「悪役令嬢モノ」ではなく「よくある乙女ゲーム」に転生してしまって命の危機です!
「悪役令嬢なんて、乙女ゲームには登場しないのよ。」
悪役令嬢モノの漫画を読み終えて私は独り言を呟いた。
「まあそのテンプレが面白いんだけどさあ。」
電子書籍アプリを閉じて、Twitterを開くと好きな乙女ゲームメーカーの告知ツイートが目に入った。
「新作も人がいっぱい死にそうだな。」
公式サイトで世界観を確認すると、真っ黒の背景に血をイメージしたフォントで「DARK BLOOD」とタイトルが目に飛び込んでくる。
絶望の国のアリス×吸血鬼×死に至る謎の病!と物騒なキーワードがデカデカと並び、「絶望の中で君を求め愛を知る――」とこれまた物騒なキャッチコピーがつけられている。
公開されている世界観を読む、成人するまでに胸に咲いた薔薇が赤く染まらなければ首が落ちる。恋愛を通り越してホラーな設定だ。
スチルを見るとヒロインの首筋に牙を立てる攻略対象だとかヒロインの膝で攻略対象が血を吐いて今にも死にそうだ。
絶望の国のアリスというキーワード通り、攻略対象はアリスの登場人物にちなんでいて、ヒロインはアリスのようだ。
「またアリスと吸血鬼モノかー。でも結局萌えるんだよね。あ、キャストも出てる。安定のイツメン!どこで予約しよかな。」
そのまま各店舗の特典をチェックしていると、画面の文字が霞んでうまく見えない。
あれ、なんだか眠い。意識が遠のいて行く――。
・・
乙女ゲームといえば、今は「悪役令嬢」を連想する人が多いだろう。
数年で「悪役令嬢モノ」は大流行した。破滅の運命からの快進撃。自分の手によって幸せを掴み取る悪役令嬢たち。ざまぁも溺愛も読後の爽快感がたまらない。
私も「悪役令嬢モノ」の小説も漫画は大好きだ。
しかし、乙女ゲームの世界に「悪役令嬢」はほぼいない。何なら貴族令嬢すらほぼ登場しないし、穏やかな中世ヨーロッパのお茶会もあまり存在しない。
実際の乙女ゲームはもっと物騒な世界観だ。
暴力、セックス、ドラッグ、共依存、監禁、血、マフィア、銃撃戦。
乙女とついているのが信じられない程にバイオレンスな世界だ。
断罪イベントなど待たずに常に命の危険性がある。ヒロインは序盤の選択肢を間違えるだけで死ぬし、攻略対象も大体一回は死ぬ。サブキャラの命など羽よりも軽く、ヒロインと攻略対象のイベントを盛り上げるために登場してはあっけなく死んでいく。
仲のいい乙女ゲーマー達と語る、絶対に乙女ゲームの世界なんて転生したくはないよね。
妄想だからと笑い飛ばしたそんな話、まさかそれが現実に起きてしまうなんて。
・・
スマホを見ながら気を失ってしまって目を開けると、そこは知らない天井だった。真っ赤な天井が目に飛び込んでくる。
ん?……スマホ?私はこの瞬間までスマホというものを知らなかったはずなのに。今、私は「スマホ」を知っている。
突如流れ込んできた知らない記憶に戸惑いながら、部屋を見渡す。
すべてが赤に染まった部屋。天井も壁も机もベッドも、これは私の部屋だ。知らない部屋ではない。
この赤は見慣れたいつもながらの光景だけれど、頭の中に流れこんだ記憶は「これは異常だ。」と言っている。
流れ込んだ記憶の私と今までの私が脳内会議をして出た答え、それは「ワンダーランドへの転生」だった。
流れ込んだ記憶の私は有村花。乙女ゲームが大好きなオタク。
そして、今この世界にいる私はハナ。絶望の国・ワンダーランドの住人だ。
そう、「DARK BLOOD」の世界に転生してしまっていた。
「待って。」
記憶が流れ込んで即女オタクセリフをかましてしまった。でも本当に待って欲しい。
今まで当たり前にこの赤い世界を受け入れてきて生活してきたけどこのセカイは本当にヤバイ。
最近の乙女ゲームメーカーは「絶望」に力を入れているから、この世界も絶対にヤバイに決まっている。
「どうして悪役令嬢モノじゃないのよ。」
どうせ転生するなら「悪役令嬢モノ」がよかった。
舞台は平和な中世の世だし、「悪役令嬢」は高貴な身分に美しい容姿、そして前世の記憶や才能で無双もできることもある。
