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山は陽に照らされる

 作蔵は【霜月家】の庭にいた。

 空を仰ぐと羊雲が浮かんでいるのが見えて、視線を真っ直ぐにした場所に燃え盛る炎のような色の葉の樹木。地面を見おろすと亡骸となった芋虫に蟻が群れをなす。


「作蔵さん、お待たせしました」

「是非ご案内をお願いします」


 作蔵が振り向く先に秋名井紅葉がいた。

 秋名井紅葉は黒一色の着物姿で色とりどりの花束を両手で抱えて、紫色で四角に包んだ袱紗ふくさを襟から少しだけ覗かせていた。


 作蔵と秋名井紅葉は【霜月家】の裏門を出た。


「やっと、ひと息できますわ」

「紅葉さん、冗談にも程があるのでは」

「間違えました。わたしの役目が終わるでした」


 何をいっても無駄だろう。と、苦笑いをする作蔵は履く一本歯下駄を鳴らして秋名井紅葉についていった。


 路は山に続いていた。緩やかと思えばつまずくと一気に転げ落ちるようだの他に、歩くというより這うが相応しいの山登りだと、作蔵はせわしい息づかいをしていたのであった。

 一方、秋名井紅葉の様子は作蔵とは反比例したかのような見事な強靭ぶりだった。


「若々しさの秘訣は何ですか」と、作蔵は茶褐色の落葉が敷き詰める地面で脚を止めた秋名井紅葉の真後ろで訊いた。


「和を解ること。わたしの中で、ですけどね」

 秋名井紅葉は、笑みを湛えながら言ったーー。


 ***


 作蔵が秋名井紅葉についてきた場所は、煌々とした西陽が照らされる山の天辺だった。

 目の前の雑木林に一本だけ翠の葉をつける樹木があると思いきや、よく見ると蔓蔦で覆われている樹皮をはいだままの木材。しかも、文字が掘られていた。掠れているものの、墓標だと作蔵ははっきりとわかった。


「作蔵さん。着いて早々、かして申し訳ありません」

「俺は大丈夫です、しかし……。」

「わたしのことは気にしなくて良いので、やるべきことを致しましょう」

 秋名井紅葉は花束を作蔵に渡すと、襟から取り出した紫色の袱紗の包みをほどいて中から掌の大きさで朱色の木片を両手で包み込んだ。


 作蔵は、じっとして秋名井紅葉を見ていた。

 今から起きる出来事。本当の『依頼主』が望んでいたことが叶うを秋名井紅葉は複雑な心情だろうと、作蔵は見ていた。


「秋の夕焼け。時が刻まれる中で見るのはいつの頃だかははっきりと思い出せませんが、瑠璃様は其処へいくことを願っていた。わたしはずっとおもい違いをしていた」

「紅葉さん、あなたは何かをひきずっていた。だが【家】のお嬢さんを大切にされていた、あなたの想いをお嬢さんは知っていた。罪ではありませんし、罰をうけることなんて、論外だと俺は思います」


