第4話 アキの決意
今日は誰を狙おうかなと大学の食堂で獲物を探していると、後ろから肩を叩かれた。
「なんだよ、アキか。俺は今忙しいんだ昨日の話の続きなら長引きそうだから、夜にでも電話してくれ」
昨日の今日だしやつれてそうだなんて思っていたが、普段と変わらない笑顔でこちらを見ていた。それが逆にゾッとした。
「まぁまぁ、そう言わずに付き合ってよ。秀が好きなちぎりパン奢ってあげるからさ」
ちぎりパンを赤ちゃんの腕と呼ぶやつは死より酷い目に遭わせると決めている。
「さっき食ったばっかだわ。甘いものそんないらん」
「じゃあ諦めたって言ってた実験のレポート、僕が作ったやつあげるよ。それならどう?」
それは魅力的な提案だ。落としたら留年に王手がかかる単位だったので非常に助かる。だが…
「それプラス電磁誘導実験のレポートで手を打とう」
「4単位分も… まぁいいよ。僕の頼み事に比べたら可愛いもんだし」
「交渉成立だな。ここじゃ話しにくいだろうから、個室もあるテラスに行こうぜ」
「でもあそこ人気すぎてお昼に個室なんか取れるかな?」
「まぁ任せろって」
そう伝え大学の端にあるカフェテラスまで移動する。
俺がいるのは理系キャンパスだが、その中に異様におしゃれなカフェテラスがある。取材かなんかで有名な女優やインスタグラマーなんかも頻繁に訪れる店だ。
人ごみ溢れる中から俺は見知った顔を探し出す。
「久しぶりだな、凛」
「167日」
「何のことだ?」
「あんたがまた会いに来ると言ってから私を放置した時間よ」
そう頬を膨らませながら若干ヤンデレじみた発言をするのは柴凛。
一学年上の先輩で、入学当初は履修登録でお世話になった。それから色々あり最終的にはセフレとしてもお世話になった相手である。
TVの取材で美女店員として紹介され、一般人ながらSNS上には大量のファンアカウントが作られるほど、整った顔とプロポーションをしている。
「悪いな、最近授業で忙しくて。早速で悪いんだが奥の個室使わせてくれないか?」
「はぁ?あんた半年も放置しといてそんだけで許されると思ってるの?連絡しても既読さえ付かないし、何かあったんじゃないかってずっと…」
「この埋め合わせは必ずする。会えなかった分も込みでさ」
「約束よ?裏切ったらどうなるか分かってるんでしょうね?」
「あぁ、俺は約束は破らない」
正直バックれたいが次逃げたら後ろから刺されそうなので、今回はちゃんと付き合うことにしよう。
「はぁ… ま、あなたの都合の良い女になれるのは嬉しいから今回は叶えてあげるわ」
何が都合のいい女だ。月1でヤってただけの関係で俺の家にゼクシィ置いていきやがって…という恨み口はもちろん伏せる。
笑顔になった凛は先客のいる個室へ入って行き、あっという間に席を空けた。テラスの人気店員の手にかかればこれくらい朝飯前なのだろう。退いてくれた男性客に睨まれたが、俺は嫌われ者なので仕方ない。
「貸し1ね。注文はどうする?」
「じゃあコーヒー2杯よろしく」
「あなたはブラックよね。連れの子は?」
「あ、ミルク多めでお願いします…」
なぜアキは元カフェ店員のくせに縮こまっているんだ…
「はいどうぞ。お客さん多いから30分くらいで空けてほしいわ」
「了解」
人気店員と仲良さげに話す俺に嫉妬の目を送る他のやつたの中をすり抜け個室へと向かう。
「長話は嫌いだ。早速本題に入らせてもらう。アキはどの選択をするんだ?」
コーヒーを飲み一息ついたアキがまっすぐこちらを見ながら答える。
「僕はあいつらの幸福を願えない。だからお願い。あいつらを壊してほしい」
「はぁ… それがアキの結論なんだな。何がお前をそこまでさせるんだ?」
「僕はね、たとえ浮気されようが逆ギレされて僕自身をどれだけ罵られようが気にしない。でも、母さんを侮辱する奴は絶対に許さない」
アキは滅多に怒らないが、唯一母の悪口だけは絶対に触れてはいけない逆鱗となっている。
「俺もアキの母には恩あるし、その復讐には賛成だよ」
もっと言えば俺の初恋相手はアキの母親である葵さんだ。初めて出会ったのは俺が高1の頃だった。
女遊びが激しくなり調子に乗りまくっていたあの頃、たまたまナンパした相手がヤクザの女で道端でボコボコにされ殺されかけた。
誰もが見て見ぬふりをする中、葵さんだけは身を張って助けてくれた。その上に傷だらけになった俺を家に連れ手当までしてくれた。
女なんて遊び相手でしかないと思っていた俺にとって、葵さんの大人の魅力が俺の世界を変えた。
暇さえあれば葵さん家にお邪魔していたが、ある時玄関先で同じ制服を着た生徒と出会った。それがアキである。
自分の母親を狙う同級生なんて普通殺したくなると思うが、アキは俺の話を聞いても怒ったり笑ったりしなかった。
『恋心は抑えられないっていうもんね』
その一言ですませるアキを見て、女遊びをして良い気になってた自分の矮小さを知った。
それ以来アキと学校でも絡むようになり、俺なりの反省として葵さんへの恋心も少しずつ捨てていった。
だから俺は無茶振りとも思えるアキの願いを断らない。アキと葵さんを貶す奴は俺にとっても敵だ。
「最後に確認させてくれ。アキ、お前が今からしようとしているのは復讐のために2人の人間を壊そうとし、更にそんなことを親友にさせようとしているんだ。それを踏まえた上でもう一度お前のアンサーをくれ」
アキは曇りなき眼で即答する。
「僕は親友である秀にあの二人を壊してもらいたい」
いつまでも純粋なアキでいてほしかったが、俺はアキの決断を尊重しようと思う。
「分かった。時間はかかるかもしれないが任せてくれ。必ずあいつらを地獄に落として見せるよ」
覚悟を込めてそう宣言すると、アキはいつもの屈託なき笑顔を見せた。
今日のコーヒーはいつもより苦い気がした。