやってくれないから……」
シチビさんの服を掴んで、縋るように言うナナ。
「私からもお願いします。ゲーム以外にも、本とか映画とか……人間の娯楽品は、まだまだたくさんあります。だから……」
そんな私たちを見下ろす彼女の表情は、とても穏やかで。
少しだけ、紅潮していて。
創作の中でこそ見てきたことあるけど、これが本当の親の表情なのか、と思わされた。
「ふふっ、それは確かに、全部味わってみないといけないにゃあ」
照れくさそうに満面に笑うシチビさんの表情に、私もナナも、また涙が込み上げて。
シチビさんをソファに押し倒すようにして、また泣きじゃくってしまった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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