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超絶勇者ブレイブマン  作者: タチバナ
捨て猫編
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8.雨上がりの昼下がり

 雨上がり。葉を伝い露が滴る。美しい紅きハナミズキに彩られた和風の庭は幻想的な雰囲気さえ感じさせた。

 古池には鯉が泳ぎ、睡蓮の花びらが水面に浮かぶ。

 縁側に吊るされた風鈴がちりんと鳴った。まだ夏には早いが、その音からは涼しさを感じた。

 このまま夕涼みでもしてしまおうか。そんな誘惑にも駆られたが、そろそろ彼女たちも来る頃合いだろう。

 俺は縁側から立ち上がり、廊下を進んで靴を履いて玄関を出る。室内で待っていてもいいのだが、なんとなくこういうときは分かりやすい場所で立っていたほうがいい気がする。

 彼女たちも呼び鈴を鳴らす手間が省けていいだろう。これは俺なりの気遣いのつもりだった。

 しばらくすると、可恋ちゃんが自転車に乗ってやってきた。

 こういうときは愛ちゃんよりも可恋ちゃんのほうが来るのが早い。とは言え、愛ちゃんも遅刻してくるタイプではないのだが。

 腕時計(――去年のホワイトデー兼俺の誕生日に愛ちゃんからプレゼントされたものだ)を見ると、集合時間の15時の10分前だった。


「こんにちは、……それともこんばんはかな?」

「くす。こんにちは、かな。愛ちゃんはまだ?」

「そろそろ来るんじゃないかな。大体いつも5分前くらいに来るから」

 俺の言葉に可恋ちゃんは微笑むだけで何も答えなかった。

 可恋ちゃんが昨日と同じように玄関の横に自転車を停めると、その空間は静寂が支配した。

 ……沈黙が長い。嫌な沈黙ではないのだが、なんとなくくすぐったい。

 話すことはたくさんあるのだが、愛ちゃんが来てからのほうがいいだろう。

 可恋ちゃんも何か言いたそうな様子だったが、俺と同じように愛ちゃんの到着を待っているようだった。

 そして、俺の予想通り5分ほどして遠くの方から元気の良い声と自転車を漕ぐ音が聞こえてきた。どうやら愛ちゃんが来たようだ。

「こんにちはー! 可恋ちゃんはいっつも早いねえ!」

「こんにちは」

「こんにちは、愛ちゃん。可恋ちゃんが早いんじゃなくて、愛ちゃんがいつもギリギリなんじゃない?」

「えー! 5分前だよ!? 間に合ってるじゃん!」

 愛ちゃんが不満そうに抗議する。少しからかっただけのつもりだが、いつもリアクションが大きくて面白い。

 だが、俺は知っているのだ。可恋ちゃんはこういうやりとりが始まると自分が会話に参加できないと思っていることを。

 なので、俺のほうから話題を振ることにする。

「ところで、可恋ちゃん。家族に猫の話をしてどうだった? 飼うの許してくれそう?」

「あ、うん。大丈夫だって。お母さんにはもう中学2年生なんだから自分で世話しなさいとは言われたけど」

 可恋ちゃんの回答に愛ちゃんは自転車を停めながら嬉しそうに笑った。

「おー、それならよかったー! ひとまず飼い主探しの心配はないね。

 可恋ちゃんには悪いけど、可恋ちゃんの家で飼うことになったら私も時々様子見に来るからね!」

「俺からも改めてお願いするよ。猫のことは可恋ちゃんに任せてもいいかな?」

「うん、もちろん」

 その言葉とは裏腹に表情は不安げなようにも感じられた。だが、心配はいらないだろう。

 彼女は命を預かることの責任の重さから不安に思っているだけなのだ。その重さを知っているのであれば問題はないだろうと思った。


「ただ、今日の展開次第では、今の話はなかったことになるかもしれない。

 まあ、その可能性は低いとは思っているけれどね」

「あ、そうそう。今日は一体なんの用なの? 飼い主探しに行くわけじゃないんでしょ?

 そこんとこ全然分からないまま集合させられてるんですけど」

「あれ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてないですー!」

 頬を膨らませて不機嫌そうにする愛ちゃん。その姿からは可愛らしさしか感じることはできないのだが、これ以上いじめるのはかわいそうだろう。俺は本題に入ることにした。

「まあ、ついてきてくれればすぐに分かるよ。自転車を停める場所があるか分からないから、ここからは徒歩で行ったほうがいいかな」

 2人はお互いに顔を見合わせたあと、俺のほうを向いて頷いた。俺たちは歩き出した。目的地は歩いて5分程度の場所だ。

 このあたりは住宅街で道はコンクリートで舗装されているが、雨が降ったばかりでところどころ水溜まりがあった。

 愛ちゃんは時折その水溜まりを大袈裟に跨って避けていくが、可恋ちゃんはそそくさと脇にそれて避けていった。

 俺はと言えば少しくらいの水溜まりなら気にすることもなく進んでいく。さすがに深みのある水溜まりは可恋ちゃんのように避けていくけど。こういうところでも性格の差が出るのは面白い。

 俺の先導で進んだ先に待ち受けていたのは交番だった。俺は迷わずそこに向かった。

 交番の目の前に立つと、俺のうしろからついてきていたふたりが不思議そうな顔をしていた。そろそろちゃんとした説明が必要な頃合いか。


「なになに? なんで交番? 別に猫を拾いましたなんて届け出必要ないよね?」と愛ちゃんが俺に訊ねる。可恋ちゃんはただ小首を傾げているだけだ。

「昨日の話の続きだよ。あの猫を怪我させた犯人見つけたいでしょ? そんでもって困ったときには交番だよ。

 この交番は猫が捨てられていた場所から一番近い交番だしね。

 ふたりはここで待っててもらってもいいけど、お巡りさんに何か心当たりがないか訊いてみるのさ」

 俺の答えにふたりはあまり納得がいっていないようだった。――正直なところ、俺としてもこれは賭けだと思っている。

 お巡りさんが何かを知っているという保証はない。知っていたとしても正直に話してくれるかは分からない。

 だが、俺の推理が正しければ犯人はエアガンを持った子供なのだ。公園などでエアガンを持って遊んでいるところを目撃されている可能性は決して低くないと思った。

 そうでなくても、このあたりで子供がよく集まる場所さえ教えてもらえれば、そこから何かの手掛かりがつかめるかもしれない。

 一か八かだ。だが、この賭けで失うコインなどありはしない。せいぜいほんの少しお巡りさんに不審がられるくらいだ。ならば、それに賭けてみよう。


「じゃあ、行くよ? ふたりともついてくる?」

「「うん」」

 ふたりの声がハモった。なんだかんだで即答してくれるのはありがたい。3人で中に入ると、制服を着た若い警官と目が合った。

「すみません、少しお尋ねしたいことがあるのですが……」

 俺は恐る恐る、それでいて極めて冷静な声色になるように努めてお巡りさんに声をかけた。

「はい、どうしました?」

 お巡りさんの表情は柔和だった。俺は内心ほっとする。そして、それと同時に緊張もした。

 あまり不審がられるような物言いになってはいけない。ここから先は慎重に言葉を選ぶ必要がありそうだった。

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