奇病になった
奇病にかかってしまった。
ただ、奇病とは言っても、この病気で死んだりすることはないそうだ。困るのは、症状が常に変化し、落ち着くことがないということだ。
その病気にかかって最初に出た症状は鼻がピクピクすることだった。一日中、鼻がピクピクして止まらなかった。少し不安だったが、基本的に医者嫌いなので、その時点では病院に行くことまではしなかった。
次の日になると、鼻のピクピクはおさまった。良かった、と思い安心したのだが、ふと鏡を見ると物凄くつぶらな瞳になっていた。この美少年はいったい誰?と一瞬思ったが、自分だとわかるとさすがに怖くなった。
その後も顔の彫りが深くなったり、くるぶしがピリピリしたり、一本だけ異常に長い緑色の体毛がはえたりと、色々な症状が出ては消えるという状態が続いた。
とうとう僕も観念し、病院に行くことにした。しかし医者も首をひねるばかりで、まったく回復することはなかった。
数週間が過ぎた頃、ようやく僕の病気が特定され、僕は医者にある病院を紹介された。そこの病院の院長は僕がかかっている病気の権威なのだそうだ。
さっそくその病院に行き、院長先生に診てもらった。院長先生は力強く僕を勇気づけてくれた。
「ご安心下さい。この病気は必ず治ります」
「そうですか。安心しました」
「食事も大体の物は食べても大丈夫です。ただ、ういろうはあまり食べないで下さい」
「ういろう…ですか?」
「あの名古屋名物の」
「はあ」
「あれはなるべく食べないで下さい。でも、羊羹は食べても大丈夫です」
「ほとんど同じなんじゃないですか?」
「成分が違うんです」
「はあ」
「あと、ナルトも控えて下さい。ラーメンは食べてもいいです。でも、ソーメンは週一回にして下さい」
「…はあ」
「注意することはそれぐらいです。ご安心下さい。必ず治ります」
「安心しました。それで、その…この病気に関して、まだよくわからないんですけど、いくつか質問してもいいですか?」
「はい。いいですよ」
「この病気にかかってから、ひっきりなしに色んな症状が出るんですけど、この病気って一体どんな病気なんですか?」
「えー、この病気についてはですね、まだ解明されていないことが多くて説明は難しいのですが、病名はガンです」
「ガ…ガン?」
「ガンです。あ、でも、あのガンじゃないです。また違う種類のガンなので、この病気で死んだりすることはないです」
「死なないんですね?」
「はい。死ぬことはありません」
「そうですか」
「ただ、死ぬことはありませんが、色んな症状が出ます」
「僕の場合、最初に出た症状は鼻がピクピクすることだったんですが」
「そうですね。この病気の初期症状はだいたい顔に出ます」
「そうなんですか」
「はい。それから徐々に全身を蝕んでいくというのが典型的なパターンですね」
「症状って、どんな症状が出るか決まってるんですか?」
「だいたい決まってます。この病気は筋肉が変異するんですね。それで、顔の表情なども筋肉の働きによってできているので、一時的に顔の印象が変わることが多いです」
「あっ、確かにそうです。僕も鼻がピクピクした後、瞳がつぶらになりました!」
「それから、ホルモンバランスにも異常が出ますので、変わった色の毛がはえたりしますね」
「はい。緑色の毛がはえました!」
「今後は一色だけでなく、色とりどりの毛がはえると思いますよ」
「色とりどりの毛がはえるんですか?」
「ちょっとした虹のようになります」
「虹ですか……。でも、それは、あまり気持ちの良いものではないですね」
「ご安心下さい。必ず治ります」
「安心しました。他にはどんな症状が出るんですか?」
「筋肉の変異が進むと、だんだん全身が引き締まってきて、一流アスリート並の瞬発力が身に付きます」
「えっ?一流アスリート並の瞬発力が身に付くんですか?」
「100mを7秒ジャストぐらいでいけます」
「本当ですか?」
