枝
物語りは、史。作蔵のつられて、取りつかれる『仕事』が、本日も舞い込むーー。
***
【霜月】
竹で組んだ塀に木造の門構え。作蔵は掲げられている表札を見据える。
遡ること、1日前。1通の郵便物が作蔵の家に配達された。しかも、速達便の封書。受取人欄に判子を押して、配達員から受け取ると即、開封して中身を確認した。入っていたのはーー。
立ち込めた茶褐色の煙に混ざって日時と場所を指定した“声”そのもの。
ーー作蔵。明日に来てなんて、無茶苦茶な内容だよ。
ーー心配するな。今回の『依頼』は、俺だけで行ってくる。
渋渋と、伊和奈は聴いた“声”から地図を書き記して作蔵に渡したのであった。
と、作蔵が昨日のことを思い出していたときだった。
「ようこそ『蓋閉め』さん。ささ、おあがりください」
此処の家人だろう。割烹着に和服の、すっかりと年を重ねた女性が作蔵に屋敷へと手招きする。
門を潜り抜け石畳が敷き詰められる道を歩いて横開き戸の玄関に辿り着く前、作蔵は辺り一面の景色が気になった。
今朝、朝食を取りながら視たテレビの気象予報だと、季節に合った平年並みの気候。ところが『依頼』を郵便物で差し出した送り主が住んでいるだろうの敷地内に足を踏み入れた途端、しかも歩く度に気候が移り変わるように感じたのだった。
見上げると牡丹桜が咲いているとおもえば今度は植木鉢に植わる鳳仙花。そして、極め付きはラッパ水仙が地面に直植えされていた。
伊和奈を遣わせなくてよかった。伊和奈の“体質”の免疫力は『今を刻む時』はあるが『曖昧な時』は、備わってない。
つまり、伊和奈そのものが消えてなくなる。を、意味していたーー。
「お待たせしました。屋敷で栽培して摘んだ新茶と家主手作りの茶菓子でございます。摘むと、いっても我が家で楽しむ分ほどですよ。でも、毎年の茶摘みはご近所さんもお祭りのように楽しまれております。加工も勿論、ご近所さんにお願いしてお手当てを支払ってですけどね」
作蔵は「はっ」と、我に返り湯呑みを掴んでひと口つける。
「『蓋閉め』さん、気になっているのですね。お出ししたお茶は正真正銘“新茶”です。ただし『我が家の時間』では、ですけどね」
「自己紹介がまだでした。俺、もとい、私は『依頼』の元に“蓋を閉める”を生業にしている作蔵と、申します。唐突ですが『依頼主』と詳しく『依頼』の目的をお話し合いをしたい。勿論、代理でも構いません。まずは『依頼』と、なった経緯を訊きたいと申し上げます」
「そうですね、火急な申し出をしたのは此方ですからね。失礼致しました、私は霜月家で従事を務めている秋名井紅葉と、申します。口を開くのが取り柄で“能弁婆”と、渾名で呼ばれております。いき過ぎた言葉で相手を傷付けた不祥事を何度もしてはその度に霜月家の主に尻拭いをさせてしまいましたのでございます。他にもーー」
時間の経過がわからない。いや、時の刻みとは無関係と思えるほど、作蔵は漸く知ることができた相手である“能弁婆”の『熱弁』を根気よく聴いた。
「おかわりをお願いします」
「あら、あら。喉を乾かせてごめんなさいね、直ぐに淹れますからお待ちください。そう、そう。ポットと急須と茶筒もお持ち致します。あ、お茶菓子も沢山ありますから、どんどん召し上がってください」
「『お茶を湯呑一杯だけ』で、良いです」
作蔵は“能弁婆”が離れた隙に、正座していた痺れから解放されたーー。




