第7話 (偽物の彼氏視点)
僕の名前は滝沢秀。理工学部2年のどこにでもいる普通の大学生だ。
そんな僕にも一つだけ誇れることがある。
3ヶ月前、僕に人生初の彼女ができた。しかも、その相手がなんと大人気カフェで働く美女店員の東凛さんなのだ!
僕たちの出会いは英語の授業でたまたま隣の席になったことだ。
ある日真面目に授業を受けていることしか取り柄がなかったのに、単位がかかる重要な課題をやり忘れてしまった。理系は授業が詰まっているので、一単位でも必修を落とせば即留年確定となる。
頼れる友達もいなく絶望にひしがれていると、横に座った凛さんがスッと答えを見せてくれた。女神は存在するのだと本気で思った。
答えを素早く写し、この出会いを無駄にしないためにも、そして僕自身が変わるためにも勇気を出して声をかけた。
「あの、僕滝沢秀っていいます。答え見せてくれてありがとうございました。その、お名前伺ってもいいですか?」
何故か固まる凛さんを見て流石にキモかったかと撤回しようとすると、慌てた様子の凛さんが笑顔で返してくれた。
「私は東凛です。同級生なんだし敬語じゃなくていいんだよ?」
「い、いえそんな… 僕は女性と話すの苦手なので…」
「そっか、じゃあ強制しない!あ、女性と話すの苦手なら私が働いているカフェ来てみない?すっごくおしゃれで女の子いっぱいだし慣れるかもよ?」
そう言って凛さんが働いているカフェへと連れていってくれた。店員さんもお客さんも皆美男美女ばかりで場違い感満載だった。これは後で知ったことだが、凛さんはその中でも一番人気だったらしい。
それからというもの、僕は毎日のようにこのカフェへ通った。連絡先を知らない凛さんと話せるの唯一の場所だった。
いつ行っても凛さんが笑顔で対応してくれるので、特別感もあって浮かれていた。だがある時、
「凛さんっていつもあの人のオーダー取ってるよな。もしかして付き合ってんのかな?」
「んなわけ。凛さんとアレじゃ釣り合わないっしょ」
と客同士で話す声が聞こえた。
怒りが湧いた。陰口を叩いた客にではなく、華のある凛さんの横に野暮ったれた僕が並んでいたことに対して。
それから僕は自分磨きの勉強をした。慣れない美容院を予約し流行りの黒髪マッシュにした。洋服は雑誌を読んでもちんぷんかんだったので、モデルをしている高校時代の友人に連絡し恥を忍んでコーデを組んでもらった。
見た目だけ変えても中身が伴わなければ意味ないので、授業で隣の席になった女子と話す練習もした。
そのおかげか人生で初めての告白もされた。僕には凛さんが全てだから断ったけど。
それから半年後、自信もついてきたので仕事終わりの凛さんを出待ちし、その場で告白した。
「まぁいっか。いいよ、付き合おう」
その日から晴れて僕たちは恋人になった。
みんなに自慢したかったが、人気店員の立場もあるので周りには言わないでくれとお願いされたため、仲の良い親友にだけ伝えた。
凛さんはガードが固く手も握らせてもらえないが、そんな初心な様子も全て愛しい。僕は世界一の幸せ者だった…
いつものようにカフェの個室に入れてもらい、特別感を覚えながらコーヒーを飲んでいると、珍しく凛さんが入ってきた。
「ごめんね、どうしても席空けて欲しいんだけど頼めるかな?」
凛さんからのお願いは何気初めてだった。迷うことなく二つ返事で了承して個室を出ると、凛さんと距離の近そうな男が目に入った。
(その子は僕の彼女だぞ。近寄んな。)
との意を込めて睨むがスルーされ、そのまま僕が空けた個室へと入っていった。
何故凛さんはあの男たちを彼氏の僕より優先するんだと少しもやっとしたが、笑顔を送ってくれる凛さんを見て全てどうでもよくなりカフェを離れた。
(あの時凛さんとあの男に詰めていれば)
そう後悔しても全ては手遅れだっただろうが…
深夜1時、課題を終えそろそろ寝ようかとベッドに入ったところにスマホが鳴った。凛さんからだ。付き合ってから凛さんから連絡がきたのは初めてだった。
眠気も覚めドキドキする手でメッセージ欄を開くと、そこには一本の動画のみが送られてきていた。
(この時間に動画?もしかして今日は僕の誕生日だからサプライズかな?日付が変わってすぐくれるなんて、やっぱり凛さんは優しいな)
はやる気持ちを抑え動画の再生ボタンを押すと、そこには信じられないものがあった。
「秀、もうダメ、私…」
「凛は相変わらずだな」
「だって、秀のが…」
「そろそろ俺もきつい。本当にいいのか?」
「うん、きて。愛してるわ、秀」
「へばるなよ?まだ1戦目だからな」
「ちょっとだけ休ませて…」
「それは無理なお願いだな、いつ帰ってくるかもわからないし」
そう言い2回戦目を始める二人。
そこに写っていたのは、見間違うはずもない彼女の凛とカフェですれ違ったあの男だった。
恥ずかしがって手を繋がせてもくれなかった凛が、産まれたままの姿で他の男と重なっていた。
「彼氏がいるのにこんなことして申し訳なくないのか?」
「言ったでしょ。あいつは貴方と同姓同名ってだけの偽物だから。それでも“滝沢秀”と付き合ってるって事実は変わらないでしょ?そしたら私の脳内であいつの姿形を全てあなたに書き換えれば問題ないわ」
「ほんと怖いやつだな」
「ま、この後別れるわ。あんなんじゃ本物には到底及ばないわね」
そこまで聴いて動画を閉じた。思い返せばおかしなことだらけだった。恋は盲目だった。
それ以上考えるのを止めた僕は、静かに意識を落とした。