恩返し
僕は昔、とても嫌な奴だった。
だった、というのは、今現在はとても良い奴だということである。
何年か前、日本昔ばなし全集という本を、ある人から頂いた。
僕はその本を読んで感動し、生まれ変わったのだ!
僕は昔ばなしから、人に親切にすることの大切さ、そして、人に親切にしていれば、自分にも良い事があるということを教わった。
それまでの自分の意地の悪い心は消え去り、人に対する温かい気持ちが体中に満ち溢れた。僕は、出会う人すべてに優しく、親切であろうと努めた。
「荷物、お持ちしましょうか?」
「お先にどうぞ」
こんな感じのことを寝言でも言うようになった。
そして、そういうふうに生活するようになって、しばらくたった頃、僕の生活にある変化があった。色んな人が僕の家に恩返しに来るようになったのである。
最初に来たのはハタチぐらいの男の人だった。エレベーターで、僕が先に乗っていて、後からその人が乗ろうとした時に、「開く」のボタンをずっと押しておいてあげたことへの恩返しに来たそうだ。
その人は、ある日突然やって来て、部屋に閉じこもり、決して覗くな、と無理難題を言ってきた。
僕は当時、ワンルームマンションに住んでいたので、覗かないためには家を出るしかないのだ。結局、僕は家を追い出された。
しょうがないから、二、三日ホテル暮らしをしていた。
しかし、その男の人は、恩返しに来たと言っていたのに、別に何をしてくれるでもなかった。部屋に閉じこもった状態から、そのまま引きこもりになりそうだったので、コラ!と言ったら、逃げるように帰って行った。
だが、その後も、ひっきりなしに人は来た。
最初の人は恩を仇で返すタイプだったが、その後は、そういう人はほとんど来ず、みんな丁寧にお礼を言って帰って行った。お礼の品とかも、たくさんもらった。
人に親切にしてお礼を言われるのは、やはり嬉しいものである。僕はますます人に親切にするようになった。
「あたたかいココアでも、どうですか?」
「どこか痒いところはありませんか?」
見ず知らずの他人でも積極的に声をかけ、すべての人の助けになりたいと心掛けた。
僕の家に恩返しに来る人は、増加の一途を辿り、ついに家の前に行列ができるようになった。
来る日も来る日も、その行列が絶えることはなかった。行列の中には、いつ僕が助けたのか、僕自身でもまったく思い出せないような人もいた。あまりにも僕が助けた人が多過ぎたのである。
一度、行列にアランドロンが並んでいたことがあった。その時は僕もさすがにビックリした。僕は一体アランドロンに、いつ、どこで、何をしたのだろう?
「ドモ、アリガトゴザイマシタ」
アランドロンは一言そう言って、帰って行った。「僕、あなたに何をしました?」と、聞く間もないくらい、さっさと帰って行った。そのため、僕がアランドロンに何をしたのかは、結局わからなかった。でも、間近で見ても本物に間違いなかった。
そんな貴重な体験もしつつ、僕の恩返される毎日は続いた。人に親切にして、恩返しをされることは、とても嬉しいことだ。
だが最近、僕もたまには恩返しをする側にまわりたいなー、と少し思っている。
誰かちょっとでも僕に親切にしてくれれば、すぐに恩返しするぞ!なんて感じに意気込んで、常に周囲にアンテナを張ったりしている。
ところが、結構、誰も何もしてくれない。
僕があれだけまわりの人に対して親切にしているのに、まわりの人は恩を返すことは返すが、自分の方から親切にするということをほとんどしない。
「ちょっと、のど渇いたなぁ」
「この荷物、一人だとキツイなぁ」
こんなふうに、人といる時にさりげなくアピールするのだが、なっかなか人は察してくれない。すぐ察してくれる人も、たまーにいるが、ほとんどは察してくれない。
そういう時は、理不尽かもしれないが、ちょっと腹が立ってしまう。人間って、何でみんな自分のことしか考えないんだろう、とか思ってしまう。こうなったら、みんなに僕が感動した昔ばなしを読ませてやろうか、とか考えてしまう。
と、いうことで、僕から日本昔ばなし全集をプレゼントされたら、それはそういうことである。
まぁ、そういう自分も、人からプレゼントされたんだけども。
-終わり-