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史、蓋は開かれる   作者: 鈴藤美咲
走る袢纏
17/23

ドラム缶に割烹着

 伊和奈はたまに外出する。大体は、作蔵宛に書き置きをしてだ。


 〔ちょっと出掛ける。汁物にたっぷりと豚汁をこさえたけど、一回の食事で3杯。炊飯器でたっぷりに炊いた雑穀米も同じく。朝食に納豆3パック、生卵3個、鰺の干物3枚。昼食は麻婆豆腐。夕食としてピーマンの肉詰めを用意している〕


 内容から伺えるのは、帰宅時間がいつになるかがわからない。行き先、目的は一切明かされていない。それでも読んだ作蔵の反応はいたって冷静。たぶん、三食きっちり用意してから出掛けた伊和奈に信頼を寄せている。


 しかし、だった。


 何処に行った伊和奈、何をしている伊和奈。飯を落ち着いて食えない、何でこんなところに生米が散乱している、何だこの謎めいた絵画は。ああ、こんなにいじくりやがった。


 作蔵は伊和奈の行き先と目的を穿鑿しながら箒に塵取り雑巾ゴミ袋を引っ提げて、家屋内であっちこっちにと動く。


「はあ、勘弁してくれい」

 清掃をしても元の木阿弥が繰り返される。作蔵は埒が明かない情況に、心が折れかけていた。


 ーーむむむ。またもや最高で素晴らしい芸術が消されてしまった。


 ーー作蔵はわからないのよ。伊和奈だったら『立派に出来たね』と、褒めてくれるのにね。


 ……。


 か細いがはっきりとした会話が聞こえる。しかも、後ろの正面から。


 ……。……。


 おんどりゃ。


 作蔵は国なまりの怒りを膨らませる。こやつらめ、よくもちょこまかと室内環境破壊をやらかしやがったな。今直ぐとっちめたいところだが、俺に姿をあらわしているのは挑発行為であるのはわかっている。どうせ、素早く逃げられる。


 すうはあ、すうはあ。


 作蔵はズボンのポケットに手を潜らせて呼吸をととのえる。照準を確実に撃沈させるには、感情を剝き出しにしてはならない。じっとしていれば近づいてくる、照準から近づく……。


 ある意味では戦いだろう。作蔵は……。情況説明面倒くさいから割愛して、このあとどうなったかに移ろう。


 〔おとなしくしなさい〕


 作蔵の両腕に、札を額に貼られた2体の市松人形が抱えられていた。そう、作蔵は一連の犯行に及んだ物体を捕獲することに成功した。


 これですべてが終わった。しかし、まだ終わっていなかった。作蔵がその事実に気付いたのは“蓋閉め”の作業場である《鑑定の間》でだった。其処で見た光景に、作蔵は愕然とするのであった。普段は棚に飾られている市松人形11体、内の2体(作蔵が抱えている)以外がいなくなっていた。

 残りの、9体の市松人形は何処。作蔵は顔から血の気が引いたのを覚える。日没までに、伊和奈が帰宅するまでに、全ての市松人形を捕獲しなければならない。


 いや、そもそも《鑑定の間》から市松人形たちが抜け出ることは出来ない。何故なら、人形たちの動きは“蓋閉め”している。そうだ、その蓋は室内に置いている葛籠だ。がっちりと“封の術”を施していた。


 それなのに……。ぱっかりと、開いちまっているーー。


 ……。……。……。


 ぐう。


「待ってろ。だが、その前に腹を満たすをして気力を補う」

 時は昼の刻。作蔵は、台所に向かったーー。



 ***



 陽気と満腹感を融合したらどうなるか。作蔵は身をもって証明させるのであった。


 はうわっ。


 ほんの少しだけ横になる。しかし、実際は完全に寝落ちしていた。陽は刻一刻と、沈むことを進ませている。作蔵は猛烈に後悔して、強烈に焦った。しんしんと、寒さを体感している。冬の夜が迫っていると、作蔵は震えた。