「もう少し早くあなたそのものにお会い出来ていたら、ゆるやかな時を過ごせていたかもしれませんね」


 作蔵は、見逃さなかった。頭を垂れて肩を震わせる秋名井紅葉の目から涙が雫となって、地面に滴っていた。

 どんなに言葉を頭のなかでえらんでも、ひとつでさえ掛けることが出来ない。

 作蔵は、秋名井紅葉が顔をあげるのを待つことにした。


「ごめんなさい。急がせていたくせに、見苦しいところを見せてしまいました」

 顔をあげた秋名井紅葉は、目頭に着物の裾を押し当てていた。


 風が、吹いていた。

 まるで、秋名井紅葉の濡れる頬を乾かす為に吹いたようだと、作蔵はおもった。


 秋名井紅葉は、曇らせる顔を微笑みに変えた。

「作蔵さん、よろしくお願いします」


 深々とお辞儀をする秋名井紅葉に作蔵は黙ったまま首を縦に振る。

 そして、墓標へとまっすぐと両腕を伸ばし、花束を握りしめている掌を翳す。


 作蔵の掌から眩しく輝く茜色の光が花束を反物のようにしなやかに変わり、帯状となって墓標を巻く。


「紅葉さん、どうぞ」

 作蔵は光の反物の端を両手で掴んで引っ張り、張り具合いを確めて言う。


「ありがとうございます、作蔵さん」

 秋名井紅葉は、今一度お辞儀をして手にする朱色の木片を“茜の帯”の上にそっと置いた。


 木片は、かたちを舟に変える。


「瑠璃様がわたしに作ってと、せがんだ笹舟。作っては瑠璃様を連れて小川に流していた、懐かしい思い出です」

「お嬢さんが大切にしていた思い出でもありますよ。紅葉さん、お嬢さんはあなたのことを胸をはって今からお会いする方々にお話しをされる。俺は、そう信じます」


 作蔵は光の反物の端を解き放す。

 波をうつ光の帯に浮かぶ朱色の舟は、わずかに揺れても方向を墓標へと真っ直ぐに漕いでいた。


「瑠璃様はやっと、たおやかになれる。しなやかに、かろやかに。やっと、やっと……。」


 光の帯は淡く白を混じらせ、よせてはひいての波うちを繰り返す。

 波にのる朱色の舟が墓標に着く。


「紅葉さん、お迎えの“おふたり”が見えていますか」

「ええ、勿論ですよ」

「『お帰りなさい』と、お嬢さんをあたたかく抱きしめている“おふたり”は、あなたのこれからを心配されている。俺、いや、わたくしの『仕事』は“依頼主”と契約成立でなければならない。あなたそのものの『依頼』で“依頼主”として申し出れば、今からでも間に合います」

「秋の日は鶴瓶つるべ落とし。もう、十分です。わたしは、わたしに刻まれた時を忘れるをせずに瑠璃様たちとは別の舟を漕ぐ。それで良いです」

 秋名井紅葉は髪に飾るかんざしを作蔵の掌に乗せて、お辞儀をした。


「わかりました」

 がっかりして、秋名井紅葉にやっとのおもいでつげた作蔵の一言だった。


 ーー『あの子』を、よろしくお願いします……。


 秋名井紅葉は穏やかに、作蔵と今一度顔をあわせる。静かに手を振って、夕陽へと振り向いたーー。


 陽が落ちて、山から下りて見えたのは更地にぽつんと建つ、小さな御堂。作蔵は、秋名井紅葉から預かった簪を握りしめる掌をひろげた。

 “元の持ち主の名”と同じく紅葉の枝と葉を象っているが、感触と重さは鉄に似ている。作蔵は御堂へと歩み寄り、鎖と錠でしっかりとしまっている観音開きの扉に目を凝らした。すると、板と板の繋ぎ目の細い隙間からうっすらと象りが見えた。


「なるほど」と、作蔵は簪の先端で錠を外し、御堂の扉を開く。作蔵がはっきりと見たのは【霜月家】で瑠璃の代わりを務めていた少女の面影が残る人形が、座る格好で置かれていた。


 秋名井紅葉が作蔵に言い残した『あの子』がいた。そして、作蔵は『あの子』を家に連れて帰る。


「ただいま」と、作蔵は家の玄関の扉を開く。履いている下駄を脱ぎ捨て、廊下を素足で歩く。


「おかえり。あら?」

「ああ、伊和奈。安心しろ、こいつの時の刻みの捻じれは消えている。さあ、挨拶」

『穂乃花です。ご覧の通り、市松人形です。これから是非よろしくお願いします』

「あはは、いい子ね」

「だろう? だからさ、こいつは自由にさせてやりたい」

「おっけい、作蔵。わたしは伊和奈。こちらこそ、よろしくね」


『はい、伊和奈さん』


 伊和奈は、作蔵の腕の中にいる穂乃花と握手するーー。

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