ハローワーク
何年か前、僕は無職だった。
勤めていた会社が何の前触れもなく倒産し、無職状態に陥ってしまったのだ。
やむを得ず、僕は職探しのためにハローワークに行った。
ハローワークには、職員の方が職業相談に乗ってくれるコーナーがあった。
自分に合った仕事を見つけるためのポイントなどを教えてくれたり、こういう仕事はどうですか?などと紹介してくれたりするのだ。
僕には、こういう職業に就きたいという具体的な希望はなかった。ただ生活のために、一日も早く何らかの仕事を得たかった。
その旨を相談員の人に伝えると、その人は親身になって色々な仕事を紹介してくれた。
「正社員でお探しですか?」
「はい。できれば正社員がいいんですけど」
「そうですねぇ…何か資格とかお持ちですか?」
「いや…特にないんですけど…」
「そうですか。んー」
「やっぱり資格とかないと難しいですかね?」
「まあ、そうですね。ないよりはあった方がいいでしょうね。だから、いったん資格を取るために勉強をして、資格を取ってから仕事を探すというのも一つの手ですよね」
「今…ちょっと勉強をしている余裕がないので、できればすぐに仕事に就きたいんですけど…」
「ああ、そうですか。えーと、職種は何でも良かったんでしたっけ?」
「はい。何でもやります」
「じゃあ、こういうのはどうでしょう?シャーペンに付いてる、よく消えない消しゴムを専門に作っている会社なんですが」
「そんな会社あるんですか?」
「ちゃんとした会社ですし、いいと思いますよ」
「消しゴムしか作ってないんですか?」
「シャーペンに付いてる消しゴムを専門に扱っているみたいですね」
「大丈夫なんですか?すぐつぶれそうな感じがしますけど…」
「大丈夫だと思いますよ」
「できれば、もうちょっと安定してる感じの会社がいいんですけど」
「んー、それでは…旅行関係の会社なんですけど、どうですか?」
「あ、良さそうじゃないですか」
「ツアー会社のガイドが持っている小旗を専門に作っている会社ですが」
「小旗?」
「はい。ツアー参加者を誘導する時に使うやつです」
「……それを専門に作っているんですか?」
「そうですね」
「大丈夫なんですか?」
「大丈夫だと思いますよ」
「僕、あまり手先が器用じゃないので、製造業じゃない方がいいかもしれないですね」
「そうですか。じゃあ…駅前とかでティッシュを配る仕事はどうですか?」
「ティッシュ配りですか?」
「はい」
「あれって、普通バイトがやるもんなんじゃないですか?」
「一応、正社員での募集となってますけど」
「そうですか……。でも、あれはちょっと体力がいりそうですよね。ずっと立ちっぱなしだから……」
「まあ、多少はね、体力使うと思いますが」
「あまり体力がない方なので、できれば肉体的には楽な仕事の方がいいんですが」
「それじゃあ、ティッシュを配っている人をちゃんと配ってるか見張る仕事はどうですか?」
「そんな仕事あるんですか?」
「これなんかは見てるだけですから、体力も使わないし、いいんじゃないですか?」
「そうですねぇ……、でも見てるだけっていうのも、何て言うか、やり甲斐がないと言うか、もうちょっと夢がある感じの仕事の方がいいですね」
「夢ですか?」
「はい」
「一つ良いのがあるんですけど、それだと正社員じゃなくて派遣になりますけど、いいですか?」
「派遣ですか?」
「はい」
「そうですねぇ、できれば正社員がいいんですけど…。ちなみに、どんな感じの仕事ですか?」
「テーマパークでの仕事です」
「テーマパークって言うと、ディズニーランドみたいな?」
「はい。まさにディズニーランドみたいな所での仕事です」
「そこでどんな仕事をするんですか?」
「ディズニーランドみたいな所で、ミッキーみたいな着ぐるみの中に入ってもらって、それで色々なパフォーマンスをする仕事です」
「ああ、なるほど。マスコット的な感じですか?」
「そうですね」
「派遣っていうことですけど、勤務地はどこになるんですか?」
「中国です」
「え?中国地方?」
「いえ、中国です。チャイニーズです」
