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史、蓋は開かれる   作者: 鈴藤美咲
走る袢纏
20/23

つぶ餡派、こし餡派

 伊和奈は、何処に。

 あてもなく、手掛かりもなく。


 赤い月は、この先の何処かに伊和奈がいると、導いたのだろうか……。



 景色は、灰。見える状、場、情。全てが燻って映っていた。


 ーー着いたよ。土手を登ってすぐに【朧街道】の《関所》があるから、これを持っていけ。


 作蔵は舟を漕いだ船頭から木目板の札を渡される。


「通行手形か」

 作蔵は持ち手の紐を指先で挟み、札をぶらりと下げる。


 ーーおまえさんなら大丈夫だと思うが、気をつけるのだ。そして、必ず戻ってこい。


「ああ……。」

 作蔵は、生返事をしながら舟を降りたーー。



 ***



【朧街道】は、誰もが自由に通れない。作蔵が手に入れた通行手形は【朧街道】の通行許可証。


 作蔵は門番に通行手形を呈示をして《関所》の門を通過する……。筈だった。


 《関所》の門に吊るされている、赤い提灯が吹く風で揺れていた。作蔵に、門番が護身用として右手で握り締めている木の棒の先端で威嚇していた。門番といっても、どうみても学童期の少年。襷に鎖帷子と半切れ袢纏、腰に木綿の帯を締めて黒股引に鎖膝当、履くのは足袋と草鞋の身なりが浮いて見える。


 作蔵は門番に《関所》の通過を阻止されていた。しかし、作蔵は門番の対応にじっとしていた。焦りも苛つきもする必要はない。此方から仕掛けるのは悪い状態になると、作蔵は門番の対応を見据えることにした。不満なのは、後から来た“象り”がもう一人の門番から《関所》の通過を許されるのを、目の当たりにすること。


『あなたが勇猛果敢な方であるのはわかります。ですが、行かせられない。どうか、引き返してください』


 作蔵は門番の声が小刻みに震えているのがわかっていた。此処を通れば先で何が待ち構えているのかを、門番は知っている。


「おい、この先はそんなにやばいのがあるのか」

『お答えできません。だから、言う通りにしてください。ほら、あの“象り”を見てください』


 作蔵は門番が目を凝らす方向を追う。すると【朧街道】でごろごろと作蔵の背の高さはある毛玉が《関所》に向かってくるのが見えた。


「……。あれ『答え』じゃないのか」

『元々、あなたのように人の象りをしていたのです。わかりましたか』

「わかるわけ、ないっ。あっちにこの先を行かせたくせに、俺は駄目。なんだ、その差はっ」

『怒らないでくださいっ。あなたは“蓋閉め”ですが、此処は、特に【夢幻集落】はーー』


 門番が、途中で口を閉じる。作蔵は、見過ごさなかった。


 此方から素性は明かしていないが、見抜かれるのは良い気にならない。それは兎も角、門番は何処に行かせたくないのかが気になる。


「ちゃんと言え、おまえが口を突いた【夢幻集落】はなんだ」

『それは……。あ、提灯がっ』


 風が強く吹き、門に吊るす提灯が煽られて宙に舞う。すると、火袋が中で灯る蝋燭の火で燃えるのを見た門番は、咄嗟に提灯を掴む。


『あつ、あついっ』

 門番は悲鳴をあげる。火の粉が腕に降り掛かってしまったからだ。しかも火の勢いが増し、門番の衣類を燃やしていた。


「服を脱げ」と、作蔵は門番に駆け寄る。ところがーー。


 ーー作蔵さん、お気遣いありがとうございます。この“象り”は紙だから……。でも、新しい“象り”を手に入れるには……。ああ、考えたくない。


「おまえ“実体”はどうしたのだ」

 作蔵は蒼い炎に包まれている“象り”に訊く。


 ーーちょっと訳があって……。だから、作蔵さんを見たら……作蔵さん、どうかお気を付けて……。


 門番が、蒼い貌へと変わる。そして、また吹く風に流され、弾けて消えたーー。



 ***



 今踏み込んでいる所は、異質な空間。其処にすんなりと、足を着けている。


 “蓋閉め”であるから、この空間に身体が馴染めている。それだけ“蓋閉め”は特異で特質。しかし、先程遭遇した門番は条件付きで姿を象っていた。


 此処は、矢鱈と来るところではない……。


 《関所》を通過した作蔵は【朧街道】に下駄を鳴らして、ひたすら歩いていた。辺り一面は遠くが見えないほど、濃い灰色の霧が覆っていた。


 ーーおやおや、疲れているならば立ち寄って人や染みをされてはどうかね。


「おい、あんた何て言った」

 作蔵は立ち止まり、浮かんでいる紫色の貌に訊いた。


 ーー『人や染み』だよ。


「見ての通り“人”は、間に合っている。その上に俺に“染”を勧めるとは、ふてぶてしいぞ」


 ーーおやおや、ずいぶんと不愉快な様子だね。だけどね、此処では『休み』何て無いのだよ。変わることを望む、望んでやって来る。だから“染”が、もてなす為にあるのだよ。


「笑って言うことなのかよ」

 作蔵は紫色の貌を睨み付けた。


 ーー此処を過ぎたら、今の自分でいるには相当な根気がいる。迷うはしないと、自信満々で行ったが変わり果ててしまった、そんな象を幾つも見た。行って帰りに、此処に寄ることが出来たならば、熱々並並の緑茶とよもぎ団子をご馳走しよう。


「ああ、つぶ餡で頼むな」


 作蔵が足を止めた所は、道中の道沿いにあった茶屋。其処からまた下駄を鳴らしていくと【朧街道】の道が終点し、作蔵は出口である《関所》を通過したーー。


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