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超絶勇者ブレイブマン  作者: タチバナ
ひと夏の想い出編
38/57

33.燃えよドラゴン

 その道場は実はヒーロー養成所である。師範を務める緋色強はかつて空手で裏社会の悪人どもを懲らしめていた。

 しかし彼も年老い、50の齢を迎えた頃からその拳は徐々に力をなくしていった。

 ――彼は考えた。この世の平和を守るためには、若き戦士たちを育て上げる必要があると。

 そう、彼は自分の志を継ぐ若者を育て上げるため、この緋色道場を開いたのだ。

 その門下生のひとりが彼の孫でもある緋色勇気。またの名を「超絶勇者ブレイブマン」。

 彼こそが緋色強の後継者。そして、この世界の平和を守る正真正銘のヒーローである。


 ……というのは愛の考えた設定だが、強が50歳の頃にこの道場を開いたというのは事実である。

 そして、それからもう20年の時が過ぎようとしている。道楽に過ぎないこの道場がよくここまで続いたものだ。

 尤も初めは決まった曜日に活動するわけでもなく、強の知り合いがたまに稽古に来るくらいで道場としての体裁を保ってはいなかった。

 それが徐々に入門を希望する者もわずかだが現れた。

 中学生の勇気と愛、それと数人程度しか門下生のいない小さな道場だが、皆家族のように絆を深め合っている。

 勇気にとってもここは大切な場所だ。だからこそ、皆が過ごしやすいような場所として手入れしていかなければならない……。


「――ということで大掃除をすることになったわけだけど、何も夏にやらなくてもなあ」

 勇気は道場でひとり愚痴をこぼした。普段こういうときは素直な彼だが、外の気温は35℃を超えている。

 室内はまだマシだが、この道場にクーラーなどという文明的な機器はない。そういったものを強が嫌っているからだ。

 それでも門下生たちが暑さを訴え続けて、どうにか扇風機だけは置かせてもらえることになったが、それだけではどうにもならない暑さだった。

 そんな状況だから、さすがの勇気も気が滅入っていた。しかもフローリングの床にワックスがけまでやるそうで、強はワックス剤を買いにしばし道場を離れているところだ。

「そんなの業者に頼んでやらせればいいのに。

 ……と言っても道場として利益が出てるわけでもないし、そんなお金もないか」

 もちろん強は老後のための蓄えは十分備えてはいるが、それを道場の運営費用に充てる気はないだろう。

 あくまでこれは道楽なのだ。必要以上に経費をかけるつもりはないし、他の者の手も借りにくい。

 だから他の門下生にも頼まず、孫の勇気だけに大掃除を手伝うように言いつけたのだ。

 尤もそれを聞いた愛はこのあと手伝いに来てくれるらしい。それまでに軽く窓くらいは拭いておこうか。

 勇気がそう考え始めた頃に、誰かが道場に足を踏み入れた。なお扉は換気のために開けっ放しになっていた。


「――どちら様ですか?」

 勇気が振り向いた先にいたのは知らない男だった。年齢は50代くらいだろう。

 身長は高く、体付きもしっかりとしている。髪は白髪交じりだが、精悍でたくましい顔つきをしていた。

 着用している白い道着からは鍛えられた胸元がはだけており、黒帯を締めていた。

「君はこの道場の者か?

