42.夜の公園で肝試し
祭の客はまばらに散っていく者たちと、その場に立ち止まり余韻に浸る者たちに分かれた。
――そして6人は後者であった。すっかり日も沈み、少し肌寒い。
辺りが徐々に静寂を取り戻し、セミの鳴き声がうるさく感じ始めた頃、夢が口を開いた。
「最高にきれいでしたね、花火」
返事は誰もしなかった。けれど、その沈黙こそが他のみんなも同様の想いであることを示していた。
ゆっくりと流れるときがみんなの心を高揚感で満たしていった。
そんな静けさを、騒がしい男が空気も読まずに破った。
「ま、俺はうまいもん食って、かわいい浴衣姿の女の子を見ただけでも十分満足だけどな。
三大欲求のうちふたつが満たされてんだからよ」
「お前……、ここで睡眠欲も満たしてやろうか?
その前にちょっと痛い思いするかもしれないけど」
品性のない希望の言葉に勇気は鋭く刃を向けた。
それを合図に真剣な表情のままだったみんなの顔もほぐれたらしい。
「よし、それじゃあみんな帰ろっか!」
愛ちゃんが笑顔で言う。それにみんなは頷いて歩き出した。
ほとんど周りの様子を気にすることもなく、駅のほうへと引き返していく。
……ふむ、このまま帰るつもりか。どうする? あのお方には「祭りでの様子を監視しろ」としか言われていないが……。
駅まではいい。しかし同じ電車に乗るのはあちらに気付かれるリスクも大きい。
……だが仮に気付かれたとして、それがなんだと言うのか。偶然を装い挨拶をすればいいだけの話ではないか?
祭りにひとりで来ていれば不審がられるかもしれないが、電車なら塾の帰りということにでもしておけばいい。
それに、まさか学校のクラスメイトがあのお方の手先だとは彼らも思うまい。
そう、この拙者が、――滝登中学校2年B組、出席番号28番の百地忍が、星野勝利様に雇われたスパイ忍者などとは想像だにしないはずでござる!
ならば正義くんが勇気くんらと別れるところまで見届けよう。
屋敷の最寄り駅につけば、あのメイド、――幸田幸子が正義くんを迎えることになっている。
拙者の任務はそれまで彼らを尾行し続けることにござる!
そうと決まれば、このまま気配を消して、あとを追おう。
一定の距離を保ったまま、慎重に慎重に――。
そんな決心をした少女が茂みに隠れてつけてきているとも知らず、6人は歩みを進めていた。
そうしていると、駅とは反対の方向に何人か祭りの客が流れていく様子が目に入った。
不思議に思った夢が訊ねる。
「向こうのほうにも何かあるんですかね?
夢、このへんの地理はさっぱりなんですけど」
「ばっか、お前。来るとき路面電車が走ってただろ。
近所の人はそれで帰るんじゃねえの?」
希望はそう答えたが、それに勇気が補足する。
「それもあるかもしれないけど、あっちには公園があるんだよ。
確かそこにも屋台が出てるんじゃなかったかな。まだ閉まる時間でもないはずだし」
「それに小さいけど、お城もあるんだっけ。あとは別の神社もあったような。
去年はそっちの屋台にも行ってみたよね、可恋ちゃん、勇気くん」
それを聞いた希望は目を輝かせて言った。
「なんだなんだ、面白そうじゃねえかよ!