でもこのセカイはきっと一歩間違えればすぐに死に繋がるし、性格がいいとか悪いとか関係ない、とにかく少しでも間違えれば「死」あるのみだ。
とにかく生き残るためにもゲームを思い出してみよう。
花が死んだのは発売前だったから、実際にはプレイをしていない。
ただ世界観は知っている。アリスをモチーフとしているが、ほとんどオリジナルの世界ではある。
攻略対象たちがアリスの登場人物にちなんでいるのと、女王の赤いバラが採用されているくらいの世界だ。
女王のバラについてはこのゲームのメインの設定に盛り込んでいる。このワンダーランドの女王は原作よりも更に物騒な人間で、全てを赤にしないと許さない。
そして、このゲームを盛り上げるための要素が、胸元に生えている白いバラだ。なぜかこの世界の人間は皆胸に白いバラを生やして生まれる。成人になる18歳までにこのバラを赤にしなくては首が落ちてしまう病だ。
どう考えても謎世界観ではあるが、それで恋愛が盛り上がるのだから仕方ない。
こういった命に係わる設定は乙女ゲームにはよくあることだ。
どうやってこの花を赤く染めるんだっけ。
肝心なところが思い出せないし、この国の住人であるハナも知らなかった。
ああきっとこれは真相ルートで明かされるやつだ。攻略制限がある男が知っているに違いない。
そしてご都合主義でなんだかんだハッピーエンドを迎えられる。
でも、ハナはヒロインではない。「DARK BLOOD」のヒロインはアリスだったから。
確か登場人物を見ていた時にサブキャラにハナはいたはずだ。
最近の乙女ゲームはサブキャラが多すぎて、ええと……誰だっけ。
ああそうだ、ハナはヒロインの親友ポジションだ。
「待って待って。」
ヒロインの親友ポジションってますますヤバイのではないだろうか。
ご都合主義が効くのはヒロインと攻略対象だけで、サブキャラには適用されない。
なんならサブキャラはヒロインと攻略対象の恋愛を盛り上げるために悲惨な目に遭う。
最近プレイした乙女ゲームは親友、薬漬けにされてなかったか?いや、ヒロインを傷つけるために死んだか?
とにかくヒロインの親友ポジションはいいことがない。
「うん、関わらないでおこう。」
実はアリスのことはまだ知らない。どうやらこの先出会うらしい。
私――ハナは今16歳。確かアリスは17歳だった気がする。タイムリミットまであと1年――と書いてあった気がするからだ。
であれば親友ポジションであるハナも17歳の可能性が高い。そうなると「DARK BLOOD」の話が始まるまでにあと1年の猶予はあるはずだ。
ざっくりとした世界観とぼやーっとした攻略対象は思い出せるけれど、プレイもしていないんだからここからどういう騒動に巻き込まれていくのかわからない。
でもヒロインと攻略対象に出会わなければ、大変な目に遭うことはないんじゃないか?
胸元に恐ろしい白い花は生えているけれど。ハナの親も普通に生きているし、胸元のバラは赤かった。それならばこの病もそこまで深刻ではないはずだ。
次にあらすじを思い出してみる。ああそうだ、アリスは日本からこの世界に転移してしまったはずだ。
そしてこの異常なセカイに染まらない唯一の白の存在としてこのセカイを救ってくれた。
アリスとは関わらない、この世界はアリスが救ってくれる。だから問題なんて何もない。
窓の外を見る、空は不自然に赤く、どの建物も赤く染まっている。
前世の記憶を思い出してから見るこのセカイは恐ろしい。でもこれが今ままで私が生きてきたセカイだ。
アリスと関わらなければ大丈夫、命の不安なんてないのだ。
・・
しかし現実はそう甘くはない。ゲームの登場人物として生まれてしまったからには命の危機がつきものだ。
翌日早速わたしは早速危機に直面していた。
「きゃああああ。」
もしアリスや登場人物と出会うとするならば、やはり学校だろうか、とぼんやり思いながら、赤く染まった道を登校していると、目が真っ赤に染まった人間……いや、人間と獣のハーフのような異形の者が目の前にあらわれた。
「グガ……グギギ…グガアア!」
あ、これ、乙女ゲームで見た!
