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第42話「ほろ苦い思い」

今日の午後はフォルカーと今度の宮廷舞踏会のドレスを選びに行く約束をしていた。


ずっと薄汚れた一張羅のドレスを使い回して夜会に参加していたリーゼラにとっては、夜会の度にドレスを仕立ててもらうなんて考えられないことであったが、今回はアルトラント公爵家代表としての公的な仕事として正式に依頼され、その服飾費も必要経費として出されるということで、恐縮しながらも受けることにした。




「今日はどんな色のドレスにする?」

フォルカーが街へ向かう馬車の中で尋ねる。

向かいではなく隣にぴったりとくっつくように座るのは相変わらずである。



「うーん…私そういうのに全然詳しくないので、フォルカー様に選んでいただけると助かります…」


「またまた、消極的だね〜!何か好きな色とかはないの??」


正直、今まで、服は着られればいい、食べ物は口に入れられればいいの世界で生きてきたので、まだその辺の感性が十分に育っていない。

ローデリヒの金色に輝く青い瞳や金色の刺繍が入った黒い平服は美しいと思うが…



「…じゃあ金色の入ったものがいいです…。」


ほとんど独り言のようにぼんやりと呟いた。


「金色だね!分かった!金色だったらね〜!」


と少しのヒントからいろいろなアイデアが浮かんでくるフォルカー様。本当頼もしい存在ですわ。



お馴染みの服飾店に着くと、フォルカーのアイデアを元に、着々と話が進んでいった。



「内側は淡いグレーのサテン生地で、外側の白いレースには金色の刺繍をつけて。」

「首周りはオフショルよりワンショルダーのが綺麗かな?」


フォルカーの指示で、店の者がリーゼラの身体の採寸をしたり生地を当てたり、目まぐるしく動く。

リーゼラは「動かないでその場に立っている」という、今できる最大の仕事を全力でこなした。



「ドレスは落ち着いた色だから、ネックレスは差し色に大粒の赤い宝石を使おうか。イヤリングはダンスの時に揺れる華奢な作りの物が流行りだから、それにしよう。」


リーゼラは言われるままに、こくこくと頷いた。

どうしてそんなに次から次へとアイデアが出てくるのか、ひたすら感心してしまうばかりだ…



ーーー



無事に私のドレスとそれに合わせたフォルカーの服の注文を終え、二人で馬車に乗り込んだ。


帰りに噴水の広場近くを通ると、ふとローデリヒとカストランドへジーモを探しに行った時のことを思い出した。


……そういえば、どうしてローデリヒ閣下は、ジーモの居場所を知っていたのかしら…


彼がドアルドという街の名を口にしたのは、最初にカストランドへ訪れた日だった。

あの時既にジーモの居場所が分かっていた…?


後でローデリヒ本人に確認してみよう…



アルトラント家のみんなのおかげで、ジーモの体調は日に日に良くなっている。まだ少し咳は出ているが、美味しい食事を毎日たくさん食べて、日に日に顔色も良くなってきている。


手遅れにならなくて本当によかった…




ーーー




その日の夜。


ローデリヒと毎晩一緒のベッドで寝るようになってから5日ほど経ったが、まだまだまだまだ慣れない……


自分から先にベッドで待つ勇気がもてず、自室をウロウロしている間に寝る準備を整えたローデリヒがいつものように「おい、まだか」と迎えにくる。



リーゼラは恥ずかしい気持ちで、おずおずとローデリヒの後について行って、手前側からベッドに入った。

同じくベッドに入ったローデリヒが目を瞑り、いつものように上側の腕を少し上げてくれるので、背中に手を回して抱きしめるような形で眠る。

ローデリヒはリーゼラに触れるようなことはせず、自分の身体の脇に手を置いている。



ドキドキする気持ちを抑えて、寝に入る前のローデリヒに思い切って声をかける。


「あの…」



「…なんだ?」

ローデリヒは目を瞑ったまま答える。



「この前のカストランドでのこと…、どうしてジーモの居場所がすぐに分かったのですか…?そして、私が探しているのがジーモだと、何故知っていたのですか…?」


なんだそんな事かと、一つ息を吐くと

「別に知っていた訳ではない。そうかと思っただけだ。」

「?」


「お前はあの時気付かなかったかもしれないが、古代文字で〝ドアルドで待つ”と噴水の台座の側面に文字が彫られていたのだ。ついでにその場所への行き方もな。」


「!!」


なるほど…そうだったのね…


あの時のローデリヒの態度を思い出して納得する。



「カストランドに住むただの平民が、今は一部の王族や研究者にしか知られていない古代文字を知っているわけがない。だとすれば可能性としては、5年前に宮廷を追放されたジーモがカストランドへ流れて密かに暮らしていたと考えるのが妥当だろう。」


