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超絶勇者ブレイブマン  作者: タチバナ
ひと夏の想い出編
49/57

44.二組目

 二組目、正義と可恋のペアは物静かに出発した。先程の賑やかな夢と愛のペアとは対照的だ。

 正確には可恋は「じゃあ、またね」と勇気と希望に向かって軽く頭を下げはしたが、正義は無言でその間にすたすたと歩いていってしまったのだ。

 可恋はそれに気付くと慌てて追いかけた。そして文句も言わずに、ただ黙ってその小さな背中についていくだけだった。

 背中までの距離は約2メートル。これではとてもペアで歩いているとは言えないくらいだった。


「おい、もっと近くを歩けよ。はぐれるぞ」

 正義が振り返りもせずに言う。可恋はそこで初めて抗議した。

「だ、だって、あなたが歩くのが早いから。

 それに私、浴衣だから歩きにくいし」

「これでも一応ペース落としてやってるんだけど?

 お前がもっと早く歩けよ。ってか、わざと距離取ってる理由にはなってねえだろ」

「わざとって言われても……」

 仲がいいわけではない相手とぴったり寄り添うなんて、なんだか怖い。

 急に振り返られて怒鳴りつけられでもしないだろうか。

 それにやっぱり正義の父親のこともまだ気にかかっている。

 権力者から賄賂を受け取ったり、逆にそれを種にして脅迫したり。

 そんなことをする人間が彼の父親だというのなら、警戒して損はないはずだ。


「……………………」

「……………………」

 無言の時間が流れる。息が詰まりそうだ。

 それはまるで我慢大会のようだった。苦しくなって先に息を吐き出したほうが負けなのだ。

 その勝負の緊張感に耐え切れず、白旗を上げたのは可恋のほうだった。

「……あ、あの」

「なんだよ?」

「す、好きなアーティストとかいるの?」

「……急にどうした」

 可恋は自分でもどうしてこんな話題を持ち出したのか分からなかった。

 ただ、このままずっと無言で歩くのでは窒息してしまう。

 だからとにかく何か共通の話題はないか探ってみようと思ったのだ。


「別にいいでしょ。……なんとなく気になって」

「まあいいけど、俺は洋楽しか聴かないから言っても分かんねえと思うぞ。

 そういうお前はどうなんだよ?」

「わ、私もクラシックしか聴かないから……」

「なんでだよ! 人に訊いといておかしいだろ!!」

 ……話題選びを間違えた。これは完全に失敗だ。

 可恋はそう思ったが、思わずツボに入ったのか正義は「ぷっ」と吹き出すような笑い声をあげた。


「お前ってホント面白い奴だな」

「……そんなこと、生まれて初めて言われたかも」

「そりゃあお前の隣に、いつももっと面白い女がいるからだろ」

「愛ちゃんのこと?」

「他に誰がいんだよ。まあ、あいつの面白さを10とすると、お前は大体7くらいだな」

 ……褒められているのだろうか。よく分からない。

 いや、それよりも正義がそこまで愛のことを気に入っている様子なのが可恋にとっては意外だった。

 尤も彼の口調は無邪気そのもので深い意味を込めているつもりはなさそうだった。

 しかし、それはきっと彼女への好意と言っていいものなのだろう。彼がどこまでそれを自覚しているのかは分からないが。


 ――そのとき。大きな猫のぬいぐるみを抱えた女の子と、そのお父さんとお母さんらしき大人とすれ違った。

 女の子は多分小学校低学年か、あるいは幼稚園児くらいにも見える小さな子だった。

 幸せそうに並んで歩くその姿を、可恋は思わず目で追ってしまう。

 正義も歩きながらそれを見送ったあと、独り言なのか可恋への問いかけなのか分からないようなトーンでぽつりと言った。

「なんだ、あれ。射的の景品か何かか?」

「……射的の屋台なんて出てないと思うけど。

