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史、蓋は開かれる   作者: 鈴藤美咲
憂き目に遭う
8/23

座を取り持つ

 伊和奈は特異体質だ。先ずは“実体”がない。陽に照らされても影は象らない、(さわ)れるのは物質。


 経緯は解らないが、伊和奈は作蔵の補佐役を務めている。仕事(蓋閉め)、おさんどん、金銭のやりくりと、結構忙しいだろうの役割だ。


 そうだから。作蔵は伊和奈にけちをつけない、つけなかった。


 しかし、だった。


「作蔵、とうしたの? 海老フライ、嫌いだったの」

「そんなことはないぞ。おお、このさっくりとした衣に包まれた、ぷりぷりとした歯応え。うまい、実にうまいっ!」


 太さ約15cm、長さ約25cmはあるだろうの巨大な海老フライが3本に驚いたのもあったが、質素だった食生活がここ数日派手な傾向となっている。特に夕食は決まって最高のご馳走。伊和奈は作蔵がたとえ安い買い物をしても支出だからとレシートの提出を求める。こつこつとした家計管理によって……。と、思っていたが、何か違うと作蔵は箸を握り締めて考え込んでいた。其処に、伊和奈が今にも泣きそうな顔していた。


「ふふふ、よかった」

 涙目からふわりと、微笑む伊和奈が淑やかに見えた。これもここ数日続いている。何かが(伊和奈に)取りついているのかと思った。


「そんな……。わたし、あなたから見たらそんなに意地悪なの?」


 え? いえいえ、そんなことはありませんよ。おうい、作蔵。伊和奈、泣いちゃったよ。


「語り、おまえが要らんことを言うからだ。よしよし、伊和奈。明日も美味しい晩御飯を作ってくれい」

 作蔵は食器の中身を空にさせていた。そして、湯呑に注がれていたほうじ茶を啜るのであった。


「まかせて、作蔵。明日はとびっきりのご馳走にするわ。そうね、ビフテキにするわ」

「ビフテキ? ビーフステーキをか!?」


「うん。勿論国産牛の、ね」

 伊和奈は盆に食器を乗せ、四畳半から台所へと向かったーー。



 ***



 次の日、晩御飯は本当に“ビフテキ”だった。しかも、サーロインステーキ。

 肉は鉄板の皿の上でじゅわじゅわと、薫りと肉汁を飛ばしていた。しかし、作蔵はフォークとナイフを握り締めたままでいた。


 でかい、でかすぎる。


 どうみても、肉の塊そのもの。重さはたぶん、1300g。凡そ6、7人分はあるだろうの肉の塊に作蔵は呆然としていた。


「伊和奈、あまりにも豪華だぞ?」

 作蔵は堪りかねて伊和奈に訊く。


「いいの、いいの。作蔵は体力勝負の仕事をしているもん。たっぷり食べて、うんと栄養をつけてもらいたいの」

 伊和奈が食べるであろうの皿の上は、いたって控えめな盛り付け。作蔵の肉の塊と比較すると、おにぎり1個分というところである。


 作蔵は悶々としながらも、結局は肉の塊……。もとい、サーロインステーキを食べきる。美味いのはいい、腹がいっぱいになるのも同じく。だが、この出費と稼ぎが釣り合わない。


 伊和奈の行動面は監視しないと、決めている。金銭管理に於いてもだ。


 ああ、そうだ。仕事だ、仕事をこなせばいいだけのことだ。


 と、なれば。


 ()に掛け合ってみよう。生業は違うが、奴もちょくちょく本業に於いての依頼をこっちに掛けている。


 “奉行所”にて“捕り物与力”で通力“影切り”の使い手。その名はーー。


「おう、茶太郎。俺だ。……。ははは、そんな渋々した声をするな。……。ああ、そうだ。そっちでの仕事で頼みごとがあったら承る。……。そっか。んじゃ、明日“奉行所”でその内容の打ち合わせを。と、いうことで」

 作蔵は、どこかの誰かに電話をしたーー。



 ***




 季節は、夏真っ盛り。庭に植える朝顔の花びらは、しわしわに萎れて暑い日差しを浴びていた。


 作蔵は夕べ沸かした風呂の残り湯で水浴びをしていた。湯槽から残り湯を桶ですくっては頭から浴びるを、繰り返す。浴室から出ると、脱衣場で濡れる身体を木綿の手拭いで拭う。


 赤いティーシャツ、黒の七分丈ズボン。素足に一本歯下駄と肩に黄色い襷。と、身支度を整えた作蔵は玄関の戸口を開く。


「作蔵はどうして“奉行所”に行くの?」

 作蔵が下駄を鳴らして外へ出るところで、伊和奈が呼び止める。


「……。ん、何でわざわざそんなことを訊くんだ?」

 作蔵は“蓋閉め”の他に“御用聞き”というのもやっている。それを伊和奈はまるで知らないと云わんばかりの様子だった。


「あ、ごめんなさい。待ち合わせの時間に遅れたら大変だよね。うん、いってらっしゃい。晩御飯の時間までには帰ってくるよね?」

「あー、悪いけど今日の晩飯は外で食う」

「そう……。わかったわ。じゃ、留守番は任せてね。でも、午前様になるほど呑んだら駄目だからね」

「ははは、酒はせいぜいグラスに一杯、それも満たないくらいしか呑めない。て、おまえは知っているだろう?」


「そうだね。そうそう、そうだった。うんうん、今度こそいってらっしゃい」


 作蔵には、伊和奈が何か焦っているように見えた。違和感が膨らむ。矢張り、いつもの伊和奈と違う。様子が、どことなくおかしい。叫ぶような口調でない、しとやかな振る舞い。


 それでも、伊和奈を監視しない。探るはしない。


「いってくる」

 作蔵は「かたん」と、一本歯下駄を鳴らすーー。

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