「えっ…待ってください!」

「ジーモは元々宮廷にいらしたのですか!?」

ローデリヒの胸に顔をつけて話を聞いていたリーゼラがおもわず顔を上げる。

間近でローデリヒと目が合う。


「ああ、宮廷で古代帝国の聖典を紐解く研究をしていて、当時は国王の相談役を務めながら、第一王子の教育係も行っていた。」


「それが、第一王子の毒殺により、ジーモに疑いの目が向けられ、身分を剥奪され、国から追放されることになったのだ。」


「……!」


そんなことがあったなんて…!


きっとリーゼラと出会った頃は宮廷から追放されて間もない頃だったのだろう…

そんなことにも気付かず、何の力にもなれなかった自分を悔やんだ。

悔しさに俯くと、


「お前のせいではない。」

と真っ直ぐにリーゼラを見つめてローデリヒが言った。

青い綺麗な瞳が月夜できらきらと輝く。


…そうだ。

変えられない過去を思ったって意味がない。


「〝ない”ことではなく、〝ある”ことに目を向けよ」は、ジーモの口癖だった。


今はこうして無事にジーモと再会できたことに感謝しよう…



「…ありがとうございます。ジーモを助けてくれて…」


ローデリヒが僅かに目を見張る。


「私一人ではジーモを助けることは出来なかったでしょう。きっとドアルドの街から出ることすら出来なかった…。あなたは命の恩人です。」

「大袈裟だな。」

ローデリヒがやや穏やかな目をしてリーゼラを見つめる。


「それだけではありません。」

「?」


「あなたは今まで何度も私の命を救ってくださいました。」


「ふっ…最初にお前を殺そうとしたのは俺だけどな。」

とローデリヒが笑う。


「そうでしたね。」

リーゼラも、ふふと笑い返す。


「…私が毒を口にした時、私を助けてくださってありがとうございました。あなたにとっては大事な弟君を殺したかもしれない疑わしい人間であったはずなのに…」


リーゼラはずっと言えなかった気持ちを伝えた。


「……」


ローデリヒはリーゼラを黙って見つめた。

僅かに身体に力が入る。


「…あの時は、咄嗟に身体が動いただけだ。」

「目の前で助けられなかった弟のエックハルトにしてやりたかったことをただお前にしただけだ…」


感情を抑えてはいるが、苦しそうなローデリヒの心の様子が伝わってきて、おもわずローデリヒをぎゅっと抱きしめる。


「!」


「あなたのせいではありません…」


少しでもローデリヒの苦しみを分かって癒してあげられたらいいのに…

そんな思いを込めて抱きしめた。



「少なくとも私はそれで救われました。私にとってあなたは命の恩人です。それは一生変わりません。」


「……。」


「あなたの存在に深く感謝します。あなたがいてくれて本当によかった…あなたと出会えてよかった。」


心の声が次々と溢れ出てきて、自分でも驚いてしまった。

同じく驚いたような顔のローデリヒと目が合ったので、気恥ずかしくなって笑いかけたら、不意にローデリヒがリーゼラをぎゅっと抱きしめてきた。


「…!!」


思いもよらないことに心臓が痛いくらいに音を立てた。

身体が火がついたように熱い…



広く静まり返ったこの部屋で、どれだけ時間が経ったのか、長いような短いような時間の後に、ローデリヒはゆっくりとリーゼラを解放した。

少し残念なような、ホッとしたような気持ちになりながら、ローデリヒの真意を知りたくてそっと窺い見ると、ローデリヒ自身も自分の掌を見つめて自分の不可解な行動の理由を探っているようだった。


そんなローデリヒを見ると、自分も胸が締め付けられて苦しくなるのだった…








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