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史、蓋は開かれる   作者: 鈴藤美咲
時間は何処
2/23

蜻蛉の鉢巻きで目先が見えぬ

 ーーうふふ、うふふ……。


 女の不気味な笑い声が、天井裏から聞こえる。


 誰の所為でこんな惨めな思いをしている。と、四畳半の部屋に布団を敷く真奈美が厳つい顔をした。


 ーーあら、私はあなたの背中をおしただけよ。むしろ、私に感謝をするべきでしょう。


 女の声は、はっきりとしていた。


「うるさいから、さっさと消えて」


 真奈美は、部屋の角に置く箒の長い柄を掴み取り、天井をめがけて五回突いた。

 ぶら下がる照明灯の傘からすす混じりの綿埃が真奈美の頭髪を埃まみれにしたーー。


 ***


「また、叱られたよ。いつまで嫌な役目をしないと駄目なのよっ!」

 伊和奈は、木造平屋建て(築50年)の四畳半を無駄に占めている家具調こたつに脚を突っ込んでカップラーメンの器の残り汁に冷やご飯を投入する作蔵の耳元に激昂して言う。


「出されるご飯と仕事は、拒むことは出来ない。況してや相手は女性だ、おまえの“体質”を活かすしかない。我慢しろ」

 作蔵は、汁掛けご飯を器から啜る……。寸前で、中身をこたつ布団と畳の上に全部こぼしてしまった。


「家賃を滞納していると、相手の大家である依頼人からの要望をあんたが承知して、立ち退きをさせる為に私がどんな思いをしているのかわかっているならば、呑気に飯を食うなっ!」

「食う前に食べられなかった……。ああ、久しぶりのごちそうだったのにーー」

 作蔵は涙ぐみながら、畳の上にこぼした『ご馳走』を広げた1枚の古新聞に、雑巾で挟んではすくって、落とすを繰り返した。


 作蔵……。苗字はわからないが、たぶん青年に達しているだろう。

 こいつが生きている年代は、昭和のバブル絶頂期と思われるが、空を見上げれば猫の足跡があったり地面を見下ろせば芋虫が集団行動をしていたり……。と、いうのが日常的な風景だった。


 作蔵は、ご飯を食べそびれない程度の収入を得る仕事を生業にしていた。

 どんな仕事をしていると、誰かに質問されたら……。聞かなかったことにしてと、作蔵が答える筈だから、黙っとくことにしよう。


「自由業。または、請負業」


 げっ! 伊和奈がご丁寧にばらしてしまった。作蔵、今やってる業務内容は責任をもって言うしかないよ。


「さっき、伊和奈が俺に食って掛かって言ってた」


 ご飯を食べそびれたのとひっかけて言ったつもりだろう。作蔵は、ふて腐れていた。


「作蔵、今やっている仕事の内容……」

「納得していないのだろう? 相手は天涯孤独の身で、しかも持病で仕事が出来ない。そんな事情があるというのは、依頼人だって知っている」

 作蔵は、伊和奈が欠けた茶碗に淹れた緑茶を啜って舌をやけどした。


「彼是と、相手を親身になって接していた。そっちが濃い理由かもよ」

 舌を出す作蔵に、伊和奈は水道水を注いだ紙コップを差し出した。


「……。あと一回でおしまいにする。頼む、伊和奈」

「作蔵、報酬はどうするの」

「取れないだろうな」

「ボランティア。作蔵のお人好しにはもう、なれっこよ」


「飯はいつでも食えるけど、大切なモノを失ってまでする『仕事』が面倒臭いだけだ」

 作蔵は、飲み干した空の紙コップを右の掌で握り潰した。


 茶箪笥の上に置いている目覚まし時計の時刻を伊和奈が確認すると、短い針は5の数字をさしていた。

「私も、いつまでこんな“体質”でいなければならないのかと思うと、うんざりよ」


「俺のような“実体”に触れることができないのがおまえの“体質”だ。俺だって、しゃくな思いをしている」

「どうせ、不純な思いだろう? このドスケベ野郎めっ!」


 作蔵は「ふっ」と、伊和奈に笑みを湛えてみせる。

 西向きの窓の向こうで見える太陽が山のふもとに沈むと同じ頃、伊和奈の身体は射し込む陽の光と窓枠の影を貫いていたーー。


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