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「……貴重なお話、ありがとうございました。それで、本題の二つ目なんだけど……」
「……はい。お願いします」
若干いたたまれなくなって頷く私。
そっとスォーを隣の席に戻す。
オレンジジュースはそのままあげた。再び飲み始めている。どうやらかなり好きになったみたい。
「これは、ひまわり地区の皆にも共有なんだけど……。
昨日の『溢れ』は、人為的に起こされた可能性が出てきたわ」
メモ帳をめくり、トモエさんは言う。
「すみれ地区に過去視と遠隔視の魔法を使える子が居るんだけど、その子に昨日、溢れが起きる前の塔を視て貰ったの」
「……そういう魔法もあるんですか」
ピュアパラの魔法は、てっきり戦闘能力ばっかりだと思っていた。
過去視と遠隔視なんて、かなり高度な魔法だ。少なくとも妖魔にとっては。
「ごく稀に、攻撃系じゃない魔法が発現する子が居るペロ。本人の資質や偶発的要因によるものと言われてるペロ」
「ふうん……」
「それでその子曰く、ピュアパラのような服を着た女の子が塔にアクセスするところと、その直後にガーゴイルの群れが溢れ出すところ……最後に、その子がガーゴイル・キングに指示するような様子が見えたらしいわ」
カエデさんが「まさか……」と小さく呟いた。
それは、トモエさん以外全員の内心を代弁した言葉だっただろう。
「……それは、誰の服か特定できたんですか?」
皆を代表するように、カリンさんがトモエさんに尋ねた。
「それが、そんな服のピュアパラ存在しないのよ。えっと……これがその子に描いて貰った絵なんだけど」
トモエさんがカバンから二枚の紙を取り出す。
どちらも銀髪……白髪? の女の子が描かれた、色つきのラフイラスト。遠隔視の子は絵の心得があるみたいだ。
片方はこちらに完全に背を向けており、もう片方は斜め後ろからだ。服装や髪型から、同一人物を別角度から描いたものに見える。
確かに着ている服はピュアパラの衣装に似ていた。肩や脚の露出、フリルのあしらい方など。
……だけど、明確に違うところもある。
「これ、和服……?」
シラハさんが呟いた。
そう、これはベースが和服だ。
ピュアパラの服は私が見た限り洋服がベースのものしかない。
「塔までは距離もあるし、これは結界の中の映像だったみたいでね。視た映像はかなり解像度が低くて、ところどころ違うかもしれない、とは言ってた。
けどシラハちゃんの言うとおり。帯とか、かなり特徴的よね。こんなに大きな袖もピュアパラには無いし」
肩から二の腕までは裸だけど、肘の辺りから和服の袖に似た腕帯? を着けている。
頭にも簪のような髪留めをしているし、和服を元にしてピュアパラのデザインに似せたように……少なくとも、遠隔視の子には見えたんだろう。
「正面からの絵は無いんですかね?」
とカリンさんが尋ねる。
「ええ。まともに姿を見れたのが、この二方向だったみたい」
トモエさんが頷いて答えた。
「ピュアパラか元ピュアパラ以外入れない境世界に居る時点で、普通の人間じゃないですよね、この子……」
ショウコさんが顎に手を当てながら絵を凝視している。
「幹部クラスなんじゃないの? 幹部って人間に似てるんでしょ? ピュアパラの服に似てるのは、ただの偶然とか?」
カエデさんは椅子の上にあぐらをかき、体を前後に揺らしながらそう言った。
「その可能性もあると思う。だから、まだ人間確定では無いわ。現時点ではね」
とトモエさんはカエデさんに頷いた。
「……主様?」
スォーが小首をかしげるように私を見上げてくる。
「……なあに?」
「その、険しいお顔をされていたので……」
「……なんでもないよ、なんでも」
(……少なくとも、今の時点では断言できない)
けれど、ほぼ直感的に答えが思い付いてしまった。
――ピュアパラとは、魔力が扱えない人間が、魔力を扱うために変身した姿。
そのために天界は変身するための道具を作って、人間に与えた。
(……だったらこの服も多分、そういう用途だと思う)
私は、この絵の少女に似た和装を纏う人外種を知っている。
『妖怪』
前世の世界で、そう呼ばれていた異形たち。
文字通り、夭い女の姿をした怪ども。
基本的に残虐で攻撃的、そして享楽的な種族。
前世で傘下に加える時も、加えた後も、苦労させられた。良い子も居たけど少数派。
