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第44話「投獄、再び」〜ローデリヒとの別れ〜

――ガシャンッ!!


「悪いが、お前にはしばらくここで暮らしてもらう」



アルトラント公爵家の地下牢に放り込まれた時には、他ならぬローデリヒ自身ににそう言われたが、今度はここまでリーゼラを引きずってきた見知らぬ騎士に言われた。



はあ…、また地下牢暮らしか…


ローデリヒから添い寝話が挙がった際には、いっそ地下牢に戻りたいと願い出はしたが、一度清潔なベッドと暖かい部屋での暮らしを味わってしまった今となっては、またこの生活に慣れるのには少々時間がかかりそうだった。


それにしても、公爵令嬢の身分で半年の間に2回も投獄されるなんて、他に類を見ない事態だ。

アルトラントでの投獄の件を知る者はいないだろうが、王家の地下牢へ入れられたとあれば、もはや社交界には戻れないだろう…


まあ、そんなに戻りたい場所ではないし、戻るつもりもないから別に構わないのだが…


「はあ…」


天井を見上げ、ローデリヒやフォルカー…ついでにディルクの顔を思い浮かべる…



フォルカー様にはご心配をおかけしてしまったわね…

あの後ご無理をなさってないかしら…


マヌエラのあの様子を見るに、大事には至らない程度の毒のようだったけど。


ローデリヒ閣下は…この話を聞いてどう思うかしら…



「………。」



…今夜は久々に独り寝だ…


ローデリヒへの想いに気付いた今となっては、もう一緒に寝ることなど自分にはできなかったと思うが、まさかこんな形で別れることになるとは思わなかった…



埃がかった古いベッドには、薄い布団が一枚だけかぶさっている。


布団の埃を払ってベッドに上がる。


「寒い…」

ひんやりとした寝具に身体を震わせる。


ドレス一枚で放り込まれたので上着もなく、身体がとても冷える…


ローデリヒ閣下にくっついて寝ていた時はとても温かかったのに…



昨日までのローデリヒとの時間がいかに幸せだったかを痛感させられる…



「…ローデリヒ閣下に…会いたい…」


誰もいない地下牢のベッドに横になり、誰にも聞かれることのない心の声を暗闇の中で呟いて、涙を一つこぼした…






ーーー







ーー翌朝



昨日の夜は寒さでなかなか寝付けず、見張りが朝食を運んで来るまで、ベッドの中で蹲っていた。


日の光が入らず、蝋燭の灯りだけのこの地下牢では、時間の間隔が分からない。

やってくる食事だけが頼りだ。



アルトラントの地下牢同様に、鉄格子近くにある応接セットに座って食事を摂る。

朝食はパンとスープのみ。


アルトラントでは、朝から地下牢にまで豪華な食事が届けられていたことを思い返すと、改めてコックであるコンラートに感謝した。




ーーー



朝食を終えた後はまた椅子に座って、これからのことを漠然と考えていた。


恐らくだが、マヌエラは私を嵌めるために自ら毒をあおったと思われる。

その場合はマヌエラは生きており、私はマヌエラの証言により毒殺疑惑で処刑される可能性が高い。


もしくは、マヌエラが誰かに恨みを買って毒殺され、その罪を何者かによって私になすり付けられた場合。その場合は、誰かが真犯人を見つけない限りは、私が毒殺者として処刑されることになる。



…どっちにしろ、よっぽどのことが起こらない限りは、私の処刑は免れなさそうだ…


「うーん…」


ここには本もないから鍵を開ける道具もない。

万一、地下牢から出られたとしても、見張りの目を盗んで宮殿の外まで逃げ出すのは厳しいだろう…


仮に無事に逃げおおせたとしても、今までお世話になったアルトラントの皆に迷惑をかけることになってしまう…

それだけは絶対に避けなくてはならない…


どうしたものかと頭を抱えていると



ふと目の前で、カツン…と足音がした。


顔を上げてみるとそこには、信じられない人物が立っていた…





「…ローデリヒ閣下…」



夢を見ているんじゃないかと信じられない気持ちになり、半信半疑で鉄格子に駆け寄る。



蝋燭の揺らぐ光が、彼のきれいな顔を幻想的に照らす。


「お前は、よっぽど地下牢が好きなのだな。」

と皮肉めいた笑みを浮かべる。


聞き慣れたローデリヒ閣下の落ち着きを払った声…

本物だ…!


