50.好みのタイプ
「――ってことが昨日あったんだけど、ホント勇気くんってモテるよねー」
翌日、つまり終業式の日の朝、愛は教室で可恋にそんな報告をしていた。
そういう愛自身、勇気に対して恋心に似た感情を抱いているというのに吞気なものだった。
あるいはそれは、勇気がそこらの女子に引っかかるわけがないという自信、もしくは余裕なのだろうか。
可恋はそんな愛の話を黙って聞いていた。その表情からは何を考えているのかは窺い知れない。
「でもさ、勇気くんもあんなにモテるんだったら、彼女のひとりでも作ればいいのにね。
好みのタイプの子がいないのかな。勇気くんってどんな子が好みなんだろ」
「えっ」
愛がふとした疑問を口にした途端、可恋はそこで初めて驚きの表情を浮かべた。
「『えっ』って何? なんか私、変なこと言った?」
「いや、その疑問は別に変じゃないんだけど」
「だけど?」
「それを変だと思わないんだったら、勇気くんに直接訊いてみたらいいんじゃない?」
「えっ」
可恋が驚いたのは、勇気に恋心を抱いてるはずの愛がなんの焦りも見せていなかったことではない。
愛は自身の恋心にまだはっきりとした自覚がないのだから、冷静なのは当然のことだと思った。
むしろ愛が勇気の好みのタイプを気にし始めたということのほうが驚きだった。
そして、それを気にしながらも勇気本人には訊こうとしないということも可恋にとっては意外であった。
「いやでも……、男女関係でそういう話するのって変じゃない?
なんというか、こう変に意識させちゃうんじゃないかなって……」
「そんな風に考えるんじゃなくて、男とか女とかそれ以前にさ、愛ちゃんと勇気くんの関係でしょ?
気の通じ合ったふたりがちょっとした疑問として恋の話をするのは変じゃないと思うよ」
「ま、まあ、あんたほどの実力者がそう言うのなら……」
愛はたじたじになりつつも漫画の台詞を引用して応えた。しかし、なるほど、可恋の言うことにも一理あるかもしれない。
なんとなく気になったみたいな感じで、勇気に好きな女の子のタイプを訊くこと、それは愛と勇気の関係ならそれほど不自然ではないだろう。
可恋はそんな風に思案している愛の表情を見つめながら付け加えた。
「それに……、私も知りたいな、勇気くんの好みのタイプ。
ふたりで一緒に訊きに行くんだったら、愛ちゃんも訊きやすいでしょ? 一緒に訊きに行こうよ」
「可恋ちゃん……。そうだね、モヤモヤしたまま夏休みを過ごすってのも嫌だし。
訊いてすっきりするんだったら、そのほうがいいかもしれないね」
「それにさ、」
「うん?」
可恋は意味ありげに微笑んで、こう続けた。その表情はとても神秘的で美しい。
「勇気くんの好みのタイプが"女の子"だとも限らないしね?」
「……可恋さん? そうかもしれないけど、今なんでそれ言った?」
すっかり腐女子思考になってしまっている可恋に対して、愛は戸惑いを見せながらも突っ込んだ。
そうしていると、1学期最後の剣道部の朝練を終えたらしい勇気が教室に現れたので、愛は大声で話しかけた。
「あ、おはよう、勇気くん! どんな子が好みのタイプなのか教えて!?」
「え? ああ、おはよう、愛ちゃん。……俺の好みのタイプ?」
勇気は教室に入るなり、挨拶もなく開口一番そんな質問を切り出されて面食らってしまった。
しかも、その愛の背中からは興味深そうに可恋も顔を覗かせている。急にどうしたのだろうか。
勇気はそう疑問に思ったが、愛がこのように突拍子もないことを言い出すのは今に始まったことではない。
ゆえに深く気にする様子もなく、質問に答えた。
「そうだな……。まずは一緒にいて楽しいと思えるようなタイプ、それが大前提になるかな」
「具体的には? 趣味が一致するとか?」
「と言うよりは、お互いの趣味を否定しないような関係を築きたいかな。
互いに尊重し合えないような関係なら、きっと長続きだってしないだろうしさ」
「ふーん、でも、それって別に好みのタイプとは違くない?
友達同士だって、相手の好きなものを否定するようなタイプは嫌でしょ」
「はは、それはまあそうだけどさ」
苦笑しながら勇気は続けた。愛と可恋はまだ興味がありそうな表情のままだ。
「だけど、恋人は何年も、あるいは何十年も一緒にいることになるかもしれない相手だろ?
友達はどれだけ仲が良くったって、人生の途中では離れ離れになることもあるかもしれない。
仮に趣味が合わなくて、別々の道を歩むことになったとしても、またどこかで再会することもあるかもしれないのが友達で――。
……って、ごめんごめん。友情観の話じゃなくて恋愛観の話だったね。少し話が脱線してしまったよ」
どうやらそれは彼の恋愛観と言うより友情観、――いや人生観を表すものだった。
好みのタイプを訊かれて、将来を見据えた回答をするあたりが、いつも冷静で現実的な彼らしかった。
その一方で、なんだかはぐらかされたような気がしつつも、愛は頷きながら応えた。
「でも、勇気くんの言ってることはなんとなく分かるよ。
つまりさ、友情より恋愛のほうが、互いを許し合えると言うか認め合える関係のほうが長続きするってことだよね。
確かに私もオタク趣味を否定してくるようなタイプだったら、友達としてはともかく恋人としては付き合えないかもなあ」
「……私はオタクじゃないけど、ふたりの好きな漫画やアニメの話は理解したいと思うし、否定したくないな。
そういうのってやっぱり良好な人間関係を築くのに大切だって思うから」
愛も可恋も同調するように自分の意見を述べた。勇気はそれを訊いて満足そうに微笑んだ。
「まあ好みのタイプって回答にはなってないかもしれないけどさ。
俺自身にもよく分からないよ、好みのタイプなんて。
優しい子が好きだとか面白い子が好きだとか、月並みな子とは言えるけど、多分それってみんな同じことだろうし」
「確かに。趣味に理解があって、優しくて面白いタイプなら、そりゃ嫌いになるわけないよね」
「難しいんだね、好みのタイプって」
訊ねたふたりも勇気と一緒になって頭を悩ませた。こういう話はきっと、彼らにはまだ早いのだ。
多くの人々とふれあい成長し、大人になって初めて、"好みのタイプ"が生まれるのだろう。
それは、まだ子供である自分たちには難しい話だった。いつかは分かるようになるのだろうか。
結局、その話は先生の入室とともにそこで打ち切られることとなったのだった。