「しかも、これまでの症状はしばらくしたらおさまって、また違う症状が出るという具合だったと思うんですが、この辺から症状がおさまらずに残ってしまうようになるんです」
「症状がおさまらずに残ってしまうんですか?」
「でも、ご安心下さい。必ず治ります」
「治っちゃうんですか?」
「はい。必ず治ります」
「あの…治ったら、症状はどうなるんですか?」
「治ったら、症状も消えます」
「消えちゃうんですか?」
「あとかたもなくキレイさっぱり消え去ります。実はもうすでに、この病気には特効薬があるんです。これを飲めばすぐに治ります」
「特効薬があるんですか?」
「はい。これです。良かったら、今すぐに飲まれますか?」
「あ…いや、まぁ、それは家に帰ってからでいいですけど…」
「そうですか。でも、なるべく早く飲んで下さいね」
「あの、この病気って、やっぱり治さないといけないんですか?」
「そりゃ病気ですからね。治さないといけませんね」
「そうですか……」
「放っておくと、どんどんガンが進行していきますからね」
「えっ?ガンが進行していくんですか?」
「あ、ガンって言っても、あの一般的に有名な方のガンじゃないですよ。有名じゃない方のガンです」
「あの…死なないんですよね?」
「ご安心下さい。必ず治ります」
「安心しました。で、そのガンが進行していくと、どうなるんですか?」
「ガンが全身に転移すると、体のほぼすべての部分に異常な症状を引き起こします」
「具体的にはどうなるんですか?」
「順番に説明していきますと、まず目がさらにおかしくなります」
「僕、一度つぶらな瞳になりましたけど」
「その症状はもうおさまってますよね。それとは違う異常な症状があらわれるんです」
「どうなるんですか?」
「目の機能そのものが変化することになります」
「そ、そんな……どうなるんですか?」
「物が透けて見えるようになります」
「も…物が透ける?」
「いわゆる透視能力が身に付くということですね」
「ええっ!透視能力が身に付くんですか?」
「気持ち悪いですよね。でも、ご安心下さい。必ず治ります」
「治っちゃうんですか?」
「この特効薬を飲めばたちどころに治ります。どうです?今すぐ飲みませんか?」
「いや、まあ、それは後日改めて」
「そうですか。でも、なるべく早く飲んで下さいね。放っておくとガンで死にますから」
「ええっ?ガンで死ぬんですか?」
「ガンになったら死にますよ」
「さ、さっき死なないって言ったじゃないですか」
「さきほど説明したのは、違う種類のガンのことで、それを放っておくとそのガン自体も変化して、さらにまた違う種類のガンになるんです」
「そのガンになると死ぬんですか?」
「いえ。そのガンでは死なないんですが、そのガンをさらに放っておくと、いわゆる普通のガンになる可能性があると言われているんです」
「……はあ」
「そうなると死にます」
「あの、ええと……今、僕はガンなんですよね?」
「間違いなくガンですね」
「でも、まだ死なないんですよね?」
「まだ死なないです」
「でも、それを放っておくと…」
「違う種類のガンになります」
「それでもまだ死なないんですよね?」
「まだ死なないです」
「でも、それを放っておくと…」
「いわゆる普通のガンになると言われています」
「そうなると死ぬんですか?」
「そうなると死にますよ」
「それは、絶対なるんですか?」
「絶対かどうかはわかりませんが、なるかもしれないのではないかと言われています」
「誰が言ってるんですか?」
「今、学会でみんな言ってます」
「学会でみんな言ってるんですか?」
「まあ、私はあまり言ってないんですけども、ほとんどの人は言ってますね」
「先生はあまり言ってないんですか?」
「私自身は一度も言ったことはありませんし、言っている人を心の中で軽蔑しています」
「軽蔑してるんですか?」
「はい」