たった半日会えなかっただけなのに、ほっと気持ちが緩んで、おもわず涙が出てくる…


「すみません…またご迷惑をかけてしまいました…」

情けなさすぎてローデリヒの顔が見れず、俯く。



ローデリヒは

「気にするな」

と言って、リーゼラの頭に大きな手をぽんと乗せた。


「ついでに言うと、マヌエラとかいう女も死んでいない。飲んだのは毒性の弱いものだったらしく、たまたま王妃を診るためにやってきた医者に診てもらったところ、命に別状はなかったようだ。」


「そう…ですか…」


「お前、嵌められたな。」


「!!」

顔を上げると、お馴染みの意地の悪い笑みを浮かべるローデリヒと目が合った。


「昨夜あの女が回復するや否や、至る所でお前に殺されかけたと触れ回っていたらしい。ついでにうちのエックハルトの毒殺の件も掘り返して、お前が原因だと騒いでいるらしい…」


「そんな…!」



「あの女が王妃をうまいこと取り込んだことで、発言力も強まっている。」


「お前の投獄によって、先程お前と俺との婚約関係も破棄されることになった。」



「……えっ……!?」」



「王妃命令だそうだ。」


ローデリヒは相変わらず感情の読めない顔で淡々と語った。


それに対してリーゼラは理解が追いつかずに、頭が真っ白になった。



「先程の王妃の話だと、お前の代わりに義姉のマヌエラを俺の新たな婚約相手にと考えているようだぞ…」


「……そんな……っ!」


どこか他人事のように楽しげに話すローデリヒを見て、益々胸が痛んだ…


マヌエラが次のローデリヒ閣下の婚約相手に…!?


閣下はそれをお認めになったというの…!?


これからはマヌエラが閣下と一緒にあの屋敷で暮らすの…?

一緒に食事をしたり、あの部屋で一緒に寝たり…


そんなの絶対に嫌…っ!!!


