45.三組目、そして――
三組目の勇気と希望の番もようやくやってきた。勇気はスマホの時計の時刻を見て言った。
「もう時間だな。おい、希望。いつまでもへこんでないで行くぞ」
「……なあ。思ったんだが、俺らはここで待っとけばいいんじゃね?
どうせすぐにあいつらも一周して戻ってくるんだからよ」
「だからお前が言い出したことだろうが……。自分で言ったことには責任持てよ」
「何が悲しくて野郎ふたりでよぅ……」
「さっき愛ちゃんも言ってたけど、お城とか神社とかもあるし、そのへん見て回るだけでも面白いと思うぜ」
「んなこと言われても乗り気にはならねぇが……、まあしゃねーな」
希望はようやく重い腰を上げて歩き出した。勇気もその横に並んで歩く。
屋台にはまだ家族連れやカップルの列がいくつもできていた。
確かに男ふたりで来ているような客はほとんどいないようだった。いわゆるデートスポットになっているのだろうか。
「あー、やっぱイライラするぜ。俺も彼女がいれば、今頃いちゃいちゃ遊んでるのによ」
「お前彼女いないのか?
手当たり次第に声かけてりゃ引っかかる子もいるだろ」
「中一の頃はいたんだぜ?
でもホワイトデーのお返しのセンスがないとか言うから喧嘩になって別れた」
「何渡したんだよ?」
「はんぺんのキーホルダー」
「そりゃセンスねえよ」
そうして歩いていると神社の鳥居が見えてきた。
本堂や賽銭箱らしきものは見当たらず、古びた小さな神社だった。
ご利益があるかどうかは分からないが、一応お祈りだけはしていくことにする。
勇気は鳥居の前で二礼二拍手一礼をした。
「ほら、お前も祈っていけよ。新しく彼女ができますようにってな」
「そんな俗っぽいことも叶えてくれるのか、ここの神様は?
まあ一応願掛けしとくか」
そして希望も同じように鳥居の前で二礼二拍手一礼をした。
夜の神社ということもあって周りは薄暗く誰もいなかった。
道はまだ先に続いているようだったが、公園を一周するつもりなら引き返したほうがいいだろう。
ふたりは木々に囲まれた通りへと戻ることにした。
そのあとも希望は相変わらず愚痴をこぼしていた。
しかし、ふと何かに気付いたように立ち止まった。
彼の足元にあったのは空き缶だった。マナーの悪い客が捨てていったのだろう。
勇気はそれを拾おうとしたが、その前に希望はその空き缶を蹴り上げて木々の隙間へと飛ばした。
「おいおい、ゴミはちゃんと――」
「あ痛っ!!?」
勇気が希望の行動に注意しようとしたとき、木々のほうから女の子の叫び声が上がった。
まさかこんな茂みに誰かがいたのか? 勇気は慌てて駆け寄りながら謝ろうとした。
「すみません! 大丈夫ですか!?
怪我は――、っておい!? 急に人の腕を引っ張るなよ、希望!
というか、お前が悪いんだからお前も謝れよ!」
「まあ待て、勇気。こんな薄暗い夜に茂みに隠れた女の子なんて如何にも怪しいだろう?
こいつは何か裏があるぜ。迂闊に近づかないほうがいい……」
――くっ! 不覚にも悲鳴を上げてしまった! まさか急に空き缶が飛んでくるなんて……。
しかも、希望くんは拙者を怪しんでいる!? あの男、意外と勘が鋭いのかもしれぬでござる……。
しかし、まだ姿は見られていないはず。今のうちに奥のほうに隠れれば……。
「すみません、お楽しみのところー! 俺らのことは気にせず、ごゆっくりー!」
!? 何を言っている!? まさか拙者をカップルの片割れと勘違いしている!?
そ、それならそれで好都合だが、こんなところでいちゃつくカップルなんているのでござるか!?
もしもそうなら最近の若者はどうなっているのでござるか! 拙者も中学生でござるが!!
「ほらよ、一応謝ったし、もう行こうぜ。
カップルの邪魔するわけにはいかねえからな」
「いや……、本当にカップルなのか……? こんなところに……?
