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史、蓋は開かれる   作者: 鈴藤美咲
走る袢纏
23/23

最終話 蓋は閉じられる〈3〉

 “幻”が熔けても“事実”は留まっている。


 作蔵は《場所》で遭遇していた“器”を、今一度鑑定する。老いた象りをしている“器”の内側に、若さが零れる“念”が張り付いている。これは“器”の状態が保たれている証し。

 “器”の外側は、卵の殻のようなものである。謂わば、蓋が閉じられている状態。


 蓋を開く。


 今すぐにでも。ただし“芯”が願っていれば、だ。


 正式に“芯”から依頼を承って。

「悪いな、一応“蓋閉め(仕事)”の決まり事だからな」

 作蔵は宙に竹筒を掲げていた。


「……。波動は感知できたが、象りは見えない。頼む、応えてくれ」

 “器”の“芯”が、近くにいる。作蔵は同意を得ようと懸命になった。


「おまえは、よく頑張った。心配するな、今まで通りだ。……。ああ、家に帰ったら年越しと新年の準備だ」

 竹筒が、ほあんと、朱色に灯る。

 “芯”からの、依頼が詰まった。竹筒を開けば、成立。蓋は、作蔵の掌。


 作蔵は、竹筒に被せる掌を、外す。するとーー。


 ーーウツワ、ニ、モドリタイ……。


「任せな」

 作蔵は“器”に歩み寄った。そして、襷の端を“器”の右手首に巻き付けて縛った。


 ーー史、蓋は開かれる……。


 依頼は、依頼主を“器”に戻す。先ずは“器”に覆う“蓋”を剥がす。これまで、幾つもの“閉め”を執り行ったが“開く”に於いては、数をこなしていない。それでもやり切ると、絶対にしくじらないと、作蔵は奮い立つ。


「よしっ、皹が入ったっ」

 “器”の表面に亀裂が生じた。この隙間から“芯”が入り込めば……。


 作蔵は“器”から襷を解く。

「あとは、おまえ自身でやり遂げられるっ。内側から、おまえが破れっ」



 ーー伊和奈。行って、戻ってこい……。



 ーー……。おっけい、作蔵ーーーー。



 そしてーーーーーー。



「……。ただいま」

「ようこそ」

「なに、その言い方」

「感触が……。」


 すう、はあ。と、荒い息遣いが、作蔵に聞こえていた。



 ーー何処を触っているっ、このどすけべ野郎がああああっ。


「……。鼓膜、破れた」


 “実体”を取り戻した伊和奈が、作蔵の耳元で叫ぶーー。



 ***



 やっぱり、伊和奈。作る飯は、ぜっぴん。顔は、すっぴん。日常は、なにひとつ……。


 変わっていたと、気付く。


「痛い」

「そりゃ、そうだ」

「先に寝る」

「お大事に」


 年の瀬だというのに、伊和奈が調子悪くしていた。おととい、昨日、今日。たぶん、明日もだろうと、作蔵は伊和奈にやきもきしていた。市販薬と絆創膏で済んでいるのは幸いだが、入院するほどの状態になっていたらと思うと、色々と混じって身震いする。


 いないと、困る。


 “実体”があろうがなかろうが、伊和奈そのものがいなければ。



 今日、明日、明後日を過ごせないーー。



「おはよう」

「おう」

「今日、大晦日」

「うい」

「明日、元旦」

「らじゃあ」


 伊和奈は包丁、作蔵は掃除用具一式。年越しと新年に向かう為の、役割分担の打ち合わせを経て道具を握る。


「かけそば」

「うむ」

「除夜の鐘」

「ふう」

「明けた」

「よろしく」


 夜が更けた四畳半にて、年越しそばを啜りながらの伊和奈と作蔵だった。


「……。戸田さんとこ、もうすぐだよね」

「旦那、育休するだとよ」

「そこで飼われているポメラニアン、名前に笑った」

「よしてくれい。俺、気にしているんだぜい」

「チワワも飼ってるのよね」

「俺が名前をつけてやった」

「ぷふっ『茶太郎』て、なんで」

「けけっ、うけるだろう」

「名前の素になった本人、知ってるの」

「面白いから、おまえも黙っとけよ」


「くっふっふっ、作蔵の悪ぅうう」

 げらげらげら。と、伊和奈は大笑いをした。


「俺、やっぱ寝る」

「わたしも」

「朝、雑煮」

「餅は」

「10個」

「あんたが起きる前に焼く」

「俺、おまえを起す」

「……。今朝も、そうだった」


「嫌か」


 作蔵の訊ねに、伊和奈は首を横に振っての応えをする。



 物語の史は、曖昧模糊ーー。


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