考えただけでも胸が張り裂けそうに苦しくて、嫌だと泣き出したい衝動に駆られた…



「……そう…なのですか…」


「おめでとう…ございます…」


自分の感情を抑え込んで、やっとのことで返事をする。

ちゃんと笑えていただろうか。

ローデリヒの顔がまともに見れない…



「………。」

ローデリヒも何も言わない。



しばらくして「ディルクとフォルカーから差し入れを預かった」と言って、二つの箱を食事用の窓から入れてくれた。



一つ目の箱には、長袖の暖かい生地で作られた部屋着とケープが入っていた。

「わぁ…!すごく嬉しいです…!昨日は寒くて眠れなかったので…!」


「ありがとうございますと、お二人にお伝えください!」

途端に笑顔になったリーゼラを見て、ローデリヒも表情を和らげる。

「さすがに昨日は添い寝してくれる奴もいなかっただろうからな。」

とニヤリと笑った。


リーゼラも顔を赤らめながら「そうなんです」

と正直に答えた。



ひとまず元気を取り戻したリーゼラが続いて開けた二箱目には、いつぞやのフォルカーが贈ってくれた、露出度の高いいやらしい寝間着が入っていた…


「……これはあの時の……」


「…是非お二人に〝次会うことがあれば覚えていてください”とお伝えください」と言伝を頼んだ。


ローデリヒは、箱の中をチラリと見遣ると

「そんな寝間着を持っていたのか。俺と一緒に寝る時には一度も着たことがなかったではないか。」

と至極楽しそうに口の端を上げて笑った。


「こんなもの着れるわけないじゃないですかっ!!」

と顔を真っ赤にしながら勢いよく箱を閉じた。


その様子を見て

「はっ…!」

とローデリヒが楽しそうに笑う。



…そうやって、時々見せてくれるようになった無邪気なローデリヒの笑い顔が好きだった…


そんな顔ももう間近で見ることができないのだと思うと、胸がきゅっと締め付けられて切なくなる…


でも、もう受け入れなくては…



リーゼラは姿勢を正してローデリヒに向き直る。



「……一昨日の夜にもお伝えしましたが、改めて今までお世話になりました。ローデリヒ閣下のお陰で私は幸せな人生を過ごすことができました。心より感謝いたします。」

ありったけの感謝と敬意を込めて、深々とカーテシーをする。

地下牢でローデリヒに初めて会った日以来の二度目のカーテシーだ。


「…なんだ、まるでもう死ぬかのような台詞だな。」


「…ええ。もう閣下は近くにおりませんし、また誰かに毒を盛られた場合は、ここで人知れず死ぬことになるかもしれませんので…。」


「…そうだな…こうなってはもう一緒に寝てやることもできないしな…」


「もう殿下の眠りを煩わせずに済みますね。」


「…ああ、そうだな…」


ローデリヒは淡く笑って肯定した。


リーゼラは自分で言っておきながらも悲しくなり、情けない顔を隠すように俯いた。



すると不意に鉄格子から手が伸びてきて、リーゼラの顔に優しく触れ、顔を上げられた。

リーゼラが流した涙を親指で拭いながら、真剣な表情で見つめる。


「案ずるな。お前は必ず俺がここから出してやる。」


「…でも…」


私は、もうあなたの婚約者ではないのに…



「うちの優秀な事務員を失っては、またディルクがうるさいからな。」

そう言って優しく微笑む。



「でも…っ!」


「!!」

親指で唇を押さえられる。


…事務員の仕事も婚約解消するまでという話だったじゃないですか…


きれいなローデリヒの青い瞳を見つめながら涙をこぼす。

ローデリヒは、リーゼラの流れる涙を何度も指で拭ってくれた。



「お前は何も考えずに、大好きな地下牢での生活を満喫していろ。」

そう言ってぐしゃぐしゃと乱暴にリーゼラの頭を撫でた。

そしてリーゼラの胸に自分のハンカチを押し当てた。

「やる。俺だと思って使え。」

そうして鉄格子から離れた。


一度背を向けて歩き出したローデリヒが、再び振り返って言った。


「〝この世に生き残るのは、強い者でも知的な者でもなく、変化に柔軟な者”だと、あの聖典にも書いてあったな。」


「これから社会情勢が大きく変化するだろう。その時、お互い柔軟な判断で生き残れているといいな。」


リーゼラを見つめる青い瞳が金色の輝きを増して鋭く光る。


「……。」



「…それでは失礼する。お前は食い意地が張っているから、毒には注意するのだぞ。」


「!!」


顔を赤らめるリーゼラを見て、ローデリヒは笑いながら去って行った。




ーーー




「……。」



ローデリヒが去った後、先程のローデリヒの言葉について、リーゼラは考えた。


これから社会情勢が大きく変化するとローデリヒが予言していた。

とても意味深な言葉だ。


不意にリーゼラの背筋がぞくりと凍る…


まさか、ローデリヒは近々戦争を起こすつもりなのではないだろうか…



…でもそれを確かめる術はなかった。

ここは宮殿の地下牢…

フォルカーが気軽に遊びに来られるような所でもない。

外の情報を知ることは叶わない。



そして私はもうローデリヒの婚約者ではないのだ…



〝生き残る者は強い者でも知的な者でもなく、変化に柔軟な者”だとローデリヒは言った。

あれは、マヌエラとの婚約を受け入れるという意味だったのだろうか…


リーゼラの胸がズキズキと痛む…

ローデリヒへの気持ちに気付いた今となっては、それは耐え難いことだった…

しかも相手があのマヌエラだというのが何よりもショックだった…


マヌエラは、昔からリーゼラが持っているものならなんでも奪いたがった。

父の愛情も部屋も侍女達も婚約者だったラッツも…

そして今度は次の婚約者であるローデリヒまでも奪おうとしている…


…どうして彼女はそこまで私に執着するのだろうか?

美しい美貌をもつマヌエラは既にすべてを持っているというのに…




いけない!また後ろ向きな思考になっていた…!

ぱんっ!と両頬を叩いて気合いを入れ直す。



ローデリヒが古代帝国の聖典についての話をしていた。


あの聖典には、人が世界に及ぼす影響や不変の真理についてが書かれている。

世の中のすべてな思想は、ここから派生したものだと言われている。


〝人の思考は世界に影響し、言葉は自分と世の中に影響を与える。“



…つまり、不安に思っていれば、不安になるような事象を引き起こし、幸せや感謝を感じていれば、また幸せや感謝を感じるような事象が起こるという。

聖典にはその研究の全てが記述されている。



そうだ…

後ろばかり向いている場合ではない。

処刑のことばかり考えていれば、そういう未来が近付くだけだ。


きっと今の状況はそう長くは続かないはずだと信じよう。


ローデリヒが必ずここから出してくれると約束してくれた。

ならば、きっと出られる日が来る。


そして「地下牢での生活を満喫するように」とも言っていた。

今はひとまず、何が楽しめるかについて考えてみよう。


…とその前に、

自分の今の悲しい気持ちややるせない気持ち、マヌエラやローデリヒへの気持ちなどを、しっかり感じ、受け入れてからその感情達を手放した。


また再会できる時に少しでもローデリヒに見合う自分になっていられるように…







いつもお読みいただき、ありがとうございます!

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