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私がピュアパラになって、七日。
和装少女の捜索が始まって、早五日。
手がかりは一切掴めず、たまに自然発生する『零れ』(溢れの小規模、少数版)を処理するだけの日々が続いていた。
そんな中、ついに昨日、塔の結界の一部にほつれが発見されたらしい。
今日はそのほつれから結界の解除、侵入を試みる手筈になっていた。
ちなみに、今のところ『幹部クラスの妖魔』とやらが姿を見せたことは無い。こちらが大人数だから、警戒して姿を隠しているのだろうか……?
塔の周辺と一言で言っても、実際はとんでもない広さだから、あるいはまだテリトリー外なのかもしれない。
まあペロも『予想されている』としか言ってないし、出て来るとも限らないけど。
そんな放課後。
「皆ー! テスト対策やろうぜー!」
ホームルームが終わるや否や、ナナがこちらにやってくる。
来週は中間テストだ。たった今、先生から時間割が発表された。
いつもテストの前は、五人で集まって勉強会するのだが……
「ごめん、今日はちょっと外せない用事があって……」
「えっ……?」
見捨てられた子犬のようになるナナ。
「でも代わりに、対策用のノート作ってきたから」
一昨日から皆……というかほぼナナ専用に、今回のテスト範囲をまとめて来たのである。
「十分くらいで中身解説するから、後は四人でお願い」
「そんなあ……。トアと一緒が良かったのにぃ……」
「ワガママ言わないの。むしろわざわざ作ってくれて感謝でしょ。ありがと、トアちゃん」
ソラが私からノートを受け取って、パラパラとめくる。
「おお、すごいね、これ……」
見せて見せてー、と言うイズミにソラがノートを渡す。
「まあイズミとホウセンとソラは要らないかなと思ったけど、一応」
「……いやいや! イズミは私とあんま変わらんでしょ!」
「んだこら! じゃあ今度のテストで決着付けようじゃんか!」
「そんなことは言ってない!」
「全力で逃げた……」
「ほらほら。仲良しはそのくらいにして。トアちゃんの時間無いんだから!」
手を叩いてソラがまとめる。
私はじゃれあう皆をずっと見ていたくて止められないから、助かる限りだ。
†
それから各教科の今回のポイントや、躓きそうなところを説明し始めて、丁度十分が経過した頃。
教卓の上が光って、ペロが出てきた。
「迎えに来たペロー」
私だけに見える姿と声。
一瞬そちらを見てから、私はゆっくり立ち上がる。
「……って感じだから。私はそろそろ行くね。あと頑張って!」
「ありがとトア! いやこれホントすごい……」
しみじみとノートを見て言うイズミ。
イズミは確かにあんまり勉強できる方では無いけど、やる気はあるのでナナより大分救いがある。
問題は勉強にやる気が全くと言って良いほど無いナナだが……
「あれ、なんでこの教室、結界が張ってあるペロ?」
「へぇ、精霊ってこんな見た目してるんだ」
そんな二つの声で、私の思考が一瞬、止まる。
見ると、ナナとソラは、明らかにペロを見上げていた。
「……ペ? この子達、ボクのこと……」
精霊は、普通の人間には見えない。
精霊自身の意思で姿を見せようとした相手と、ピュアパラ以外には……
「ん? なんの話?」
イズミとホウセンが、ナナに不思議そうに聞き返す。
「……ごめんね」
ソラが二人に向けて手をかざした。
次の瞬間、二人は意識を失って、机に突っ伏す。
ソラは立ち上がり、そんな二人の後ろに回ると、左右の手でそれぞれの頭を掴んだ。
「……何の真似?」
「動かないでくれトア。そっちの精霊も」
そう命令してきたのは、ナナ。
「ピュアのタネ、だっけ? 変身するヤツ。こっちに渡して」
ナナが右掌を上にして、私に差し出してきた。
――屈辱と共に、後悔する。
全く二人を疑えなかった、平和ボケした自分に。
「まあ、そういうこと。こないだ見た時は驚いたよ。トア、ピュアパラだったんだね」
「この前の溢れは、あなたたちの……」
「話をしたいなら、その前にタネを渡して。渡さないなら、この二人は良くて廃人コースだ」
「…………」
私は黙って、スカートのポケットからタマハガネを取り出した。
そのままナナの掌の上に載せる。
「甘ちゃんだな。見捨てて変身しちゃえば勝てたかもなのに」
「二人を離して」
「まだダメ」
ナナは立ち上がって、私の前に来る。
「両手を前に、手首を交差させるように……そうそう」
言われたとおりに両手を前に出す。
ナナが手首の部分に手をかざした。
次の瞬間、黒いモヤのようなものが、私の手首を接着して固定させる。