「なぜ軽蔑してるんですか?」
「言っていることが間違いだからです」
「間違いなんですか?」
「そうなのではないかと思っています」
「じゃあ、僕はガンにはならないんですね?」
「いえ。今、あなたはもうすでにガンになっていますよ」
「いやいや。そうなんですけど、あっちの方のガンにはならないんですよね?」
「あっちの方?」
「あの…有名な方の」
「ああ、そっちの話ですか」
「ならないんですよね?」
「あっちにはならないと思いますよ。ただ、仮になったとしても、こっちとしては責任は負いかねます」
「いや、それは困りますよ」
「でも、ならないと思いますけどね」
「そうですか」
「ただ、なるであろうと言われているということは厳然たる事実ですので、一応ご報告をしたまでです」
「はあ……」
「そんな心配そうな顔をしないで下さい。この特効薬を飲めば、必ず治るんですから」
「あっ。そうでしたね。安心しました」
「では、引き続き、症状の説明をしましょうか。ええと…どこまで言いましたっけ?」
「あの、透視能力が身に付く、というところまでです」
「ああ、そうでした。その後はですね、耳に異常が出ますね」
「もしかして、超音波を聞き取れるようになるとか?」
「いえ。絶対音感が身に付きます」
「すごい!絶対音感が身に付くんですか?」
「そして、その次は口に異常が出ます」
「どうなるんですか?」
「三大テノールを三倍したぐらい声が綺麗になります」
「へぇー。僕、三大テノールって、よく知らないですけど、なんかすごそうですね」
「三大テノール知らないですか?」
「まあ、なんか…おじさんですよね?」
「おじさんはおじさんですけど、すごい人達なんですよ」
「はあ、まあ、すごいのはわかりました」
「そうですか。では、その次ですが、鼻に異常が出ます」
「もしかして、嗅覚がイヌ並に研ぎ澄まされたりとかするんですか?」
「嗅覚は普通のままです」
「あ、じゃあ、外国人並に鼻が高くなったりとか」
「かたちもそのままです」
「じゃあ、どうなるんですか?」
「鼻の粘膜に異常が出て、花粉症にかからなくなるんです」
「えっ!花粉症にかからなくなるんですか?」
「杉林の中に住んでも大丈夫です」
「すごい!僕、毎年花粉症にはメチャクチャ悩まされてたんです」
「まあ、でも、この病気が治ったら、また花粉症にはなると思いますけどね」
「あ…そうですよね。治っちゃうんですよね……」
「ご安心下さい。必ず治ります」
「あの……さっきのガンの話なんですけど、あれって、どのぐらいまでだったら、放っといてもあっちの方のガンにならないんですか?」
「あっちの方?」
「あの…死ぬ方の」
「それはわからないです。そっちのガンから、あっちのガンになる可能性は常にあるとも言えます」
「可能性は常にあるんですか?」
「今すぐなる可能性もあると思います」
「ええっ?今すぐなるかもしれないんですか?」
「そういう意味では、この世のすべての人にその可能性があります」
「僕はいつなるんでしょう?」
「明日かもしれないですし、一生ならないかもしれません」
「一生ならないかもしれないんですか?」
「その可能性も捨て切れないのではないかと思われます」
「でも学会では、なると言われてるんですよね?」
「学会では、なると言われています。ただ、私はあまり言ってないんですけどね。それでも、この病気に関して世界一の権威と言われている医師は必ずなると言っています」
「ええっ?世界一の権威が必ずなると言ってるんですか?」
「毎日毎日、口癖のように言っています」
「世界一の権威が口癖のように言ってるんですか?」
「だから、やっぱりなるんでしょうね」
「やっぱりなるんですか?」
「だから、あなた死にますよ」
「し、死ぬんですか?」
「死ぬでしょうね」
「そ、そんな。僕……どうしたらいいんですか?」
「ご安心下さい。必ず治ります」
-終わり-