43.一組目
一組目は夢と愛だ。ふたりは楽しげに笑いながら、お城へと続く通りを歩いていった。
「じゃあ、みんな、またあとでねー!」
「夢のいない間に先輩方に迷惑かけないでね、お兄ちゃん」
ふたりは振り返って、手を振りながらそう言った。
希望は苦虫を噛み潰したような顔でそれを見送った。まだこの組み合わせに納得がいっていないようだった。
それから5分刻みで次のペアが出発する。つまり正義と可恋は5分後、勇気と希望は10分後に、この"肝試し"を開始することになる。
希望は勇気にだけ聞こえるように耳打ちした。
「しかし、夢と佐藤に俺らはともかく、河合と正義の野郎のペアは大丈夫かね。
あいつらあんまり相性良くないからな」
「ああ? そう思うなら、こんなこと企画するなよ。
こういうパターンもあること、予想がついただろ。
でもまあ大丈夫さ。案外これで仲良くなったりするかも。ふたりとも大人だしね」
「どっちも中2だろ」
「ふたりとも意固地なところはあるけど、話し合えば分かり合えるくらいには大人ってことさ。お前と違ってな」
「ちぇっ」
希望は舌打ちをしてそっぽを向いたが、案外勇気の言う通りかもしれないと思った。
ふたりの様子を見ると相変わらず目も合わせず、微妙に距離を取っている。
しかし、これをきっかけにふたりの関係が改善されることもあるかもしれない。
一方その頃、愛は流行りのJ-POPを鼻歌で歌いながら陽気に歩いていた。
それにつられて夢が歌い出すと、いつの間にか合唱に変わっていた。
ひとしきり歌い終えると、夢が訊ねた。
「愛先輩、そのアーティストの曲好きなんですか?」
「え? あー、これアニメソングになってたから……」
「あ、なんかのタイアップ曲なんでしたっけ。
夢はアルバム買って聴きましたよ。プレーヤーも持ち歩けるのでどこでも聴けます。
他にもいい曲入ってるんで、今度聴かせてあげますね!」
「うん、ありがとう、夢ちゃん」
そんな会話をしながら歩いていると、目の前にお城が見えてきた。
あまり大きくはないが、立派な石垣の上に堂々と建造物が立っており見応えがあった。
天守のようにも見えるが、これは昭和に再建された鉄櫓と呼ばれる代物だ。
江戸時代以前に遡っても、天守が建造されたことはないという説もある。
「夢、こんなに近くでお城見るのあんまり経験ないかもです。
何年か前、名古屋城には連れていってもらったことあるんですけど」
「私もそんなにかな。今日はもうお城も閉まってるしね。
でも、外から見るだけでも十分楽しめるかな」
祭りの日ということもあるが、今日はもう遅い。お城の出入り口はとっくに閉まっているようだった。
辺りを見回すと、さすがにここまで来ている祭りの客は他にはいないようだった。
照明もほとんどなく薄暗い。夜闇にまぎれて、何かがやってきてもおかしくない。
夢はそんな状況であることに気付くと、ほんの少しだけ身震いした。
「さすがにこういう雰囲気だと、少しは肝試しって感じしますね。
なんとなく変な視線を感じるような気もしますし」
「そう言われると、あっちの茂みに忍者が隠れているような!?」
「えぇー!? そんなわけないじゃないですか、愛先輩!」
「あははははっ!! それじゃもう行こうか。
あんまりのんびりしてたら次のペアに追い付かれちゃうし」
ふたりはお城をあとにし、元来た通りに戻って公園の周回を再開した。
200メートルは歩いただろうか。突然、夢が愛の背中に語りかけてきた。
「愛先輩」
「ん、なぁに?」
本当に怖くなってきたのだろうかと、愛は心配そうに振り返ったが、夢の表情は真剣そのものだった。
愛も何事かと表情を引き締め直すのを待って、夢は再び口を開いた。
「愛先輩に前から訊きたかったことがあるんですけど」
「うん」
「勇気先輩と付き合ってるんですか?」
「ぶっっっ!!!」
愛は思わず吹き出すほどに慌てて言った。
「な、ななな、なんでそんなこと急に!?
っていうか、付き合ってるように見える!? 見えないでしょ!?
私と勇気くんはただの幼馴染だよ!!」
「えー、でも少なくとも好きですよね、勇気先輩のこと?
愛先輩が勇気先輩を見るときの目、恋する乙女って感じですし」
ぎくりと心臓が跳ね上がる。私は傍から見てそんな風に見える目をしているのだろうか。
そ、そりゃあ、勇気くんはかっこいいし? たまに意地悪なことも言うけど、基本的には優しいし?