おい、お前ら。まだ遊び足りねえよなあ? ここはいっちょ肝試しってのはどうだ?」
「またお兄ちゃんが変なこと言い出した」
「そもそも肝試しって……、まだ祭りの客がちらほらいるのに成立しないだろ。
そういうのはもっと人気が少なくなってからじゃないと」
「夢も勇気もうるせえな! こういうのはノリでいきゃあいいんだよ、ノリで!!」
……ただの思い付きだった。
しかし、確かにこのまま帰るのではあまりに味気ないかもしれない。みんなまだ余韻を楽しみたい気持ちは同じだ。
肝試しはともかく、公園をぐるりと回ってから帰るとしても罰は当たらないだろう。
愛は可恋を気遣って門限は大丈夫かと訊いたが、今日は遅くなるかもしれないと伝えているので問題ないらしい。
「まあ、俺も別に構わないぜ」
正義にも異論はなかった。迎えに来る幸子にはまたあとでメッセージでも送っておけばいい。
みんなそれぞれ、希望の提案に同意した。
公園につくといくつもの屋台が立ち並び、奉納が終わったあとだというのにまだ賑やかだった。
木々が通りを囲んでいるが、祭りのために多くの照明も取り付けられて明るかった。
とても肝試しの雰囲気ではないが、希望にはある企みがあるようだった。
何やらスマホのアプリを起動させると、「こいつでペアを決めようぜ」と提案してきた。
「ペアを決める?」と勇気が訊ねる。
「肝試しって言ったら二人一組だろ。このアプリはそれぞれ番号を選んで、同じ番号を選んだ奴がペアを組むってときに使えるやつだ。
普通は合コンなんかを盛り上げるための機能だけどな。ふたりずつに分かれてトークしたりな。
そして、ペアになった男女にはラブロマンスが生まれるって寸法だぜ」
「なんでそんなアプリ入れてるんだよ」と言う正義に続けて勇気も突っ込む。
「……大体この面子で一体誰がお前とラブロマンスするんだよ」
「言っておくけど、可恋ちゃんは私のものだからね! 希望くんにはあげないよ!」
ここにいる女性は、妹の夢を除けば愛と可恋だけだ。
希望と愛とではとてもそんな雰囲気にはならないだろうし、可恋はその愛が護衛している。ラブロマンスの可能性はゼロだ。
尤も希望にしても本当に恋愛に発展させるつもりなどないだろう。これは単なる思い出作りの一環だ。
これはもう男同士で馬鹿騒ぎしているのと何ら変わらない。――とは言え、だ。
「よし、夢。まずはお前からだ。
どれでも好きな番号を選びな。画面をよーく見ながらな」
「は? 私から? まあ別にいいけど」
夢は希望からスマホを受け取り、誰にも見られないような角度で、その画面を見る。
そこにはメモとして「1を選べ。なお、このメモはすぐに閉じること」と書かれていた。
……いや、お兄ちゃん。これじゃ八百長じゃん。夢にこういう指示をするということは、多分お兄ちゃんは1以外の数字を選ぶのだろう。
まあ夢もお兄ちゃんとペアになんかなりたくないからいいけど、なんかやることがせこいなあ……。
そう思いながらも夢は素直に、そのメモを閉じてからペア決めアプリで1を選択した。
そうすると、何を選んだかは分からない状態になり、次の人にスマホを渡すようにアプリが促してきた。
画面には1から3までの数字が表示されているが、同じ数字が2回選択されればペア成立で、その数字は半透明になり選択できなくなるという仕様らしい。
次に数字を選択した可恋の番ではペアは成立せず、愛の番で夢とのペアが成立した。その後の勇気の番ではペアは成立しなかった。
そうして、今度は正義の番となる。つまり現在表示されている2と3の数字が、それぞれ可恋と勇気が選択した数字だということだ。
正義にしてみれば、どちらだとしても面白くはない。だが、こういう遊びもたまにはありだろう。
気軽な気持ちで選択すると、アプリには「3の相手とペアが成立しました」と表示された。
「俺の相手は3番だってよ。どっちだ? チビ女か空手男か」
これによって、自動的に希望の相手も決まる。もしも可恋が相手なら、この面子では当たりだ。
実際に恋愛関係になるようなことはないとしても、ちょっとしたデート気分は味わえるに違いない。
希望は3番を選んだ人物が名乗りを上げるのを固唾を呑んで見守った――。
「……私」
その声の主は可恋だった。つまり成立したペアをまとめると、夢と愛、正義と可恋、勇気と希望の3組ということになる……。
「って、それじゃ俺の相手は勇気かよ! 男同士で何が楽しいんだ!
畜生、河合とペアになる可能性は低くなかったはずなのによ!」
「お兄ちゃんが変なこと考えるから。自業自得ー。
それより私の相手は愛先輩ですね! ゆっくりふたりで話してみたかったので嬉しいです!」
「うんうん、よろしくね、夢ちゃん。
私も夢ちゃんと仲良くなりたかったからさ。いろいろ根掘り葉掘り聞かせてね!」
悔しがる希望を横目に、夢と愛はきゃっきゃと盛り上がっていた。
正義と可恋はお互いをちらちらと見ながらも、絶妙に視線は合わせずなんとなく気まずい雰囲気だった。
勇気は希望の肩をぽんと叩くと、にやりと笑いながらこう言った。
「それじゃ、俺とラブロマンスしようぜ、希望。あっはっは!」
「く、くっそぉおおおおぉおおぉおおおおお!!」
――希望の熱い叫び声が夜の公園に木霊した。
周りのお客さんや屋台の人たちが何事かと顔を向けるのも気にせず咆哮した。
それが"肝試し"開始の合図となったようだった。