何かしらの理由で異形の者に変わってしまう時によく聞く鳴き声だ。
乙女ゲームに高確率で出現する異形の者がリアルに存在していて感動してしまったのだ。
……ってそんな呑気なことを考えている場合ではなかった。頭は考え事をしていても身体が本能的になんとか逃げてくれていた。
「グガァアァア!」
しかし、鳴き声を上げた目が真っ赤な異形の者はいとも簡単に私を押し倒す。思い切り二人で道に転がった。
足が焼けるように痛い。まぎれもない現実なのだから。
擦りむいた足から出た血を異形の者は必死になめている。生暖かい舌の感触が気持ち悪い。
もうさすがに、異形の者に感動する気持ちはなくなって、気持ち悪さと恐怖で身体は固まっていた。
「ウ……。」
足を舐めていた異形の者が突然胸を押さえて苦しみ始める。一体どうしたというのだろう。
彼?の胸に咲いたバラが見えて息を飲んだ。白でもない、赤でもない、黒いバラだ。
「これは……。」
苦しんでいる異形の者は花を押さえて苦しんだかと思うと、そのまま意識を失い倒れこんでしまった。
「えっと……大丈夫?」
もちろん返事はないし、返事はない方がいいのだが。
どうしたんだろう。乙女ゲーム知識で考えてみると……確か今作のキーワードに「吸血鬼」があった。
乙女ゲームで「吸血」は大人気の設定だ。ヒロインを求めて首筋に縋りつく攻略対象と喘ぐボイスを楽しむことができるのだ。
私の血を舐めたのも今作のキーワード「吸血鬼」が関係するに違いない。
「異形の者のバラは黒か……。黒いバラの人は見たことないかも。」
転生先で活躍できるような医学知識や薬草知識はゼロだし、推理能力もないが、乙女ゲームあるあるなら任せてほしい。
その知識から推測すると「黒いバラが生えると異形の者になり、白いバラの血を求める。」のだろう。
でもどうして、黒いバラになってしまうのか、白いバラの血を求めるのか、そんなことはわからない。
わからないというか、きっと誰かを攻略しないと謎は見えてこないはずだ。
一人攻略するごとに少しずつ判明していく事実があるのか、真相まで到達しなければ全くわからないのか、それもわからない。
「でも、ヒロインじゃないんだよなあ。」
『ハナ』はただの友達ポジションだから、真相をきっと知らないままだ。
真相を知らずに幸せになるのか、真相を知らないまま死んでいくのかわからないけど。
うーん、乙女ゲーマーとして真相が気になってきた。
頑張って到達した先の真相がずっこけるようなしょうもないものでもご都合主義でも、それでもやっぱり真相ルートはやりたいものだ。
「あーあ、私がヒロインだったらなあ。」
「君がヒロインだよ。」
ぽつりと独り言をつぶやいたはずが返された。慌てて振り向くといつのまにか倒れた異形の者を観察しているプラチナブロンドの少年がいる。全ての持ち物を赤くしなくてはいけないこのセカイで、彼は白いブラウスに青いベストを着ていた。
「あなたそんな服を着ているのがばれたら大変よ!」
一応注意するが、でも、どうしてだろう。このセカイに青いベストなんて売っていないはずだ。
「大丈夫だよ、僕は。」
異形の者の観察を終えて彼はこちらに向かってきた。――この人と知り合ってはいけない。頭でそんな警告が聞こえる。でも、その場を動けない。
「あなたは……。」
「それよりここを移動した方がいいとおもうよ。」
「どうして。」
「倒れてるあいつ、そろそろ首が落ちるよ。」
「えっ!?」
「さあ行こう。」
衝撃的な言葉に驚いている間に彼は私の手を取ってそのまま走り出す。
こんな青いベストの人間と歩いていたら、私まで処刑されてしまうんじゃ……!?
「ねえ待ってどこへ行くの。あなた誰?」
質問に答えず彼は走り続けて、私もその後に続くしかなかった。
そのまま走った先は赤い花畑だ。学校のすぐに近くの小さな花畑。
昨日までは癒しのエリアだったのに、現世の自分の脳みそが融合されると不気味に思える。
赤い空の下、真っ赤な花畑の中で彼の白と青が際立つ。
「僕はアリス。」
花畑の中で彼はそう言った。
「アリス……?」
「このセカイに君は飛び込んで、君が願ったんでしょう、ヒロインになりたいって。」
「……。」
「君はこのセカイに染まらない唯一の白。」
どこかで聞いたフレーズだ。
「僕のアリス。それが君だよ。」
彼の蒼い瞳が光る。赤い世界の中でその蒼はゾッとするほど美しかった。
「不思議の国では本当の願い以外は口にしない方がいいよ。」
ヒロインになりたいと願ってしまったから?