いい感じの男の子だなって思わないことはないけれど……、
「わ、分かんないよ……。自分の気持ちだからって、必ずしもはっきりしてるわけじゃないし。
好きかどうかって言われれば好きだけど、それは友達としての好き、……かもしれないし」
「そうではないかもしれない?」
「……うん」
「それはつまり恋愛対象としての好きってことですか?」
「だ、だから、そんなこと言われても分かんないってば!
もー、夢ちゃん、あんまり先輩をからかわないでよ!!」
愛は真っ赤になって叫んだ。そんな態度こそがすでに答えになっていると思って、夢は楽しそうに笑った。
「きゃははっ、愛先輩ってばかわいいー!」
「むー、そういう夢ちゃんはどうなのさ。
そ、その、好きな人とかいるの……?」
「いますよ」
――即答だった。いや、意外なことではないかもしれない。
日に日に日焼けしてよく遊んでいるというイメージの夢には、そりゃ好きな人くらいはいるだろう。
だが、そういう恋バナに慣れていない愛は動揺したまま訊ねてしまった。
「こ、この学校の人? どういう人なのか訊いてもいいかな」
「ええ、いいですよ。教えてあげます。
私の好きな人はですね――、」
夢はにやりと笑って、愛の耳元で囁いた。
「勇気先輩です♪」
「……へ? えぇ!? ちょ、ちょっと待って!!
いや嘘で――、あ、嘘か!! こらっ!!
ちょっと夢ちゃん、こっちは真面目に答えたし、真面目に訊いてるのに!!
からかうのはやめてってば!! いいかげん怒るよ!!」
「あはははははっ、必死過ぎですよー。
やっぱり愛先輩って勇気先輩のこと、恋って意味で好きなんじゃないですか?
素直に認めちゃったほうが楽になりますよ♪」
「み、認めたほうがって言われても……」
正直なところ、自分でも勇気くんのことをどう思っているかなんて分からない。
もちろん嫌いではない。むしろ男の子の中では一番好きだ。このままずっと一緒にいられたら幸せだろうなとは思う。
でも、はたしてこれが本当に恋なのか、それが分からない。考え始めると頭がぐるぐる回って混乱する。
もしも恋人として付き合うことになったらどうだろう。たとえば一緒に手をつないでデートをしたり、――キ、キスをしたり?
そういう関係になりたいのかと問われると、どうしても答えが出せないのだ。このままの関係じゃ、駄目なのだろうか。
馬鹿みたいに遊んで、馬鹿みたいにヒーローごっこして、たまには真面目に空手の稽古もして、私はそれで十分満足なのだけど。
「愛せんぱーい、聞いてますか?
そんなに真剣に悩まないでくださいよ。夢、困っちゃいます」
「あ、ごめん、夢ちゃん。何か言ってた?」
「もう、しっかりしてくださいよ。
そんな調子じゃ、誰かに勇気先輩のこと取られちゃいますよ?
それが夢じゃなくても、勇気先輩って結構モテそうですし」
「へ? 取られる……?」
そっちの想像はしてなかった。虚をつかれて思わず顔が青ざめる。
確かに勇気くんはモテるし、近い将来いい人が現れても不思議じゃない。
今すぐじゃなくても、必ずそのときは訪れるだろう。
そっか……、私が結論を出そうと出すまいと、この関係はいつか終わってしまうんだ。
勇気くんが誰かと付き合い始めたら、きっとこれまで通り可恋ちゃんを含めて3人で遊びに行くことなんてできない。
場合によっては学校や道場で顔を合わせるのも、なんとなく気まずくなってしまうかもしれない。
いやいや、それ以前に、高校までならまだしも大学に進学することになったら、きっとみんな離れ離れになってしまうし――。
「だーかーらー、そんなに悩まないでくださいってば!」
「あ、ごめん……。そうだよね、夢ちゃん。
それから、ありがとう。考えるきっかけを与えてくれて。
ちゃんと自分の気持ち、整理つけてみるね」
「……まあ、悩んでるうちに誰かに取られちゃうかもしれませんけどね。
それに案外ライバルは身近なところにいるかも……」
「そのときはそのときかな。それが勇気くんが決めたことなら仕方がないよ」
「ふーん、夢ならとりあえずアタックしちゃいますけど、まあ人それぞれですもんね」
――と、そこで公園の出口に辿り着いた。
話しながらもちゃんと歩みを進めていたことに、愛は自分自身で驚いた。
一旦公園を出て道路沿いに進めば、元の場所に戻れるはずだ。
祭りの熱気でかいた汗と恋バナで焦ったせいの冷や汗で服がべたつく。
だけど、冷たい夜風のおかげでひんやりと気持ちが良かった。お月様も優しく見守ってくれているような気がした。
愛にとって今日という日は、そんなひと夏の想い出だった。




