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超絶勇者ブレイブマン  作者: タチバナ
捨て猫編
7/57

7.河合可恋の憂鬱

「可恋ちゃん、いらっしゃーい! お久しぶりね? 会うのは4月の授業参観以来だったかしら?

 もっとうちにも遊びに来ていいのよ? 愛ちゃんなんて道場がない日でも遊びに来てるんだから!

 あ、お茶入れるわね? 可恋ちゃんの分のお料理もあるわよ? せっかくだから食べていってちょうだい!」

「こ、こんばんは……。あの、私は家でお母さんが今ご飯の準備を、」

「お茶請けくらいなら入るんじゃない? お煎餅にカステラ、お饅頭もあるわよ!?

 いつお客さんが来てもいいようにいろいろ用意してあるんだから! ちょっとくらいはいいでしょう!?」

「あ、えっと、それじゃ、」

「母さん、お茶だけでいいから。向こうでテレビでも観ておいてよ」


 居間に入るなり真実の熱烈な歓迎を受ける可恋。大人しい性格の彼女はどうにも人の好意を無碍にはできないようだった。

 こういうときにはいつも勇気や愛が代わりに断らなくてはいけない。しかし、たまに人の多い通りに行くときなどは、たんまりと道で配られているティッシュを受け取るなどしてしまう。

 誰かが隣にいてやらないとすぐに何かの詐欺にも引っかかってしまうのではないだろうか。彼女はそんな放っておけないタイプなのだ。

 まあ常時テンションが高く暴れ回っている愛もある意味では放っておけないタイプなのだが……、勇気の気苦労は絶えそうになかった。

 勇気が真実を居間の奥へ追いやったあと、愛は可恋に捨て猫を拾ったときの経緯と、可恋の家で飼うことはできないかという話をした。

「そういうことなんだ。うん、いいよ。……ってすぐ言うと安請け合いしちゃってるみたいだけど、おばあちゃんとも最近『また新しい子をお迎えしたいね』って話もしてるし、大丈夫だと思う」

「お皿とかは前の子が使ってたもの残してあるよね?」と愛が言う。

「うん」

「でもさすがに急過ぎる話だろ。少なくとも2、3日はこのまま俺が預かっておくよ。

 俺の部屋から出さないようにしとけば変なことにもならないと思うしさ」

 勇気の言うことも尤もだった。可恋の家にはおばあちゃんだけではなく、お父さんとお母さんも住んでいる。

 少なくとも両親の許可を得なければ猫を飼うことはできないだろう。迎え入れるための準備ももしかしたら何か必要かもしれない。

 たとえばケージのような飼いやすい環境を整えたりだとか……。

「あ、それなら猫の写真や動画を撮ってもいい? 家族に説明するとき、あったら分かりやすいから」

「いいよ」

 可恋の頼みを了承した勇気が猫のほうを見ると、猫は座布団の上で眠っているようだった。今日はもう疲れてしまったのだろう。

 だが、写真や動画を撮るには好都合だった。素より大人しい子猫だが、動き回る心配がないほうがありがたい。

 可恋はスカートのポケットからスマホを取り出すと、早速撮影を始めた。


「ふふ、かわいいね」と可恋が微笑むと、「ねー、食べちゃいたいくらい!」と愛が叫んだ。

 猫がその大声に反応してほんの少しびくりとしたのは気のせいだろうか……。大人しい猫には大人しい可恋のほうが相性がいいのかもしれない。

 それに「食べちゃいたいくらい」という感想は果たしてどうなのだろうか……。少々猟奇的な発想だ。無論本気で言ってるわけではあるまいが。

 ……本気じゃないよな、愛ちゃん? 勇気は愛ならやりかねないと少しだけ不謹慎な想像をして苦笑したが、それに気付いた愛が「なにさー?」と不審そうな顔をするとなんでもないように取り繕った。

 可恋は数枚の写真と動画を撮り終えると再びスマホをポケットにしまった。

「もういいの、可恋ちゃん?」と勇気が訊ねる。

「うん、家族にはすぐ帰るとしか言ってないし、そろそろ帰らないといけないし」

「ふたりのこと送っていきなさいよー、勇気? 女の子だけで帰らせちゃ駄目よ?」

「分かってるよ、母さん」

「私も今日は自転車で来てるしね。一応迎えはいらないって連絡しとこうかな」と愛が言う。

 可恋がお茶を飲み干し、真実にお礼を言うと、それが帰りの合図になったようだった。

 3人揃って玄関を出る姿を見ながら真実は「じゃあね、気を付けて」と手を振った。


 帰り道、自転車を押して行く愛と可恋のあとを勇気がついていく。愛にとっては少々遠回りになるが、まずは可恋を家まで送っていくことになった。

 この中でもし不審者に出くわしたときに一番心配なのは可恋なので自然とそういう流れになったのだ。

「今日は急に呼び出してごめんね、可恋ちゃん」

「いいよ、愛ちゃん。なんだろうと思ってちょっとびっくりしたけど、仕方ないよ。……でも、」

「でも?」

 何かを言いかけながら、言うべきだろうか迷っている様子の可恋に反応したのは勇気であった。

「えっとね、その、猫の怪我のことが気になって」

「怪我は大したことないってお医者さんも言ってたよー?」

「あ、そうじゃなくてね、愛ちゃん。怪我をさせちゃった人って、なんでそんなことをしたのかなって」

「あー、確かに酷いよね。あんなにかわいい子なのに」

 愛からしてみれば、それはただの感想だった。口に出して酷いと言ってみたものの、だからと言って何かをするつもりではない。

 いや、そもそも何かをしようと思っても、怪我をさせた犯人になんの心当たりもないのだ。

 このまま何もなかったかのように、猫の手当てをして元気になるのを待つしかない。そう思った。

 しかし、勇気は何か考え込むような仕草をすると可恋に言った。

「あのさ、可恋ちゃん。さっきの写真と動画、俺のLINEに送ってもらってもいいかな。

 それから愛ちゃんも。明日またふたりとも俺の家に集まってもらえるかな?」

「なになにー? なんか思い付いたの、勇気くん?