――イズミとホウセンを昏睡させた時もだが、この二人、変身しなくても魔法が使えるらしい。
いや、正確にはこれは……
「……妖術」
文字通り、妖力を用いた術。
――けれど普通、妖力は人間には宿らないはずだ。
「へえ? ピュアパラでも知ってるんだ。てっきり魔法と妖術の区別なんて付いてないと思ってた」
多分私以外は知らないと思うけど、わざわざ言ってあげる義理も無い。
そのタイミングでソラが二人から手を離す。
人質は解放されたが、妖力を扱う二人相手に今の私が敵うわけもない。
「んじゃ、行こっか」
ナナが空間に手をかざすと、黒い渦が生まれる。
ペロが作るゲートと同じ物だ。
「この精霊はどうする?」
ソラが尋ねた。
「別にどうでも良いけど、まあ、情報広げるの遅らせるか」
「オーケー」
ソラがペロに手をかざす。
「ペギュッ! ……」
ペロが目を閉じて、ポトリと床に落ちた。
ソラが次に私を見る。
「……昨日までは、罪悪感の方が勝るかも、って思ってたけど……トアちゃんにそんな目で睨まれるの、ちょっと興奮してきちゃうね」
「出たよ変態が。トア、コイツ普段は自分の方がマトモってツラしてるけど、本当は私の方がよっぽど普通だからな?」
「しょーがないじゃん。素なんか出してたら日常に溶け込めないんだから」
「それは分かってるけど、トアに誤解されたままも癪だから」
「ホント、ナナはトアちゃん好きだねえ」
「それはお互い様だろ」
「まあ、それはそうだけどさ」
こんな時でも、どこか私の知ってる神恵姉妹のやりとり。
それが悲しいのか虚しいのか……胸中に渦巻く感情の正体が、自分でも良く分からなくなってくる。
†
それからゲートを通って、境世界にやってきた。
目の前の川を挟んで反対側、すぐ目の前に塔がある。いつも見るより遙かに大きくて近い。
明らかに、結界の中だった。
私は土手に寝かされて、両手を頭上で固定される。ご丁寧にシートを敷かれて。
「ふう……」
私を固定し終えると、ナナとソラがほぼ同時に自分の髪を掴んだ。
一気に引き剥がすと、普段の黒髪の下から銀髪が現れる。
その天辺には、左右に二つの獣耳。カツラから解放されて、ピョコン、と上を向く。
次にナナは右目、ソラは左目のコンタクトレンズを外した。
そこには茜色の瞳。
白い髪と赤の瞳は、妖怪の特徴だ。
個体ごとに姿形が異なる妖怪だが、その二点だけは必ず共通している。
「あー、これも今日でやっと最後か」
言いながらカツラを放り捨てるナナ。
「そうとも限らないでしょ。雑に扱わないの」
レンズケースにコンタクトをしまうソラは、いつものようにナナを窘める。
次にナナがレンズケースを差し出した。
「しまう必要あるか?」
「まだ終わったわけじゃ無いし。偽装の道具って考えたら、まだ使い道はあるかもしれない」
「……分かったよ」
ナナがコンタクトをしまって、ソラがその蓋を閉じる。
「……あなたたちは、なんなの?」
それは、心の底からの質問。
さっきまでは、擬態した妖怪だと思っていた。
確かにカツラとコンタクトを取った二人の妖力は、人間にしては強大だ。
が、妖怪だとしたら弱すぎる。
本物の妖怪なら髪の色はもっと真っ白だし、目の色ももっと真紅だ。
茜色の目は、二人とも片目ずつみたいだし。
こんな存在、私も知らない。
少なくとも、自然に発生する生物とは考えられない。
「ん? 知りたい知りたい? もー、しょーがないなートアは」
――まだなにも答えてないけど。
どうも緊張感に欠けるな……
「ソラ、よろしく」
「丸投げ……」
「私はこれ壊せないか色々試してみるわ」
ナナがタマハガネを見せて言う。
タネもタマハガネも、物理的に壊れることはないそうだ。
唯一例外は、膨大な魔力を注ぎ込んで自爆させること。私がタネにやったみたいに。
ただし、それはタマハガネ状態のみの話。
変身状態だと普通に傷付くし、アバターも見た目通りの防御力らしい。
(なんとか、取り戻さないと……)
が、この状態でアバター顕現させても、私に触れる前に倒されてしまうだろう。
今はタマハガネ状態で耐えてもらうしか無い。
「まあいいけど……」
「私だと上手く説明できるかわかんねーし。頼むわ」
「分かったよ」
ソラが私に近づいてくる。
(……くっ、銀髪ケモミミ可愛いな……)
私を見下ろすソラがシンプルに可愛い。
敵意が揺らぎそうで困る。スォーが壊されるかもしれないって時なのに……
事前の好感度が邪魔をする。
「そんな楽しい話でも無いから。かいつまんで喋るね」
そうして、ソラは淡々と、その涼やかな声で朗読するように語り出した。
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