46.鉄の掟
小宅家には鉄の掟がある。
ひとつ、自分で使った食器は自分で洗うこと。
ふたつ、脱いだ服は必ず洗濯かごにしまうこと。
みっつ、自分の部屋は自分で掃除すること。
これらの掟は小学生以上になったら守ることが義務付けられている。
他にもいくつか条文はあるが、最も気を付けなくてはならない掟が以下のものである。
『男子は長女の命令には必ず従わなくてはならない』
この掟こそが最も上位であり、他の掟よりも優先されるものである。
「男子」というのは読んで字の如く、子供たちだけではなくお父さんも含まれる。
これを破ればお尻ぺんぺんなど恐ろしいお仕置きを受けることになる、……はずなのだが。
「こらぁあああああ!! いつまで寝てんのよ、あんたたち!!
もう朝ごはん通り越して昼ごはんの時間よ!? さっさと起きなさい!!」
小宅家の長女である知恵には3人の弟がおり、中学2年生にして母の代理を務めている。
彼女はその身に余る大声を出しながら家中を駆け回り、弟たちを叩き起こしている。
だが、最初に一番上の弟を叩き起こしても、その下、つまり真ん中の弟を叩き起こす頃には二度寝しており、それを再び叩き起こす頃には真ん中の弟が二度寝しているという無限ループに陥っていた。
なお一番下の弟はまだ赤ん坊であり、ゆりかごの上でぐっすりと眠っていたのだが、その大声で目覚めてしまったようだった。
「おぎゃあー! おぎゃあー!」
「あ! ごめんなちゃいね、うるさくして。
よしよし。あなたはまだ眠ってていいのよ。ほら、がらがらでちゅよー」
知恵は慌てて一番下の弟をあやすが、一度泣き出した赤子はそう簡単には泣き止まない。
そうこうしているうちに他のふたりの弟もやっと起き出し食卓の席についたが、容赦なく知恵に甘え始めた。
「ねえ、姉ちゃん。俺のマグカップどこ?」
「はあ!? 知らないわよ、そんなこと!
流し台にも食器棚にもないなら、あんたの部屋でしょ! だから使った食器は自分ですぐ洗いなさいって!」
「姉ちゃん、卵割ってー」
「いや、今私、あやしてる途中で手離せないから! 自分でやりなさいよ、それくらい!」
上の弟はお気に入りのマグカップを探し、真ん中の弟は卵が上手く割れず悪戦苦闘していた。
そんなとき玄関のチャイムがピンポンと鳴ったが、どちらの弟もインターホンに出ようとはしなかった。
「姉ちゃん、チャイム鳴ってる」
「分かってるわよ、あんたが一番お兄さんなんだから自分で出なさいよ!
ああもう、いいわ。私が出ればいいんでしょ! はい、もしもし!」
「あ、知恵? おはよー! 迎えに来たよ」
「ああ、愛。おはよう。悪いけど、ちょっと待っててくれる?
今ガキどもの世話してて大変なところだから!」
「え? はーい」
玄関先にいたのはクラスメイトでオタク友達の愛だった。今日は可恋も含めて3人で同人イベントに行く日なのだ。
海の日で祝日だし昼頃には弟たちも大人しくなると思っていたのだが、そんな知恵の読みは甘かったようだった。
愛は言われた通り、大人しく玄関先で待つことにしたが、インターホンはつなぎっぱなしでどたばたと中の声が聴こえてきた。
「だから、ココアくらい自分で入れなさいってば!
スプーンで粉すくってお湯入れるだけでしょうが!
あーもう、そっちのあんたはなんでぽろぽろご飯粒落としてんの!?
しかも、そのままにしてんじゃないわよ! かぴかぴになる前にちゃんと取りなさいよ!」
ぎゃーぎゃー、わーわー、どったんばったん、すってんころりん。
賑やかな声がしばらく続き、ようやく静かになった頃、「おまたせ、今行くわ」とインターホンが切られ、玄関から疲れ果てた知恵が出てきた。
「はぁはぁ、……おいっす」
「おいっす。……大丈夫なの、知恵?
なんかすごい騒がしかったけど」
「あー、弟たちのこと? これが日常茶飯事だし、大丈夫よ。
夜勤明けのお母さんも起きてきたし」
いや、一番うるさかったのは知恵の声なんだけど。そう思いながらも愛は、納得したように手を打った。
「そう言えば知恵のお母さんってデパートで販売員やってるんだっけ」
「そうそう、だからいつも昼過ぎまで寝てんのよ。その代わりに私が弟たちの世話してるってわけ」
「ふーん、大変そうだね。私は兄弟いないから、その感覚は分からないなあ。
あ、でも、勇気くんと可恋ちゃんが弟、妹みたいなもんか」
「……私もらきとは小学校低学年からの付き合いだけど、そっちの感覚のほうが分かんないわ。
ま、人それぞれだとは思うけれど」
それからふたりは可恋の家まで歩いていった。
初めて見る小さいお城のような立派な家に知恵は驚いていたが、愛がインターホンを鳴らすと可恋はなんてことない様子で出てきた。
その服装もひらひらとしたおしゃれな格好で、とても同人イベントに行くような姿には見えなかった。
スカートを優雅に翻すその姿はまさにお姫様のようである。ともあれ3人は駅まで歩いて行くと同人イベントの会場に向かう電車に乗り込んだのだった。




