実〈後編〉
ーー此処だよ。
追い続けた光の粒がひとつ、またひとつと、瞬きをとめる。作蔵が視野に入れた、隔たる障子に薄暗い朱色の灯。
奥である座敷に、おかっぱ頭で朱色の単衣を身に纏う少女が座っていた。
「ままごと遊びの途中ですまないが『瑠璃』はどっちなのかい?」
作蔵は前掛けのポケットから皺になった封筒を抜き取り、少女に見せながら柔らかに訊く。すると、少女は敷かれる布団に指差しをするのであった。
「この『封筒』は俺に宛てられた。内容は『屋敷に急いで来て欲しい』だった。お嬢ちゃん、俺は“仕事”で此処に来た」
「どうしても、お話しをしなければならないのよね」
少女が視線を畳の縁にゆっくりと合わせる。頭を垂れる少女は、膝上に両手を乗せて羽織る着物の生地を握りしめてじっとしていた。
「今、俺はあんたとだけ会っている。俺の“仕事”の決まり事は、ひとりが話したことを何だろうが誰だろうが話してはいけない」
作蔵は、腰を畳の上におろして胡座をかくと、鼻息を吹いた。
「お兄さんにお手紙を送ったのは、紅葉が大事にしている瑠璃。わたしは瑠璃の代わりにお手紙を書いた」
作蔵の目蓋が大きく開く。
「瑠璃は見たまんま、起きることとお話しすることが出来ない、動くこと全部が出来ない。でも、わたしは瑠璃がしたいことをしている。瑠璃からもらった“やりたいの種”で、わたしは動いている」
「ちょっと、待った」と、作蔵は少女がいうことを遮った。
「お兄さん、びっくりしたよね」
「おもいっきりしたに決まっている。淡々と喋っていることにではなく、お嬢ちゃんは此処に寝ている『お姉さん』のように、ひたすら黙って動かないのが本来の実態」
鼻の穴を拡げている作蔵に、少女は堪らず「ふ」と、笑いを見せた。
「まあ、どっちでも良い。しかし、お嬢ちゃん。あんたは『鳩ぽっぽ』の役目を押し付けられたのだ。そこは、どんなおもいをしているのかを話せるか」
少女が黙って首を横に振った。
「あくまで自分は『人形』だ、なのだな」
作蔵は、少女が首を縦に振るのを見ると「はあ」と、頭髪を右手で掴んでかき回した。
「わたしは、瑠璃がお兄さんにやってもらいことまでは上手に書けなかった。でも、お兄さんは来てくれた。紅葉はかんかんに怒っちゃったけどね」
「だろうな。だから、俺に『あの手この手』で誤魔化していた。それが、お嬢ちゃんがいう紅葉だった」
「瑠璃が決めたことは、紅葉には止められない。手紙を送ったのは、瑠璃だから」
「わかった、俺が瑠璃に直接聞く。しかしだ、おまえと瑠璃の繋ぎは千切れてしまう」
「……。うん」
ーー史、蓋は開かれる……。
作蔵は眠る瑠璃の額に掌を翳し、依頼の声を訊く通力を発動させる。
ヤマニヒガオチルノヲ、オトウサマ、オカアサマトイッショニミタイ……。
「……。そりゃ、手紙にうまく書けないわけだ」
作蔵は、足元でころっと、ひっくり返るおかっぱ頭の人形を抱えたーー。
***
「屋敷内のいたるところをまわってみるけど、あなたは何処にいるのかと、心が砕けるようなおもいをしていたのです。せめて、何が起きたのかを教えてください。そんなお顔で見られるのは、此方が不愉快です」
屋敷の座敷に戻った作蔵に、秋名井紅葉は食って掛かった。
作蔵が「あんたには悪いが、詳しくは話せない」と、言うと、秋名井紅葉はしゃがみこんだ。
「辛い、辛い」と、繰り返される言葉と吹き潜る風で障子の枠が軋む音。
【霜月家】に漸く秋が来る。と、作蔵は耳を澄ませていたーー。