 ごとごと。と、天井裏から複数の物音。耳を澄ました作蔵は「ちっ」と、舌打ちする。奴らの一部が其処に潜んでいる、捕獲するには武装が必要。先ずは侵入経路を特定。罠を仕掛けても奴らは賢いから回避、或いは破壊する。


 待て、作蔵。本作のジャンルは『ホラー』だ。何故、戦闘モノ的な独白をしているのだ。


「黙れ、語り。筆者を追い詰めるな」


 凄い睨みをされてしまった。これ以上、作蔵に刺激を与えたら危険だ。


 ひーふーみー。よん、ごー、ろく。セブン、エイト。


 〔はい、ざんねんでした〕


 情況説明を端折って、捕獲する市松人形はあと1体。着衣に付着する煤埃、蜘蛛の巣が絡む頭髪。何という悍ましい姿だと、作蔵は浴室の脱衣所に備える洗面台の鏡に映る自身に驚愕する。

 作蔵は、風呂に入ることにした。まあ、当然の判断だ。身体の汚れを洗い落とし、湯船に浸かる。そして、バスタオルで濡れた全身を拭き取りドライヤーで髪を乾かす。この時点で作蔵はなにも着ていない、脱衣籠を見ると衣類が雑然とした状態になっているのに気付く。

 作蔵の顔は能面の憎女のようになっていた。かといって、怒りが湧くのはなかった。ただ、ただ、呆れる。このような犯行に及んだのは……。と、一発で見抜いたというところだ。


 〔ごめんなさいをいうまでむり〕


 最後の1体である、市松人形が脱衣籠の中に潜伏していた。捕獲方法は衣類で包んでを執り行う。途中で抵抗されてしまったのだろう、作蔵の右の掌にはくっきりと胡麻粒のような歯型がついていた。

 結果的には、日没を迎えるまでにすべての市松人形を()()した。付け加えると、伊和奈が帰宅する前に。一件落着、晩飯はゆっくりと味わえるし枕を高くして眠ることが出来る。


 作蔵は上機嫌でいた。冷蔵庫を開けて、伊和奈が作り置きしていたピーマンの肉詰めを取り出すと電子レンジで温め、炊飯器で炊かれた雑穀米をしゃもじで茶碗に盛り付ける。ガスコンロで温め直した豚汁は杓子で汁椀に注ぐ。それら中身が入った容器を箸と一緒に盆の上に乗せると、炬燵が敷かれている四畳半へと移動するのであった。


「ふう、食った食った」と、作蔵は食後にほうじ茶を啜りながら満腹感に浸る。すると、つんつんと背中を突かれる感触を覚える。


「お、どうした」

 作蔵は驚く素振りをしなかった。そして、振り向くと1体の市松人形がいた。


『作蔵さん、わたしはどうして動けるの』

「穂乃花、おまえは悪さをしない出来ない。だからだ」


 作蔵は、市松人形を穂乃花と呼んだ。因みに先日の仕事(蓋閉め)で連れて帰って来た市松人形を指す。経緯は兎に角、作蔵は伊和奈に穂乃花を承諾しこのように家屋内で自由にさせるを取り決めた。


『そうなの』

「……。ああ、そうだ」


 作蔵は、間を置いて穂乃花に応えたーー。



 ***



 作蔵は《鑑定の間》にいた。蝋燭を灯して、封をした市松人形たちを見ていた。そして、蓋が閉じられる葛籠に視線を合わせる。

 葛籠には“術”を定期的に施している。それは日が浅かった、それなのに今回のことが起きた。

 何故だ、どういうわけだ。この“蓋閉め”の威力が衰え始めているのか……。


 半ば落胆しているように伺える。それ程作蔵にとって、日中の騒動は不覚な一件だったのだろう。


 伊和奈。そういえば、伊和奈はまだ帰宅していない。いつもだったらとっくに就寝している時間なのに、それでも伊和奈は帰ってきてない。


「ふ……。ぐわ、べほっ」

 作蔵は欠伸をする途中で鼻がむず痒くなり、くしゃみをしなら噎せる。その勢いで、蝋燭の灯りが消えてしまう。


「寝よ。寒いし」


 《鑑定の間》の扉を閉めた作蔵は、自室に敷く布団の中に潜ったーー。








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