「中国のディズニーランドみたいな所でミッキーみたいな着ぐるみの中に入ってパフォーマンスする仕事ですか?」
「そうですね」
「そんなの、嫌ですよ」
「勤務地が遠いですか?」
「遠いのもありますけど、仕事的にもちょっと……」
「気に入りませんか?」
「他のをお願いします」
「勤務地は近い方がいいですか?」
「…まぁ、勤務地はできれば都内でお願いします」
「じゃあ…西新宿は大丈夫ですか?」
「あ、西新宿だったら、全然大丈夫ですよ」
「占い師の仕事だったら、一件ありますよ」
「う、占いですか?僕、占いなんて全然できないですよ」
「あ、でも、求人票には未経験OKって書いてあるから大丈夫だと思いますよ」
「そうなんですか」
「で、仕事内容なんですけど、西新宿の母をやってもらいたいということですね」
「は…母ですか?」
「西新宿の母に三名欠員が出たらしくて、それで募集してるみたいですね」
「西新宿の母って、そんなに人数いるんですか?」
「シフト制みたいですね」
「はあ」
「どうです?応募してみますか?」
「いや…母って言われても……。僕、男ですよ」
「でも、求人票には男性でも可、って書いてありますよ」
「本当ですか?」
「ええ。やってみませんか?」
「いや、でもやっぱり母っていうのは……」
「ダメですか?」
「やっぱり男なんで、母と名乗るのは気が引けます」
「男らしい仕事がいいですか?」
「ま、別に男らしくなくてもいいんですけど、母以外でお願いします」
「じゃあ、Jリーガーとかどうですか?」
「Jリーガーって、サッカー選手ですか?」
「はい」
「そんなの、なれるんですか?」
「求人票来てますよ」
「でも、僕サッカーなんてやったことないですよ」
「学校の授業とかで、やったことないですか?」
「いや、それくらいはありますけど、そんなプロになれるほど上手くないですよ」
「求人票には未経験でも可、って書いてありますよ」
「Jリーガーがサッカー未経験じゃダメでしょう?」
「研修制度が充実してるらしいですよ」
「今さら、ちょっと研修したぐらいじゃ、使い物にならないと思いますけど」
「研修期間は三ヶ月だそうです」
「だから、三ヶ月ぐらいじゃ、全然プロのレベルになれないですよ」
「研修期間中は時給850円だそうです」
「いや、給料の問題じゃなくてですね」
「嫌ですか?」
「嫌というか、無理ですよ」
「夢のある仕事だと思いますけどね」
「夢はあるかもしれないですけど…。もうちょっと現実的な仕事をお願いします」
「それでは政治関係の仕事はどうですか?」
「政治関係ですか?」
「内閣総理大臣の求人が来てるんですが」
「内閣総理大臣って、ハローワークに求人出すんですか?」
「実際、来てますよ」
「内閣総理大臣なんて、僕にはできないですよ」
「でも求人票には、どなたでも簡単にできる仕事です、って書いてありますよ」
「書いてる人がおかしいですよ。それ」
「ダメですか?」
「無理ですよ」
「いいと思いますけどね」
「なれるものなら、なってみたい気持ちはありますけど、僕みたいなのがなっちゃダメでしょう?」
「そんなことはないと思いますよ」
「そうですか?」
「一つ問題なのは正社員ではないんですよね」
「内閣総理大臣って、どういう雇用形態になるんですか?」
「契約社員ですね」
「契約社員なんですか?」
「短期の契約社員です」
「期間決まってるんですか?」
「一応決まってますけど、求人票には、延長の可能性アリ、って書いてあります」
「そうですか」
「正社員でなくても構わないんだったら、いいんじゃないですか?」
「この際、雇用形態はどうでもいいですけど、やっぱり内閣総理大臣っていうのは、僕には荷が重いです」
「そうですか…」
「他にはないですか?」
「んー、今のところ紹介できるのは、それぐらいですかね」
「そうですか…」
「まあ、でも、仕事探しはね、根気が一番大切ですから、諦めないことが大事です」
「はい」
「また何か良い求人が来たら、お知らせします」
「あ、はい。お願いします」
こうして僕はしばらくニートになった。
-終わり-