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彼女の理由

作者: 緒川 文太郎

 毎年、盛夏の候になると、私は決まって花屋で向日葵を購入する。今年も花付きの良いものが手に入ったと、受け取った向日葵を眺めながら、私は花屋の店先で悦に入っていた。そして、私は向日葵の花束を抱えると、炎天下の中をバス停に向かった。


 高校生の頃、クラスに一人の女子生徒が転入して来た。エキゾチックな雰囲気と共に、何処か不安定な感じを与える子であった。彼女とは、最初は挨拶を交わす程度で然程親しくは無かった。何の切っ掛けだったか、互いの好きな漫画の話になり、其処で意気投合してからは次第に話す事も多くなった。当時、クラスで少年漫画を読む女子は、私と彼女の他には居なかったのだ。

 彼女と親しくなるのに、時間は掛からなかった。その翌日から毎日、一緒に登下校をし、休み時間は一緒に過ごし、手洗いに行くのも常に一緒だった。共通の漫画の話題を話せる事で、私自身もとても居心地が良かったのだ。良い友人が出来て良かったと、その時の私は思っていた。

 だが暫くすると、クラス内で妙な噂が立ち始める。……私達がレズビアンであると。確かに、何をするにも何処へ行くにも、常に二人セットで行動をしていた。そういった噂が立つのも無理は無い。真実では無いが、別に必死に否定する程の事でも無いと思い、私は適当にクラスメイト達をあしらっていた。でも、彼女は違っていた。

「ごめん!私の所為で変な噂を立てられて、こんなの……迷惑だよね?凄く嫌だよね?」

例の噂の所為で、私に嫌われるとでも思ったのか、彼女は必死に謝って来た。

「あぁ、あれ?あんなの言わせておけば良いんだよ。どうせ皆も本気になんてしていないし、気にするだけ時間の無駄だって。さ、準備が出来たなら、さっさと帰るよ!」

噂を立てられた事に対してでは無く、その事に因って私に嫌われるかも知れない、彼女が恐れたのは正しくそれだった。この時、既に、彼女の私への依存が始まっていたのだ。


 それからは、日を追う毎に彼女の依存度は増して行った。私と一緒に居ない時には、決まって体調不良で保健室に運ばれた。私が他の友人達と話していると、突然に怒り出して教室を飛び出して行ってしまった。流石にこれは、行き過ぎだと思った。

「ねぇ、どういうつもり?あんた、私と一緒に居ないと死んじゃう訳?」

「違う、そうじゃない!そんなつもりは無かったの!気分を害したなら謝るから、お願いだから赦して。お願いだから、私を置いて行かないでよ!」

「置いて行かないでって、何なのよ……気持ち悪い。私はあんたのママじゃ無いのよ!」

尚も縋り付こうとする彼女に背を向け、私はその場を後にした。きっと、今は自棄になっているだけだ。一晩ゆっくり考えて冷静になれば、明日はいつもの様に笑顔で挨拶出来ると、この時の私は信じて疑わなかった。

 翌日、そしてそれ以降も、彼女が学校へと姿を現す事は無かった。彼女が学校に来なくなってから、以前のものとは違う妙な噂を聞いた。彼女は母子家庭で育ち、母親の死を切っ掛けに転校して来たのだと。そして、その母親の死因は自殺だったと……。


 高校卒業後、私は都内の大学に進学した。初めての夏休みに、久々に帰省する事にした。ほんの数ヶ月離れていただけなのに、地元の街並みはとても懐かしく感じられた。今回の帰省には、親元に帰るというだけで無く、実は別の目的も有った。久し振りに、彼女に会いに行ってみようと考えていたのだ。最後は喧嘩別れの様な形で、何となく気不味くはあるが、再会して以前の様に仲良く出来たらと思ったのだ。

 東京土産は持った。勇気を振り絞って、彼女の自宅の呼び鈴を押す。暫くすると応答が有り、奥から親族と思しき男性が現れた。

「やぁ、これはこれは。姪に会いに来て下さったのですね。どうぞ。」

私は、その男性に案内されるままに、或る和室に辿り着いた。

「どうぞ、此方です。」

其処には、黒檀の大きな仏壇が置かれていた。仏壇手前の経机に、優しく微笑む彼女の写真が飾ってあった。

「早いもので、もう直ぐ一年になります。今でも未だ、ひょっこり帰って来そうな気がしましてねぇ。」

「……な、何故……ですか……?」

「自殺でした。母親と同じで、包丁で心臓を一突きですよ。……どんなに気丈に見えても、やはり、寂しかったのでしょうなぁ。伯父として力になってやれなかった事は、悔やんでも悔やみきれません……。」

彼女の写真の隣には、撮った覚えの無い私の写真も飾られている。しかし、じっくりと良く見てみると、そっくりではあるが私では無い。

「此方は……?」

「あの子の母親です。もう直ぐ二年になります。」


 持参した向日葵の花を墓前に供えると、私はゆっくりと彼女に語り掛けた。

「そっちはどう?お母さんと仲良くやっている?たまには……こっちのママにも会いに来てよ……。」

耳を劈く様な蝉の鳴き声が、私のすすり泣く声を掻き消してくれた。

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