打たねば鳴らぬ
物語は、史。
“蓋閉め”と呼ばれる青年の名は作蔵。
これより語る“史”は、作蔵の断片的な記憶を基づくにしている。
よって、曖昧模糊になるのにお許しを頂戴いたす。
***
どうしようもない時の流れだ。依頼主は貌。承った内容は“タカラ”捜し。
≪花畑≫に行く最中に“タカラ”がないことに気付く。ただ“タカラ”について尋ねているのに怖がられるのが哀しかったと。同情する、取りつかれるのを嫌がった一般民間人にだ。
此処にもない、そこでもない。こっちはどうだ。
夕暮れの雨降りは視野が阻まれるし声なき声さえ聴き取りづらいが“依頼”を引き受けたからにはやり遂げる。ずぶ濡れになりながら空き地に不法投棄されている廃棄物を触る姿はどう見ても……。と、通行人に怪しまれるのは仕方ない。
ーーワタシノ“タカラ”ドコ?
「今、見つけてる最中だ。黙ってろ、気が散るから今日は消えてくれ」
作蔵はつい、苛ついた。取りついてる“依頼主”が恨めしそうに催促するからだ。
ーーマタ、クル。
“祓う”のではなく、追い払う。作蔵は退治屋ではない、貌のような嘆きの念を解放させる“力”を持っている。
“依頼主”の望みが叶うまで、取りつかれる。それが、作蔵の仕事であるーー。
「ぐう」と、腹の虫が鳴る。
「腹減った。おーい、伊和奈。飯、食わせてくれ」
作蔵は自宅に戻った。雨で濡れた服を脱ぎ風呂に入ってさっぱりすると思われたが、ただ着替えを済ませるだけだった。
「ホラ、梅干しご飯」
伊和奈は作蔵の仕事の補助役だ。それだけではない、このように三度の食事の用意と言ったような事もこなしている。
「手抜きすぎでは?」
「今月、赤字だから」
「めんどい、ひじょーにめんどい」
「愚痴らないでよ、作蔵。はい、あんた宛てに『これ』がまた来てたよ」
「こっちもこっちで……。どれどれ」
作蔵は、伊和奈より渡された小箱の蓋を開く。すると、桜の花びらの色の煙が「もわん」と、噴く。
ーーバンゴハンヲタベタアト、オヒサマガオチルミズタマリニキテ……。
声が聞こえた。しかも、少女のような声であった。
「はあ」と、ため息をつく作蔵に「色男」と、伊和奈が囃し立てた。
「どれ、行くぞ!」
「私も? 今日《あんたは、こんがらかった》が最終回なのにっ!」
「予約録画をしとけよ」
額に鉢巻き、腰に前掛け。肩に襷の作蔵は、玄関の土間で一本歯下駄を履く。
外に出ると、夜の戸張が落ちていた。作蔵はからころと、うっすらと月明かりで照らされている路に下駄を鳴らした。
因みに、何処に向かったかといえばーー。
「小さっ! 此処が指定された場所だというの? いい、作蔵。夜に太陽は見えないのよ」
作蔵に同行していた伊和奈は、子供の掌程の水溜まりを見下ろして堪らず唖然となる。
「太陽だけが〈お日様〉ではないっ! 伊和奈、上見てみろ」
伊和奈は、渋々と作蔵が指差す方向を見る。それは、電柱に備えつける傘を被る外灯だった。
「ホレ、出てきたぞ」
ーーアラ、その方あなたのなんですの?
伊和奈は自分のことをだと「むっ」と、顔をしかめる。
「作蔵から、そろそろ退いてもらいたい!」
ーーイ、ヤ! 私、この人に取りついてるから、辛いことも、忘れるの!
其れは作蔵の身体に霧となり、入り込む。
「作蔵!」
伊和奈、悲鳴をあげ、手にする箱の蓋を開く。
「はあ、あんまりいいもんじゃないな」
「一歩間違えれば、変態ロリコンだものね?」
「その表現、おもっきり誤解を招くからよせ」
作蔵は光の言葉を掌に含ませ、拳を握る。
ーーナニするの?
「おふくろさんのところに〈ノシ〉付けて返してやるんだよ!」
ーー! どうしてよ。
「あんたがいなくなって、おふくろさんも俺にしぶとく憑いてるんだ! 探して、探しまくって。それがあんたと、確信することが出来た」
ーー私、ガラクタに、サレタノヨ?
「そんなこと、あるもんか! おふくろさんはあんたを《宝》と気づいた。今なら、あんた達はちゃんと〈花畑〉に行ける!」
「作蔵、まだね?」
伊和奈は蓋開く箱を掲げ、注がれる気流の風圧に身体を後方に反らす。
「あと、ちょっとだ! せーのっ!!」
作蔵の掛け声と共に、掌から放たれる気流が「ぽふん」と、ひとつ煙を浮かばせ、切り離される。
「伊和奈! 閉めろ」
「おっけい!」
伊和奈は箱に蓋を被せ、息を大きく吐く。続けて作蔵は指先から光の糸を紡ぎ、その箱にぐるりと巻きつける。
「下手くそ!」
歪な紐の形に、伊和奈は野次を飛ばす。
「後は、このシールをこうやって」
[持っていて]とプリントされる其を作蔵は、貼り付ける。
「うーん、ラッピングにもう少し」
「折角掴まえた依頼霊の依頼霊を逃がすようなことをしないでっ!」
伊和奈は作蔵の行動を叱り飛ばす。
喧々諤々しつつ、作蔵と伊和奈は帰宅した。
そして、待っていたのはーー。
「ホレ、出てきたぞ」
ーーコノナカニタカラガイル?
「ちゃんと懐にしまっとけよ。ドジかあちゃん」
ーーアア、アリガトウ。コンドコソ……。テヲハナシマセン……。
貌が「すっ」と、夜の漆黒に溶け消える。
「めんどくさい」
「仕事だから、愚痴は駄目。あと、身体。ちゃんと洗浄しなさいよ」
「はいはい」
「……。あんたは、私と違って〈生身〉だから」
「伊和奈、待ってろ。おまえの奪われた〈実体〉は必ず、俺が、見つけてやる」
「お人好し」
「俺が、抱けないが歯がゆいのだ」
「ドスケベ」
数日後、小包が作蔵の元に届けられる。開いて、開いて、開き続けたその箱の中に〈御礼〉と記された小石が埋め尽くされていた。
「伊和奈。俺、転職していいか?」
「特技を活かした職業なら構わん」