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超絶勇者ブレイブマン  作者: タチバナ
ひと夏の想い出編
42/57

37.可腐化の変身

 図書館からあかねさんの住むアパートまでの行路は、私と愛ちゃんは自転車を押しながら歩き、その横であかねさんは日傘を差しながら歩いていた。

 ここに来るまで日陰の道が多かったのはありがたい。おかげで暑い日差しを避けながら移動することができた。

 ……ただ少し遠回りをしたような気がするのだけど、あかねさんがわざとそういう道を案内してくれたのだろうか。

 この暑さなら多少歩く距離が長くなっても、少しでも涼めるほうがいい。


 そうして私たちがたどり着いたアパートは、どこにでもあるような2階建ての木造建築だった。

 比較的新しい建物なのだろう。少なくとも外観の壁はきれいな塗装で汚れも少なかった。

 築年数は10年にも満たないだろう。……そう言えば、あかねさんってひとり暮らしなのかな?

 となると、大学に入学してから実家から引っ越したのかもしれない。まだ中学生の私にはひとりだけの生活なんて想像つかないな。


「ちょっと散らかってるから恥ずかしいけれど、片付けの間ここで待たせるわけにもいかないから入っていいわよ」

 そう言って、あかねさんは2階の一番奥の部屋に案内してくれた。

 確かにここで立って待っていろと言われたら、暑さでくらくらしてきてしまうかもしれない。

 手招きをしながら先に中へと入るあかねさんに続いて、私たちは部屋に足を踏み入れた。

「お邪魔しまーす」

 愛ちゃんは元気に挨拶しながら、靴を脱いで進んでいった。

 私はそろそろとそれについていき、丁寧に靴を揃えた。こっそり愛ちゃんの靴も直しておく。

 いつも愛ちゃんの靴は真っ直ぐ揃ってなくて、私が直すのが癖になっている。


 リビングに入ったあたりで私たちの目に飛び込んできたのはとても立派な本棚で、上から下までびっしりと本が並んでいた。

 ちらほらと漫画本もあるようだけど、その多くが小説だった。あかねさんはとても読書家なのだろう。

 なるほど、この中から読書感想文におすすめの本を教えてくれると言うのなら、きっと参考になるだろう。

「とりあえず本棚は好きに見ていいわよ。

 あと飲み物は麦茶でいいかしら? 珈琲も淹れられるけれど」

「ありがとうございます。私は麦茶で。可恋ちゃんもそれでいいよね?」

「うん。ありがとうございます、あかねさん」

「あら、可恋ちゃんもあかねさんって呼んでくれるのね。うふふ、嬉しいわ。

 はい、どうぞ。氷も入れておいたわ」

 私は机に置かれたコップの麦茶を一口飲んで、喉の渇きを潤した。

 うん、冷たくて美味しい。汗をかいたあとの冷たいお茶は最高の飲み物だ。

 愛ちゃんも同じように麦茶を飲みながら本棚を見つめている。


「海外文学もあるんだあ。本当にいろんな本を読むんですね。

 ……ってこれ原語も混ざってます? 英語の小説はさすがに私には無理だなあ」

「ああ、日本語に翻訳されてない海外の小説もあるから……。

 私もそこまで英語は得意じゃないし、できれば日本語訳されたもののほうがいいのよ?

 指輪物語もハリー・ポッターも日本語版だし……」

「英語が読めるってだけで凄いですよ。私、学校の勉強でも文法とかちんぷんかんぷんですもん。

 英単語の丸暗記だけならまだなんとかなるんですけど……」


 そんな会話をしているふたりを横目に本棚を眺めていた私は、大きな本棚の横に小さな引き戸の棚があることに気がついた。

 その上には観賞用のお花と置時計が置かれている。化粧品や洋服の棚ではないように見えた。

 第一、そういう棚は寝室のほうに置かれているものだろう。

「こっちも本棚ですか?」

 私がそう訊ねると、あかねさんは何故か慌てたような声を上げた。

「あ、ええ、そうなんだけど、そっちの棚は――」

 そして愛ちゃんが私の代わりに訊ねた。

「開けちゃ駄目なんですか?」

「駄目ってことはないけれど……、まあ、そこにあるのは健全本だけだし?

 不健全なのは寝室にしか置いてないから、大丈夫なはず……。

 ただ愛ちゃんはともかく、可恋ちゃんには刺激が強いんじゃないかしら……」


 健全本? 本に健全も不健全もあるの?

 有害指定図書なんていうのも世の中にはあるらしいけれど、作者が心を込めて書いた本に不健全なものなんてないと思う。

 それになんだか少々失礼なことを言われたような気がする。

 失礼だと感じるべきなのは私のほうなのか、愛ちゃんのほうなのかは分からないけれど……。

「あー……、なるほど。まあ可恋ちゃんにはちょっと早いかもねえ」

「む。愛ちゃんまで。私のこと馬鹿にしてる?」

「あ、あのね、可恋ちゃん。私は別にそういうつもりじゃないのよ?

 ただ中学生にそれを見せるのはどうかなって思うだけで――」

「別にいいんじゃないですか。あかねさんが嫌じゃないなら見せちゃっても。

 まあ、これも人生の勉強だよ、可恋ちゃん。知恵と力は重荷にならないからね」

「うーーーん、そうねえ……」

 さっきからふたりがなんの話をしているのか分からない。見てもいいの? 駄目なの?