正確には妖魔とは別の種族だけれど、私の傘下に入ったことと、その容姿や性別から、当時の魔界では妖魔に分類されていた。
だから妖魔の一種と言われながらも、妖怪は魔力を扱わない。妖力と呼ばれる力を用いる。
魔力と妖力は近しい存在で、相互変換できる技術もあったけど。
この絵の少女が纏う服は、なんらかの方法で人間が妖力を扱えるようにした結果なのだとしたら……
和服姿との関連性が見えてしまう。
また、白髪は妖怪の特徴の一つだ。
(……でも、確証は無い。この場で言っても、むしろ混乱させちゃうだけだろうし……)
こっちの世界にも『妖怪』という同名の存在が居る。言っても彼女達には通じないだろう。
詳しく説明しても良いけど、そうすると今度は「なぜ春日野トアがそんなこと知ってるのか」という話になる。
転生者だと知られるわけには行かない以上、その情報を共有するのはリスキーだ。
「それで、カリンちゃんとトアちゃんには、この和装の子の捜索をお願いしたいの。
もちろん二人だけじゃなくて、全国からタマハガネを使える子を招集しての協同作戦よ。
この子が昨日の溢れの主犯だとしたら、このまま第二、第三の溢れを起こそうとするかもしれない。
今日中に結界付近に複数のゲートを設置するから、明日以降、そのゲートを使ってお願いしたいの」
「……私とカリンさん、ですか?」
「ええ。ひまわり地区でタマハガネ使えるのは二人だけだから」
「私のタマハガネ、三日前の戦いで傷付いちゃって。昨日はペロからタネを借りて戦ってたの。もう傷は治りきってるから大丈夫よ」
カリンさんがそう補足する。
――タマハガネも傷付くんだ……
(ということは、壊れることもある……?)
――だとしたら、スォーはもっと大事にしてあげないと……!
(……今でも充分大事にしていただいておりますので……)
控えめなツッコミは、丁重に無視させていただいた。
私が大事にすると決めたんだから、それは絶対なのである。
「どうかな? やってくれる?」
「もちろんです。近いうちに塔を調査に行こうと思ってましたから。丁度良いです」
「そういえば、昨日はペロに止められたんだっけ」
「そうなんです。ヘタレ精霊で嫌になりますよ。お風呂はなんとしても覗こうとしてくるくせに」
「風評被害ペロ! あれから二時間以上帰らなかったらおうちのひとになんて言うつもりだったペロ! あと覗こうとしたことなんて無いペロ!」
暇そうにしていたウサギモドキが一気にフルスロットルになった。
「ほんの冗談よ。ヘタレの方だけね」
「覗きも冗談で済ますペロ!」
「そこに関しては加害者の証言なんて聞き入れられないし」
「だから冤罪なんだペロ! 司法の敗北ペロ!」
「ふふっ、ペロともずいぶん仲良くなったのね」
トモエさんがくすくすと笑う。
「仲良く……といえば、そうかもしれません。なんだかんだ、信頼し合ってると思いますし」
信用はあんまりしてないけど。そこはまあお互い様。
「なにはともあれ、今回の作戦での最大戦力は、まず間違いなくトアちゃんだわ。
ピュアパラになって早々で申し訳ないんだけど、頼らせて欲しいの」
「申し訳なく思う必要無いですよ。ここにいる全員、この世界を守りたい。そのために最善を尽くすだけです。でしょう?」
「……そうね! そう言ってくれて、ありがとう」
(ねえ、スォー)
(はっ)
(対等や親友ランクのタマハガネは、私とスォーの何割くらいの戦力になる? 概算で良いよ)
(はい。人にもよりますが、親友ランクだと約二割、対等だと一割に満たないほどかと)
(ガーゴイル相手はなんとかなるくらい?)
(単体であれば、かろうじて。キングの場合は五人がかりでも難しいでしょう)
(ありがとう。ジュースおかわり欲しい?)
(え?)
(夢中で飲んでたから。要るかなって)
(い、いえ、大丈夫です……)
その思考の揺らぎを見逃すほど、私の洞察力はザルではない。
「すみません。オレンジジュースもう一杯いただいて良いですか?」
「あ、主様……!」
スォーが顔を赤くして制止しようとしてくる。
コップの中はとっくに空っぽだった。
「ジュース? ええ、もちろんよ。それこそ私たちが許可する物でもないし」
カウンターの中に入ってジュースを注ぐ私と「せめて私にやらせてくださいませ!」と懇願するスォーを、ある人は微笑ましそうに、ある人は驚いた様子で、眺めていた。
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