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超絶勇者ブレイブマン  作者: タチバナ
ひと夏の想い出編
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36.呼び名って大事

「白石さん!?」

 愛ちゃんは驚きの声を上げながらも、どこか嬉しそうだった。

 白石さんとはよくLINEや通話をしているそうだから、もうすっかり心を通わせているのだろう。

 ただ私にしてみれば、ほんの少し言葉を交わしただけのよく知らない大人の女性だ。

 失礼なことだと思いつつも、つい身構えてしまう。

 白石さんはそんな私の様子に気付いているのか、優しそうに微笑みかけてくれた。

「こんにちは、愛ちゃん、可恋ちゃん」

「こんにちは、奇遇ですね!

 白石さんも何か本を借りに来たんですか?」

「こ、こんにちは……」

 親しげに挨拶を返す愛ちゃんとは対照的に、私はぎこちない返事を返すしかなかった。

 緊張で声が震えていたが、それ以上に小さく聞き取りにくかったのか、特に気にはされなかった。

「いえいえ、今日は前に借りた本を返しに来ただけなのよ。

 そしたら、あなたたちの姿が見えてね。悪いけれど、少しだけ話を聞かせてもらったわ」

「お、いわゆる女スパイってやつですね。今流行りの!」

 流行ってるの……? どこで……? 流行ってたらスパイになるの……??

 愛ちゃんが何を言ってるのかはよく分からないけど、ふたりとも楽しげに笑っているから気にしないことにした。


「それで読書感想文のための本を探しているのよね?」

「ええ、そうなんですよ。

 古典文学だと内容が難しいし、最近の本だと感想文としてはあまり適切ではないような気がして、どうすればいいのかなって」

「ふふっ、古典は確かに難しいでしょうけど、現代作家が書いたものでも必ずしも内容が分かりやすく書かれているとは限らないわよ?

 それにむしろ難解な本のほうが自分なりの解釈を書きやすいかもしれないわね。

 書かれた時代に捉われるよりももっと内容に着目したほうがいいんじゃないかしら」

「それはまあ、そうですけど……」

 そんな風に話しながらも白石さんは悪戯っぽく笑っていた。

 説教をするつもりではなくて、ちょっと意地悪なことを言ってみたかっただけのようだった。

 その証拠に声色はずっと柔らかで落ち着いたものだった。


「でも、研究者でもないのに、本をそんなに真剣に考えて読みたくなんてないわよねえ。

 あくまで娯楽なんだから楽しむことが一番だわ」

「あはは……、そうですね」

「そんなわけだから、私のおすすめの本を貸してあげましょうか?

 読書感想文にふさわしいかは分からないけれど、それほど変な内容ではないものをいくつかピックアップしてみるわ。

 それでふたりがそれぞれ1冊ずつ選べばいいんじゃないかしら」

「え、そんなこと、いいんですか?」

「余計なお世話だったらごめんなさいね。私の家もすぐ近くだから、それでいいならすぐに貸してあげられるわ。

 ああ、もちろん無理に家にあがれと言ってるわけじゃないわよ?

 私が購入した本なら、玄関で待っててもらえれば渡してあげられるから。図書館で探すより、そのほうが早いわ」


 ええっと、つまり白石さんの家の前まで行って、おすすめの本を貸してもらうということ……?

 知らない大人には簡単についていっちゃいけないって、おばあちゃんもよく言っている。

 でも白石さんは知らない大人ではないから、それくらいなら大丈夫だろうか。

 そんな風に私が悩んでいるうちに、愛ちゃんは嬉しそうに応えていた。

「えー、それなら白石さんがどんな家に住んでるのか気になるんで、ちょっとお邪魔させてもらってもいいですか?

 私たちもうお友達なんですから、変な気は遣いっこなしです」

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。でも、それならひとつ条件があるわ」

「なんですか?」

 愛ちゃんがそう訊ねると、白石さんは少しだけ照れ臭そうに微笑んだ。

「私のこと、あかねさんって呼んでもらえるかしら。

 もし本当に私のことをお友達だと思ってくれているならね。

 呼び名って大事よ。今以上に親密になるためにはね」

「あ、そうですね。いつまでも名字呼びじゃ他人行儀ですもんね。

 分かりました、あかねさん! よろしくお願いします!」

 愛ちゃんは明るくそう応えたあと、振り返って私に言った。

「それじゃ、可恋ちゃんはどうする? 私が可恋ちゃんの分まで本を借りて明日学校で渡してもいいけど」


 ――勝手に話を進められたような気分になっていたけど、もし私がよく知らない大人の家にあがるのを躊躇うのなら、もう帰ってもいいということか。

 愛ちゃんなりにちゃんと私に気を遣ってくれているらしい。でも、ここで帰るのはちょっと不自然だし、私も愛ちゃんについていくべきだと感じた。

「ううん、一緒に行くよ。私もお願いします。

 白石さん、……それとも、あかねさんと呼んだほうがいいですか、私も?」

「できれば、可恋ちゃんにも下の名前で呼んで欲しいけれど……、強制はしないわ。

 怪しい大人が怪しい提案をしてしまっている自覚はあるし。それでは行きましょうか、ふたりとも」

「「はい」」

 こうして私たちは3人で彼女の家に向かうことになった。


 ――このあとの出来事はきっと私の、いや私たちの運命を少しだけ変えた。

 それはほんの些細な変化。このときの私は何も気付かなかったほどの小さな蕾。

 その蕾は時間をかけて成長し、いつか花開く。そのときは遠くない未来に訪れる。

 そして、それはこの物語が終わりを迎えるときだ。でも私は終わらせたくなかった。

 その花は誰かを不幸にし、誰かを幸せにする。毒にも薬にもなる花なのだ。

 逆にその花が咲かなければ、誰も不幸にはならない。その代わり誰も幸せにはならない。

 でも、それでいいと思った。私は誰かの不幸の上に成り立つ幸せなんて望んでいない。


 ――私は、バッドエンドはもちろん、ハッピーエンドでさえも、拒絶する。それが私の正義であり悪だった。

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