 愛ちゃんのことわざの使い方も少し間違えているような……。

 私が困惑した視線をあかねさんに向けると、諦めたように頷いてくれた。

「じゃあ、見てもいいけど、驚かないでちょうだいね?」


 そんな風に念押しされると怖気づいてしまう。だが、一方で愛ちゃんは何故か腕組みをして事の成り行きを見守っている。

 もはや後には引けないようだった。私は意を決して引き戸に手をかけた。

 ――ガラリ。そこには何やら薄い紙のようなものがたくさん立てかけられていた。

 なんだろう、これは。初めはパンフレットか何かと思ったが、よく見れば本であることが分かる。

 でも、こんな薄い本なんて本屋さんでは見たことがない。もちろん学校の図書室や図書館でも。

 それに何冊か手に取ってみると、表紙に描かれているキャラクターはどこかで見覚えのあるものがいくつかあるように見えた。


 ――そう言えば聞いたことがある。小宅さんが漫画やアニメ、ゲームのキャラクターを主人公にして、オリジナルの漫画を描いているなんて話を。

 それって確か同人誌とか言うんだっけ。それじゃ、これは全部その同人誌ってこと?

 それにしても表紙には何故か男性キャラクターがふたり描かれているものが多いような気がするし、中には抱き合っているものも――。

 なんだろう、これらを見てるとちょっと不思議な気分になる。胸がときめくようにドキドキしている。


「あ、この絵師さん知ってる。この人もBL本描いてたんだ」

「ああ、いいわよね! その絵師さん!

 ジャンルはよく知らないのだけど、イラスト買いしちゃったのよ!

 この妖艶な感じとかたまらなくて……!」

「分かります、分かります。男性の筋肉の描き方もいいですよね。

 ぞくっとくるような男らしさがありますよねえ……。

 私、BLには造詣は深くないですけど、かっこいい男のキャラクターはやっぱり好きです」

 ……? BL? ベーコンレタス?

 相変わらず私にはよく分からない。分からないのだけど、何かが分かってきたような気もする。

 ええっと、つまりこれらは人気のある男性キャラクターをより魅力的に見えるように描写している本たち、……という理解でいいのだろうか。

 しかし、私には刺激が強いとかまだ早いとか言われた理由は不明だ。それって別におかしいことは何もないような。

「中身を見ても?」

「あ、えっと……、ほのぼの系やギャグ本ならいいわよ!

 これなんかはどうかしら?」


 あかねさんが手渡してきた漫画本は、私でも知ってるような人気キャラクターのふたりの日常を描いたものだった。

 確か元のアニメではこのふたりはライバル同士だったような気がするけど、その本の中では仲睦まじい様子が描かれていた。

 ――なるほど、これはもしかしたらあり得たかもしれない平穏な日常を、ファンが想像して描いたものってことか。

 実際の物語では悲劇的なすれ違いをしているふたりだけれど、この空想の世界では幸せそうだった。

 これが健全本ということは、不健全本では実際よりもずっと酷い喧嘩をしてるんだろうか。それはあんまり想像したくないな……。

 でも、きっとそれもファンの人が愛情を込めて描いているものなんだろう。世の中にそんな創作をしてる人がいるなんて、ちょっと尊敬してしまう。


「可恋ちゃん、可恋ちゃん。こういうのを二次創作って言うんだよ。

 知恵が描いてるのも二次創作の同人誌ってやつ。まああいつは一次創作、つまり完全オリジナルの漫画も描いてるけど。

 初めて読んだでしょ、こういうの。どう、面白いでしょ?」

「うん、これで読書感想文を書きたいくらい」

「うぇっ!? い、いや、さすがにそれはまずいと思うけど……」

「冗談だよ。さすがにそれが駄目なことくらい分かるよ。

 でも、こういう作品を読んでると、実際の物語に対する理解も深まりそうだね」

「うーん、逆に勝手に変なイメージついちゃうことも多いんだけど……、まあ可恋ちゃんが面白いと感じたならいいか」

「嵌り過ぎもよくないわよ!? 私は沼にどっぷり肩まで浸かっちゃってるけど!!

 この味を知ってしまったら、もう後戻りできないのよ!? 腐った脳は元には戻らないわ!!」

「沼……? くさ……? ええっと??」

「あー、可恋ちゃん、あとでちゃんと解説してあげるから、今は気にしないで」


 愛ちゃんがそう言うなら、あかねさんの様子が何やらおかしいのは無視しておこう。

 私は手にした本をもとの場所に戻すと、当初の予定通りあかねさんに何冊かおすすめの小説本を教えてもらった。

 そこでとりあえず愛ちゃんとそれぞれ3冊ずつ借りていくことにした。

 愛ちゃんはひとまずそれぞれ序盤まで読んで、どの本で感想文を書くのか決めるつもりらしかったが、私は3冊全部読破するつもりで借りていった。

 せっかくおすすめして貸してくれた本なんだから、ちゃんと最後まで読まないとね。その中から一番心に残った本で感想文を書けばいいだろう。

 私たちはあかねさんにお礼を言って、別れの挨拶をすると帰路についた。

 本を返すのはいつでもいいらしいが、連絡を取り合えるように私もあかねさんとLINEのアカウントを教え合っておいた。

 あと愛ちゃんとの帰路で、同人誌に関する用語をいくつか解説してもらったけど、なんだか深い世界のようだった。

 さて、今晩寝るまでに1冊でも読み切っちゃおうかな。時刻はまだ夕方だ。きっとそれくらいの時間はあるだろう。


 ――それにしても、あの薄い本も面白かったな。あかねさんがいいと言ってくれるなら、あれも借りていけばよかったかもしれない。

 でも、あれは大切にしてる本みたいだから駄目かな。ああ、ああいう本をもっと他にも読んでみたいなあ……。

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