 あったとしても、あんな大きな景品なんてあるかな」

「じゃあ、なんだってんだよ」

「私に言われても……。家から大事なお友達として連れてきたとか……」

 可恋としては単なる思い付きで言っただけだが、その言葉に正義は何か懐うところがあるようだった。

 遠い昔の話だというように、どこか懐かしそうな目をしていた。


「そういや昔さ、実は俺、こっちのほうの幼稚園に通ってたこともあるんだよ。

 親父の仕事の関係ですぐ引っ越して、1年にも満たないくらいのことだったけどさ」

「そうなんだ」

 可恋にとってそれは初耳だが、驚くことではなかった。

 正義は気付いていないだろうが、彼は赤ん坊の頃に可恋の家にも連れてこられたことがあるのだ。

 おそらく地元はこっちのほうなのだろう。そんな風に考えたことは胸に秘めて、可恋はその話の続きを待った。

「その幼稚園で、さっきのガキが抱えてたみたいな猫のぬいぐるみをずっと抱いてる変な女がいてさ。

 なんだか俺、そいつを見てるとイライラしてきて、よくちょっかいかけてたなって。

 そんなことを思い出しちまったよ。ま、お前に話すようなことじゃないけどな」

「……もしかして、あなたその子のことが好きだったの?」

「ああ? だから『イライラして』って言ってんだろ」

「でも男の子は、好きな子ほどいじめたくなるものなんだって。愛ちゃんが言ってた」

「……まあ、そんな風に言われれば、そうだったかもしれねえけどな。

 俺もまだガキだったし。つい気を引きたくて意地悪なことしてたってのも、あながち間違いではないかもな」


 可恋も昔のことを思い出していた。あの頃の記憶が鮮明に蘇る。

「その女の子の周りには、猫みたいな格好をした女の子と、正義感の強い男の子がいた?

 女の子のほうはニャーニャー言ってて、ちょっとドジで。男の子のほうは誰にも負けない勇気を持ってて」

「なんだよ、さっきから? わけわかんねえことばかり言いやがって。

 そんな奴らがいたら、忘れる、わけが……?」

 正義はそこで立ち止まって、硬直した。そして、その表情はだんだんと焦りの色を帯びていく。

 おいおい、冗談だろう? まさかそんなことが?

 確かに可恋の顔を見ればどことなく、その面影がある。いや、そっくりそのままだと言ってもいいくらいだ。

 それだけじゃない。愛や勇気の顔も、初めて見たはずなのになんとなく見覚えがあるような気がしていたのだ。

 いやいやいや……、あり得ないだろうが、こんな偶然ッ! こんなこと、現実にあるってのかよ……。


「お前、まさか……、あのときのぬいぐるみ女か……?

 嘘だろ……? 今までなんで気付かなかったんだ……」

 あるいは、その記憶は正義の中で黒歴史として封印されていたのか……。

 その封印の扉が今、ゆっくりと、それでいて激しい音を立てて開け放たれた。

「……幼稚園の先生。若い男の人で、すごく優しかったよね。

 愛ちゃんが転んで怪我をしたらすぐに手当てをしてくれて。

 勇気くんと意地悪な男の子が喧嘩してたら仲裁してくれて。

 あのときの男の子、あなただったんだね……」

「いやいや、冷静に振り返るな! もっと驚けよ!

 お前だって気付いてなかったんだろ? 俺たちが実は幼馴染だったなんて……」

 正義は焦りだか怒りだかよく分からない混乱した感情のまま叫んだが、可恋はほとんど無表情のままだった。

 無論、彼女も驚いてはいる。実は幼稚園の頃にも正義と一緒に日々を過ごしていたなんて、想像もしていなかった。

 しかし――、


「少しは知ってたよ? だって、あなた赤ん坊の頃に私の家に来たことあるって、おばあちゃんが言ってたから。

 それにうちのおじいちゃんは大学のゼミの先生として、あなたのお父さんに経営学を教えていたんだって」

「は、はあ!? そういうことはもっと早く言えよ!!