 私の名は室田剛三むろたごうぞうと申す。緋色強殿はご不在かな?」

「入門希望の方ですか? すみません、今日は道場はお休みで……。

 俺は孫の緋色勇気です。祖父の強は直に帰ってくるとは思いますが、お待ちになられますか?」

「ふむ……、いやいい。出直そう。

 室田と名乗る者が来たと伝えてくれれば、それでいい」

 男はそう言い残すと背中を向けて立ち去ろうとしたが、勇気は慌ててそれを呼び止めた。


「あ、お待ちください! せめて連絡先だけでも……。

 祖父が帰りましたら、こちらから折り返しお電話させていただきますので……」

 勇気がそう言うと、室田という男は呆れたように溜息をついた。

「私は入門しに来たわけではない。緋色強なる強者つわものがここにいると聞いてやってきたのだ。

 截拳道ジークンドーの使い手であるこの私の力がどれほど通じるものかと思ってな。

 だが、お休みのところを邪魔するつもりはない。今日のところはこれで失礼させてもらおう」

 室田はそう言うと再び歩を進めかけたが、その背中に勇気はとある提案を持ちかけた。


「なら、俺と手合わせしてくれませんか?」

「……君と?」

 どうやら意外な提案だったらしい。身体を揺らさぬまま、驚いた表情を勇気に向けてきた。

 そして、その顔のまま、勇気の頭から足の先まで全身を確認して言った。

「君はまだ子供だろう。生憎だが、未成年と戦うつもりはない。

 その提案はお断りさせていただく」

「いえいえ、もちろん本気でやろうってわけじゃないですよ。

 ただほんの少しあなたの力を測らせていただきたいだけです。

 半端な力の持ち主なら、祖父に会わせるまでもありませんから」

 勇気は挑発するような笑みを浮かべながら、相手の反応を窺った。

 これで乗ってこないようなら、ただ黙って去るのを見守るほかないだろう。

 しかし、彼は良く言えば自信家で悪く言えば傲慢でプライドの高い人物のようであった。

 勇気のほうに向き直り、余裕がありそうな笑みを浮かべた。


「……よかろう。少し身体を動かしたかったところだ。

 その安い挑発に乗って相手をしてやろうではないか」

「ありがとうございます。それでは俺も道着に着替えてきますので、ここでお待ちください」

「うむ」

 そうして、互いに道着を着用したふたりが道場の真ん中で対峙することとなった。

 これは試合ではないので勝ち負けを決めるようなルールはない。

 ただ目潰しや金的など急所を突く攻撃は禁止であることを確認し合った。

「では、始めましょう。いつでもかかってきてください」

「うむ、遠慮なく行かせてもらうぞ!」


「――ふぅ、ずいぶん遅くなっちゃったなあ。

 本当は昼前に来るつもりだったけど、つい楽しくて白石さんと長電話しちゃった。

 勇気くんとお爺様、――っと今日のところはお師匠様か。もう大掃除始めてるかな……?」

 緋色家にやってきた愛は住家に顔も出さぬまま、道場へと向かっていた。

 具体的に約束していた時間があるわけではないので焦る必要はないが、自然と早足になっていた。

 すると、その途中で見知らぬ男とすれ違い、頭をぺこりと下げた。

「……こんにちは」

 だが、その男は返事もせず、ただぶつぶつと何かを呟くだけであった。

「うう……、この俺があんな少年に、ここまで……」

 誰だろう? 門下生にこんな人はいない。お爺様の知り合いの人だろうか。

 しかし遊びに来たにしては何やら意気消沈している様子だけれど、一体何があったんだろうか。

 愛は疑問に思いながらも、道場に足を踏み入れた。そこには大掃除だというのに何故か道着に着替えている勇気がいた。


「勇気くん、こんにちはー。大掃除の手伝いに来たよ」

「ああ、こんにちは、愛ちゃん。まだお祖父様は掃除に必要な買い物から帰ってきてないから、のんびりしてていいよ」

「あれ、お師匠様、まだいないんだ。――さっきの人は?」

「さっきの人? ああ、今ちょうどすれ違ったのか。

 あの人は、……なんだっけ。なんとかって名前でなんとかって武術の使い手だって言っていたけれど」

「なんにも覚えてないじゃん! どういう人なの?」

「さあ? 力試しに来たみたいなこと言ってたけど、全然大したことなかったな」

 勇気はなんでもないことかのようにそう肩をすくめた。

 なるほど、それで勇気は今わざわざ道着に着替えているのか。


「え、じゃあ、さっきの人と戦ったの? あんなに体格のいい人と?」

「うん、でも人は見かけだけで判断しちゃ駄目だね。

 きっと格闘映画にでも憧れてるだけの人じゃないかな。愛ちゃんのほうがずっと強いよ」

 勇気は愛の瞳を真っ直ぐに見つめて冗談めかすわけでもなく真剣な声色でそう言った。

 愛は不意打ちで褒められたものだから頬を赤く染めてしまう。

 「そんなことないでしょ」と言おうにも、口が上手く回りそうになかったので無言を貫いた。

 もし途中で言葉を噛んでしまったら余計に照れ臭い思いをしてしまうだろう。

 そのため、お互い無言の妙な空気がしばらく流れた。――と、そこに強がビニール袋を両手に持って帰ってきた。


「待たせたな。やれやれ昼間だというのに道が混んでおったわ」

 強は車で近所のデパートにでも行っていたらしく、その帰り道で渋滞に巻き込まれたらしい。

 彼の持つビニール袋にはワックス剤や除菌スプレー、新品の雑巾などの掃除用具が入ってた。

「わ、お師匠様大変! 私が運びますよ。どこ置いておきます?」

「年寄り扱いするな。それよりバケツに水でも汲んできなさい」

 そう言いながら強は道場の端までビニール袋を運んでいった。愛は小声で勇気に訊ねる。

「……勇気くん。お師匠様って年いくつだっけ?」

「確か今年で70歳になるはずだよ」

「年寄りじゃん! どこからどう見ても年寄りじゃん!」

「聞こえておるぞ。いいから掃除の準備を――」

「いやいや、年寄り扱いさせてくださいよ!

 もし何かあってお師匠様に倒れられでもしたら、あのときちゃんとお世話しておけばよかったなあってなりますから!

 私、大好きなお師匠様のことで、そんな後悔したくないですよ!」

「……むう、まあ気遣いだけは受け取っておこう」

 普段は厳格な強も思わず口元が緩んでしまっていた。こういう愛の純真で優しいところは強も嫌いではなかった。

 やはり彼女は強にとっても娘、あるいは孫のようにかわいい女の子なのであった。

 勇気はそんなツンデレの祖父の姿を見て、微笑ましいような気持ちになるのだった。

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