第2話 (アキ視点)
秀に相談して少し落ち着いたが、秋ちゃんが知らない男と腕を組みホテルから出てきた事実は変わらない。
秋ちゃん本人の口から真実を聞くしかない。
スマホを取り出すと、連絡先の一番上にピン留めされている名前をタップする。
「秋ちゃん、どうしても話したいことがあるんだ。明日にでも会えるかな?」
返事はすぐに返ってきた。
「突然どうしたの?急ぎなら電話する?」
「いや、直接会って話したいんだ」
今度は5分ほどの間があった。
「分かった。明日いつものカフェに14時で」
全て僕の勘違いでありますようにと願いながら、深い眠りへとついた。
夢は何も見なかった。
目が覚めて慌てて時計を見ると、もう13時を過ぎていた。
「急いで準備しなきゃ」
秋ちゃんに会う時は必ず今日の一番の状態にするようにしている。
常に一番格好いい自分を見てもらいたいというアキの努力だ。
親友はお似合いだと言ってくれるが、アキ本人は彼女と釣り合ってるとは全く思っていない。だからこそ自分のできる全力で挑むのだ。
時間をかけ髪をセットし、おろしたてのセットアップコーデを身に纏いカフェへと急ぐ。
約束より20分早く着いたのは、二人が初めて話した思い出のカフェだ。当時は店員と客という関係だったが、今では恋人にまで関係を深められた。
先に入ると見慣れた光景が広がった。
「いらっしゃい。お、清水くんじゃないか」
少しくたびれた様子で挨拶をくれたのは店長の宮崎さん。僕が働いていた頃から色々と相談に乗ってくれた恩人だ。
「こんにちは。お久しぶりです。彼女と大切な話をしたいので、奥の個室使わせてもらってもいいですか?」
「おうよ。今日は客入りも悪いし好きなだけ使ってくれて構わないよ」
「ありがとうございます!」
慣れた足取りで奥にある個室に入り、彼女にメッセージを送る。
『いつもの奥の個室で待ってる』
既読は付いたが返信来ないななどと考えていたら、突然ドアが開き彼女がやってきた。
「このカフェも懐かしいわね。アキくん元気にしてた?」
そこの現れたのはアキがよく知っているいつもの秋ちゃんだった。お嬢様オーラを纏い、彼氏であるアキの前でも柔らかい表情など見せつけないいつもの秋ちゃんだ。
「僕たちが恋人になってからはきてないもんね。さ、座ってよ」
アキといる時、彼女は自ら椅子に座ったりしない。必ず椅子をアキに椅子をひかせる。たまに思う、僕って召使いなんじゃないかって。
「ありがとう。モカでお願い」
注文するのも勿論アキの仕事だ。カウンターへ行きモカを2つ頼んで戻ってくると、退屈そうな様子でスマホをいじって待っていた。
「待たせてごめんね。熱いから気をつけて」
「で、会ってまで話さないといけない内容って
なんなのかしら?」
少し機嫌が悪そうだ。本当は世間話でもして心を落ち着けたかったが、こういう時に余計な話をするとすぐ帰ってしまうのが秋ちゃんだ。
「昨日ね、見ちゃったんだ。秋ちゃんが知らない男とホテルから腕組んで出てくるところ」
前座もなくいきなり本題へと入った。スマホをいじっている手が止まったけど、表情は一切変わらない。
「はぁ?いくらあなたが彼氏だからって、私を貶めるような発言をすれば容赦なく訴えるわよ」
「じゃあ僕の見間違いってこと?」
「当たり前でしょ。彼女である私のことを信じられないの?」
できれば秋ちゃんの口から正直に話して欲しかったけど、もう使うしない。
「これでも見間違いだっていうの?」
昨日撮った写真をテーブルに叩きつける。流石の秋ちゃんでも目が動揺していた。
「あなたこれ盗撮よ?訴えるわ」
「ごめんね。訴えられるのは構わないよ。その代わりちゃんと説明してもらえるかな?」