背中の汗がポタリと落ちる。赤い服が身体に張り付いた。
美しい彼の顔が赤に照らされて、不気味だった。
「さっきの異形の者はどうなるの?」
「異形の者?ああさっきのやつか。首が落ちるよ、黒になったら終わりなんだ。」
「あなたはこのセカイの謎を知っているの?」
「知っていることもあるし、知らないこともある。だから探しに行くんだ。」
「探しに?」
「鍵を握る男たちをね。君もその存在は知っているんだろう?」
鍵を握る男たち、攻略対象のことだろうか。あいまいに頷くとアリスは小さく笑って見せた。
「やっぱり君が僕のアリスだ。」
「私がアリス。」
「うん、僕のアリスだ。」
アリスは一歩近づいた。そして、突如私の首筋にかみついた。
「うっ……。」
鋭い牙が肌に刺さる。刺さると言うよりかはジュクジュクと浸透していくようだ。燃えるように熱い。これが痛いという感覚か。
突然の行動に驚きながらも、「吸血」はこんな感覚なんだとまたしても乙女ゲーマーとしての感想も抱いていた。我ながら余裕がある。
「これで本当に僕のアリスだ。」
「今の行為は意味があるの?」
「そうだよ。」
彼は突然ベストのボタンを外し始めた。私が面食らっているうちにブラウスまで手にかけて胸元を開いた。
バラは……赤に染まっている。
「これは……。」
「血を吸うことで赤に染まるんだ。」
「私のバラも赤になったの?」
さすがにこの場で胸元を確認することは憚れて質問する。
「ううん、君のバラは白いまま。君も血をもらう相手を探さないといけない。」
「成人までに赤くしないといけないバラは、人の血を吸わせていたのね。
じゃあ私もあなたの血を吸っていいの?」
「ううん、吸えるのは白いバラだけだ。君は探すんだ、君だけの白いバラを。」
そんなことを言われても、そこらへんの人に吸わせてもらえるはずはない。
でも、それこそがこの乙女ゲームの目玉の設定なのかもしれない。運命の相手の血を求めて探すのだから。
「ん?でも、恋人になったとしても吸えるのは1人だけよね?どちらかは赤く染まっちゃうんだから。」
「うん、だからどちらかは別の人間から血を吸わないと死ぬことになるね。」
「難しい話ね。」
「しかも白も限界があるからね、自分は吸わずに人に吸われ続けるとさっきみたいに黒くなるよ。」
「えっ。」
なるほど、この乙女ゲームの大枠が見えてきた。吸血イベントを楽しみながら、切なさと絶望を味わせるつもりだな。
自分が吸ってしまったせいで彼が死んでしまう切ないイベントもいいし、人に自分の血を分け与えすぎて黒になる寸前の攻略対象がいてもいいかも、だなんて名探偵乙女ゲーマーの妄想が出てきてしまい、なかなかシリアスなモードにならない。
「ちょっとまって、あなたさっき勝手に私の血を吸ったわね。どうしてくれるの。」
「大丈夫、君はこのセカイに染まらない唯一の白だから。」
「よくわからないけど、異形の者にならないならいいわ。」
と言ってから、ふと思いついたことがあった。
「でもどうしてこんな仕組みがあるのかしら、なんのために。」
「もとは人口を減らすためだったみたいだよ。増えすぎたこのセカイの人を減らしたいらしい。」
「残酷なお伽話ね。」
「お伽話とはそうあるべきさ。」
芝居がかった言葉でアリスはこちらをじっと見つめた。赤い世界で唯一の白の私と唯一の青のアリス。
そしてアリスは私に手を差し出す。この手を取れば、この物語は始まっていく。
転生したのは、命の保証がないデンジャラスで設定モリモリの絶望ワンダーランド。
真相を探すために――私は、アリスの手を取った。
セカイに染まらない唯一の白のアリスとして、私だけの白いバラと物語の鍵を探しに。
乙女ゲームが好きなので書いてみたかった作品です。