 っていうか、待てよ! それじゃあお前、菅原泰全の孫娘なのかよ!?」

「おじいちゃんのこと知ってるの?」

 それは可恋にとっても意外だった。自分の父親がどんな先生に教えてもらっていたのかなんて普通は知らないだろう。

 可恋は自分が一方的に秘密を握っていることにほんの少しの優越感を感じていたが、どうやら正義のほうも可恋の知らない秘密を抱えていたようだった。


「うちの親父がよく話してるよ。菅原先生には経営学を基礎から叩き込まれたってな。

 ある意味じゃ人生の恩師みたいなもんだってよ。それに"裏の世界"じゃ有名人らしいぞ、お前のじいちゃん。

 俺、親父のことは好きじゃないけどさ、そんな風に語る親父はいつも穏やかな顔してて嫌いじゃねえんだ。

 本当に、お前のじいちゃんのことを尊敬してるんだろうな」

「……ふっ、あはははは! あーはっははははははっ!!」

「おい! 何がおかしいんだよ!! 馬鹿にしてんのか!!」

「うふふ、ごめんなさい。そうじゃないの。

 ただ嬉しかっただけ。私のおじいちゃんのこと、そんな風に言ってもらえて。

 それに私、なんだかいろいろ誤解していたみたい。あなたのこと、それからあなたのお父さんのこと」

「いろいろってなんだよ」

「いろいろはいろいろだよ。……その、悪い噂なんかもあるんでしょ、あなたのお父さん」

「ああ、お前は前にネットだか週刊誌だかで俺の親父のこと調べてたんだっけか。

 まあ前はでたらめって言ったけどよ。半分くらいは事実だと思うけどな。

 権力者に対して顔が利くってのは間違っちゃいねえ。

 でも俺の知る限り法に触れるようなことはやってねえぞ。そこだけは一応否定しておく」

 その言葉を聞いて、可恋は安堵した。少なくとも正義自身は別に謎ではない"普通の男の子"だと信じていいと思った。

 もしも仮に彼のお父さんが警察に疑われるようなことをしていたとしても、それとは全く無関係なのだろう。

 それから一呼吸置いたあとで、可恋は先程の話を反芻して、あることに気が付いた。


「……ところで、ひとつ確認してもいい?」

「なんだよ?」

「さっきの幼稚園の話をまとめると、ちょっと気になることがあるのだけど」

「だから、なんなんだよ! 言いたいことがあるならさっさと言え!!」

「あなたの初恋の相手って、私ってことで合ってる?」

「なっ!!?」

 不意を突かれた正義の顔は真っ赤に染まった。

 その反応を見ると、可恋はにやにやと笑いながら正義に詰め寄った。

「ねえねえ、私のどこが良かったの? 気になるな。

 後学のために教えてよ。ねえ、お願いだから」

「か、顔をそんなに近付けるなッ! その顔だよッ!!

 お前のその顔がちょっといいから気になってたって、それだけの話だ!!」

「ふーん? そうなんだ。私は今でも顔がいいかな?」

 唇まで数センチ。うしろから見ればキスをしているとしか思えないほど顔を近づけて可恋は嬉しそうに迫った。

 正義は慌てて仰け反るようにして距離を取ったが、その分だけ可恋はまた距離を詰めた。


「やめろよ、お前! 俺に恨みでもあんのかよ!」

「恨みはあるよ? だって昔あなたにいじめられてたんだから。

 これくらいの仕返しはさせて欲しいな」

「じゃあ悪かった! ごめんなさい!!

 ほら謝ったんだから、もう勘弁してくれよ!」

「それは謝る側が言うことじゃないなあ。許すかどうかは私が決めることだから」

「おまっ、ホントに当たるぞ!? お前だって嫌だろうが!

 女なんだからもっと自分の身体を大事にしろ!!」

「少なくとも今でも女扱いはしてくれるんだ」

 そこで可恋は納得したように後退りしながら、十分な距離まで遠ざかった。

 正義は安心して大きく息を吐く。しかし、可恋は悪戯っぽい笑みを浮かべたままだった。


「いいよ、許してあげる。もう昔のことだし。

 それにあなたがしたことは、私をからかったり物を取ったり、せいぜいそれくらいだったもんね。

 私を傷付けたり殴ったりするようなことは一度もなかった」

「そりゃそうだろ。いくらガキだったって言ってもそこまで分別がつかないほどじゃねえよ」

「……よかった。あなたは"普通の男の子"だった」

「へっ、一体なんだと思ってたんだ」

「内緒」

 可恋は笑って誤魔化した。それにつられて正義も笑った。

 いつの間にかふたりの心は打ち解け合っていた。このとき初めて友情が芽生えたのだった。

 何も知らない人から見れば、そこには付き合いたてのカップルにすら見えるような仲睦まじげな雰囲気が漂っていた。


 ――まさか可恋ちゃんが菅原泰全の孫娘だったとは。あのお方はこのことを知っているのだろうか?

 正義くんが幼稚園児の頃なら、あのお方は小学生の頃だから可恋ちゃんとは会ったことはないと思われるが。

 いずれにしても愛ちゃんと、夢とかいう後輩の子の監視を早めに切り上げて、こちらの様子を見に来てよかった。

 ともかく拙者は見たことをありのままに伝えればいい。それからどうするかはあのお方が決めることにござる……。

 よし、次は勇気くんと希望くんの様子を探りに行くとするか……。

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