「説明することなんてないわ。それに今の技術力なら偽造することだってできるわ。彼女の私を名誉毀損して楽しい?そんな人だと思わなかったわ!」
「違う!秋ちゃんをそんなことする人間だと思ってない!僕は心配してるんだ。秋ちゃんに何か事情があって脅迫とかされてるんじゃないかって」
「そ、そうよ!私は何も悪くないの!気分悪いからお手洗いへ行くわ」
そう言い残して足早でお手洗いへ逃げてぢかった。でも認めたってことはやっぱりあの男と…
色々と考えていると、画面開いたままの秋ちゃんのスマホが置きっぱなしにされていることにふと気づいた。
(焦ってたのかな。人として最悪だけどごめん秋ちゃん…)
心の中で謝りながらスマホを手に取り、メッセージアプリを開くと、一番上にピン留めされた「アキラ」という知らない名前が目に入った。いつ戻ってくるかもわからないのでとりあえず見てみると…
『秋、今日も来れるよな?』
『もちろんよ。その代わりいつもより多めでお願いできる?』
『しゃーねぇな。昨日はクッソ気持ちよかったしな特別だ』
『嬉しいわ。私も気持ちよかったわよ』
『当たり前だろ。あんだけでけぇ声で喘いでおいて微妙とか言われたらぶん殴るっての』
『思い出すと恥ずかしいわね。じゃあもうすぐ家出るから17時くらいに着くと思うわ』
脅迫なんじゃないか、無理矢理されて秋ちゃんは望んでなんかないと願った淡い希望は消え去った。
もっと過去に遡ろうとスクロールしていると、
「最低ね。人のスマホを覗き見するなんて」
お手洗いから帰ってきた秋ちゃんに見られてしまった。
普段の僕なら平謝りしたと思う。でも今の僕には怒りしか湧いてこなかった。
「これはどういうこと?」
先ほどまでの動揺は消え、いつもの冷徹な視線をこちらに向けながら答える。
「あなたが覗き見た通りよ。彼は私にたくさんお金をくれるの」
「お金のためだって?!うそだ!秋ちゃんの家は金持ちじゃないか」
「いくら名家でお金があっても厳しい家庭では一銭たりとも使えないのよ」
「お金で困ってるなら僕に相談してくれたっていいじゃないか!」
「私が今身に付けてる服や鞄いくらするかわかる?ふふ、400万よ、400万。片親で貧困家庭なのに無理して奨学金借りて大学入って、バイト先の店長に時給50円だけ上げてもらうために土下座するようなあなたに払えるかしら?歩くための靴さえ買えないわよあなたには」
僕が生まれてすぐに父が亡くなり、頼れる親戚もおらず、今まで働いたことのなかった母が夜遅くから早朝まで20年も働き続けている。大学生にもなればどんな仕事をしているか想像がつく。
母だって辛いはずなのに、アキが将来仕事に困ることがないよう大学にまで入れてくれた。
お金の大切さは身をもって知っている。だけど、それ以外にも大切なものはあると母が教えてくれたはずなんだ。
「そんな、世の中お金が全てだっていうのか!」
「彼はお金だけじゃないわ。彼は夜も上手いのよ。お金だけが目当てなら。医者の息子ってだけの彼は選ばないわよ」
ふと脳裏に親友がよく言っていた言葉を思い出した。
「俺が昨日抱いた女『清楚系ビッチ』だったわ」
今までの僕は何故矛盾する2つの要素が同時に成立するのか理解できなかったが、完全に理解した。
「清楚系ビッチめ」
「好きに罵ればいいわ。私この後用事あるから出させてもらうわ。あら、手持ちないから払っといてもらえるかしら?」
「お前の顔なんて見たくない。さっさと出ていけ!」
「そう」
そう言って感謝の言葉一つ残さず出て行った。
何故だろう、すっごく悔しくて悲しいはずなのに涙が出てこない。
心を埋めたのは、怒りだけだった。