 あ、でも明日は午前中は雨が降るらしいよ。晴れるのは15時くらいだって」

「なら、それくらいの時間でいいよ、愛ちゃん。そこまで時間は取らせないからさ。

 可恋ちゃんもそれでいいかな? 詳しくは明日話すよ」

「うん、別にいいけど……」

「ありがとう。せっかくのお休みなのに悪いね」


 そんな会話をしていると可恋の家が見えてきた。可恋が「それじゃ、おやすみなさい」と頭を下げて家に入っていくところを見届けると、残されたふたりは再び歩き出した。

 このまま次は愛の家に向かうのだろう。可恋は玄関の扉を閉めると、ふぅと溜息をついた。それを可恋のおばあちゃんが迎える。

「おや、もう帰ってきたのかい、可恋ちゃん。おかえりね」

「ただいま、おばあちゃん。あのね、少しお話したいことがあるんだけど」

「もうご飯もできてるよ。食べながらじゃ駄目なのかい?」

「あ、うん」

 可恋とおばあちゃんは料理の並べられた居間へと入る。お母さんも料理に手を付けず可恋の帰りを待っていたようだった。

 お父さんはまだ仕事中だろうか。あるいは帰りの途中だろうか。並べられた料理は3人分だけだった。

「おかえりなさい、可恋」と言いながらお母さんが椅子に座ると、可恋とおばあちゃんも一緒に椅子に座った。

「それで一体どうしたんだい、可恋ちゃん。お友達の家で何かあったようだけれど」とおばあちゃんが訊ねると、可恋は言葉を選びながら捨て猫のことについて説明をした。


「そうかい、そうかい。それなら飼ったらええ」

「私も構わないわ。お父さんも駄目だとは言わないんじゃないかしら。

 でも可恋。あなたももう中学2年生なんだから、その猫の世話はちゃんと自分でするのよ?」

「うん。ありがとう、おばあちゃん、お母さん。

 あ、それとね、その子の写真と動画を撮ってあるから、一応見て欲しいな。こんな感じの子なんだけど……」

 そう言いながら可恋はおばあちゃんとお母さんにスマホを見せる。おばあちゃんは何か懐かしそうな顔をしている。

「かわいい子だねえ。前におじいちゃんが拾ってきたのもかわいい子じゃった。

 あの子もおじいちゃんも今頃天国で幸せに暮らしておるのかね……」

 おばあちゃんは少し寂しげな顔をしながら天井を見つめた。その様子は亡くなったしまった猫とおじいちゃんに想いを馳せているようだった……。

「いやあねえ、おばあちゃん。おじいちゃんはまだ生きてるでしょ。

 ただハワイでひとりバカンスを楽しんでるだけで」

「おや、そうだったかえ? あんな年に数えるほどしか帰ってこない人のことなんて忘れちまったよ。ふぇっふぇっふぇっ……!」


 お母さんのツッコミにおばあちゃんは快活に笑う。別にボケが始まっているわけではなく、ほんの少しとぼけてみただけだ。

 お母さんの言う通り、可恋のおじいちゃんは今ハワイでひとり悠々自適な老後を過ごしている。

 おばあちゃんをほったらかしにして酷いと思われるかもしれないが、当初はおじいちゃんもおばあちゃんをハワイに誘っていたのだ。

 しかし、おばあちゃんは「いつお迎えが来てもいいように日本で過ごしたい」と言って頑なに日本に残ることを望んた。

 そして、「あんたはあんたの人生を楽しむんだよ」と、おじいちゃんの背中を押したのだ。

 結局おじいちゃんはその申し出を断り切れず、ひとりハワイに移り住んで今に至るというわけだ。

 最初はおじいちゃんもおばあちゃんのことが心配で、毎日のように電話をしていたのだが、そのうちそれもなくなった。

 今では正月やお盆にひょっこりと帰ってくる程度の関係だ。それでも夫婦仲は冷めてはいないらしく、顔を見合わせれば冗談を言い合っている。


 可恋はそんな姿を見て、お互いに理想の老後を過ごしていると思っている。たとえ離れ離れになっても心がつながっている関係はとても素敵だから。

 ……だけど、私はいつか大切な人と離れ離れになっても、そんな関係でいられるだろうか。

 可恋は多感な年頃だ。将来に対する不安も人並みにある。幼馴染の3人で過ごせるのももしかしたら中学校までかもしれない。

 愛に誘われて小学校と中学校は同じ学校に通うことにした。しかし、高校生になれば、真剣に将来のことを考え始めないといけない。

 ひとりだけ、ふたりとは違う高校に進学することだってあり得るのだ。

 ……もしそうなったとしても、後悔だけはしないようにしよう。可恋は人知れずそんな決心を固めていた。


 その後、お父さんも帰ってきて、話をするとすぐに猫を飼うことに了承してくれた。

 明日ふたりに会ったら、うちで飼えるから大丈夫だよと伝えよう。可恋は、そう思った。

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