でも、もう反応もないし、驚いてどこかに行っちゃったのかもしれないな。
まあ仕方ないか。それよりお前、道に落ちてる空き缶だからって変なところに蹴り飛ばすなよ!」
「はいはい、次から気を付けますよっと」
勇気くんと希望くんの声は段々と遠ざかっていった。拙者の存在には最後まで気付かなかったか……。
しかし、学校の屋上に続いて二度までも尾行に気付かれかけるとは、拙者もまだまだ修行不足にござるな。
まだまだ兄上のような立派な忍者には程遠いということか。伝説の忍者・百地丹波の末裔として恥じぬよう精進せねば……。
そして、ふたりは元の場所で待つ4人と合流した。
勇気が愛のほうに視線を向けると、何故か真っ赤になって顔を背けた。
夢はそんな様子をにやにやとからかうように観察しているし、何か変なことでも吹き込まれたのかもしれない。
一方で可恋は正義と好きな音楽の話で何やら盛り上がっていた。
いつの間にあんなに仲良くなったのだろうか。不思議なものだが、やはり心配の必要はなかったようだ。
兎にも角にも、さすがにもう中学生だけで遊んでいていい時間ではない。6人は電車に乗って帰ることにした。
電車に揺られながら賑やかに会話を楽しんで、6人はお互いの距離が縮まり合ったことを確かめた。
楽しい時間は過ぎ去るのも早く、気が付けば皆が降りる駅まであとひとつとなっていた。
そして電車のアナウンスが、その到着を告げる。ドアが開くと、6人は一斉に駅のホームに降りた。
改札口を抜けて駅の外に出ると、そこには夜の闇が広がっていた。
その闇にひとりの女性が佇んでいる。……と思ったら、こちらに気付くと礼をしてすぐに近付いてきた。
勇気と希望は誰かの知り合いかと思い、愛と夢は何者かとぎょっとした。
しかし、よく見ればメイド服のような格好をしており、可恋にはその正体の察しがついた。
彼女は幸田幸子、――花道家に仕えるメイドのひとりであった。
正義は腰に手を当てたまま、その前に歩み寄った。そして、幸子はもう一度深々とお辞儀をした。
「お帰りなさいませ、正義坊ちゃま。そして皆様、お初にお目にかかります。
わたくしは正義坊ちゃまのお父上・花道蔵之助氏に仕えるメイドで、名前は幸田幸子と申します。
本日は皆様、正義坊ちゃまと遊んでくださり、心よりの感謝を申し上げます」
「あ、はい。えーっと、初めまして……?
せーぎくんの家に仕えるメイド……?」
「花道蔵之助……、三海銀行の頭取ですよね。
確証はなかったけど、やっぱり彼が正義くんの父親だったのか」
「おいおい、なんだよ。この美人の姉ちゃん!
正義、お前毎日こんな人に迎えてもらってるのか!?」
「え? えっ!? そんなことより日本に本物のメイドさんっているの!?
夢、コスプレの人しか見たことないんですけど!!」
突然現れた美人な女性に、各々困惑しながらも頭を下げて挨拶を返した。
その様子を見て幸子は正義に訊ねる。
「彼らに家のことは何も?」
「話す必要ねえだろ。いちいち面倒くせえ」
「しかし、少々説明が必要なご様子。お察しの通り、正義坊ちゃまは三海銀行の頭取のご子息にあらせられます。
今宵はご学友と遊びに参られるとのことで、メイドであるこのわたくしめが車での送り迎えを承りました。
現在、正義坊ちゃまはアメリカに住むご両親とは離れて暮らしておられるため、わたくしが保護者代わりを務めさせていただいております」
「ほへー」
漫画のような話に愛は大口を開けて呆然としていた。
「にしても中学生で両親と離れて暮らしてるって」
「まあまあ、それぞれ家庭の事情があるんだろ、希望」
「不思議に思われる点も多々あるかと存じますが、当家には複雑な事情がございますこと、ご理解いただけますと幸いです」
「もうそのへんでいいだろ、幸子。さっさと帰ろうぜ」
「かしこまりました。わたくしは駐車場から車を持って参りますので、正義坊ちゃまはここでお待ちになられてください。
それでは皆様、ご機嫌ようにございます」
幸子はまたも礼をして去っていった。ひとつひとつの所作が気品に溢れていて美しい人だと、正義以外の全員が思った。
それから勇気は可恋と夢を家まで送っていくと言い、希望と夢の兄妹とは別れてそれぞれ帰路に就いた。
そこにはただ正義だけが取り残された。……にしても一緒に駐車場まで歩けばよかったんじゃないか?
わざわざこんな夜にひとりで待たせなくったって。正義はみんなの姿が見えなくなってから、そう思った。
――ここまで情報を集めれば、きっとあのお方も拙者を褒めてくださるに違いないはず。
学校のクラスメイトを売るようで心苦しい気持ちもあるが、拙者はただ忍者として立派に務めを果たすだけでござる。
あとはもうこのまま無事に自宅にたどり着けさえすれば……。
そんなことを考えながら夜道を歩いていた忍は、ふと背筋に嫌な気配を感じた。
それは黒く禍々しく、恐れすら感じるような強いオーラだった。
…………ッ!! 咄嵯にうしろを振り向いたときには、すでに"それ"は目の前にいた。
「うふふ、あなたも初めましてですね。何故駅で遠くから見守っていたのかは分かりませんが。
あなた一体何者ですか? 正義坊ちゃまのご学友でしたら、ご挨拶を――」
忍は何も答えず、すぐさま煙玉を幸子に向かって投げつけた。
だが、幸子はそれを一切気にせず、そのまま突っ込んできた。
馬鹿なッ!? もし爆弾だったらどうするつもりでござるか!?
幸子は忍の位置を音や臭いなどの情報で正確に感知しているようで、吹き上げる煙は目隠しの役割すら果たしていなかった。
忍は恐怖を感じて間合いを取ろうとするも追い付かれ、幸子に針のような鋭い刃物を突き付けられた。
懐から小刀を取り出し、刃先でそれを防がなければそのまま顔面に突き刺さっていたかもしれない。
その攻撃は一切の容赦を含まない、完全なる敵意であった。
「龍宮院響華……!!」
「あら、"私"をその名で呼ぶ人は久しぶりね。
そして、その名を知っているということは、あなたも"裏の世界"の住人……。
やはりあなたは勝利坊ちゃまに雇われたスパイ、あるいは刺客といったところかしら。同族の匂いがするわ」
「貴様のようなバケモノと一緒にしないで欲しいでござる!!」
忍は一瞬にして身を縮めると、幸子の脇をすり抜けた。
幸子はすぐにそれを追いかけようとしたが、逃げながらも撒菱をばら撒かれ迂闊には近付けなかった。
多少の痛みであれば耐えられる自信はあるが、もし撒菱に毒が塗られていたら……?
暗殺者としての経験が豊富であるが故に幸子は、――いや響華はそれを避けて進まなければならなかった。
忍はその間に建物の壁を駆け上がり、屋根の上に逃げ込んでいた。
「逃がさないわよ!」
幸子は屋根の上まで跳躍するつもりだった。
だが、今度は上から何か粉のようなものを撒き散らされ、それを吸い込み咳き込んでしまった。
その瞳にも激痛が走る。目を瞑り涙でそれを洗い流さねば視界がぼやけて何も見えなくなるだろう。
誠に悔しいが、もうそこで追跡は諦めざるを得ないようだった。
「さらば!」
そして忍はどこかへと飛び去っていった。
咄嗟に大量に涙を流せる響華にとっては大したダメージではなかったが、瞳に走る激痛が収まりかけた頃にはもうその姿は見えなかった。
響華は獲物を仕留める技術は身につけていても、追いかけっこをする技術では忍には及ばないようであった。
「逃がしたわね……。この私としたことが……。
それにしてもあれは高校生、……いや中学生?
あんな子供まで使って勝利坊ちゃまは一体何を……」
響華から幸子に戻った彼女は、思案しながらも駐車場の車に乗り込み、駅まで正義を迎えに行った。
遅くなったにもかかわらず、正義は律儀にそこで待ち続けていた。そんな彼を車の助手席に乗せる。
幸子は「なんか随分時間がかからなかったか?」と正義に訊ねられると「猫が駐車場を占拠していたもので」と誤魔化した。
意味不明な言い訳に「なんだそりゃ」と不思議がられたが、それ以上は突っ込まれなかったのでよしとする。
先程の出来事は正義に伝えるにはまだ早い。こちらも情報を集めなければ……。
そして幸子はそのまま何事もなかったかのように屋敷まで正義を連れ帰るのであった。




