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超絶勇者ブレイブマン  作者: タチバナ
捨て猫編
3/57

3.寝不足の朝に

 翌朝。滝登たきのぼり中学校、2年B組の教室にて元気いっぱいの挨拶が響き渡る。

「おっはよう、みんなー!!」

 そんな声を聞けば、朝の眠気など一瞬で吹き飛んでしまうかもしれない。その声の主は佐藤愛であった。

 彼女はいつも教室に入るとき、クラス全員に向けて挨拶をするのだ。そんなことをする生徒は他にはいない。普通は数人の友達に向けて挨拶をするだけだ。

 だが、愛は恥ずかしげもなく大声で挨拶をする。それには特に大きな理由などない。ただ、そうしたほうが自分自身も気持ちがいいというだけのことだ。


「勇気くんもおはよう! 今日は剣道部の朝練はないんだっけ?」

「おはよう、愛ちゃん。今日も元気いっぱいだね」

「いや実はそんなことないんだよ。昨日は夜遅くまでオンラインのドラゴンクエストやってたから、眠くて眠くて……」

「学校行って、道場行って、深夜までネトゲってのも、それはそれで体力あるね……」

「私は部活やってない分まだマシだけどね……。ふぁあああぁぁあああ……」

 さっきまでの元気はどこへやら。愛は大きな欠伸をすると、勇気の左隣の自分の席へ座り机に突っ伏すと居眠りの体勢に入った。

「居眠りしてると先生に怒られるよ」

「勇気くん、知ってる? 学校には授業中に寝てると怒られるけど、始業前に寝てて怒られることはないというバグ技があるんだよ」

「バグ技……」

 居眠りの体勢のまま愛がとんでもないことを言い出す。だが確かに始業前の時間は休憩時間のようなものだ。学校に来てすぐ寝るというのは如何なものかという意見はあるだろうが、先生に怒られることはまずあるまい。そんな愛のもとへひとりの女子生徒がやってくる。


「愛ちゃん、勇気くん、おはよう。……愛ちゃんはおやすみなさい?」

「おやすみなさーい」

 おはようと挨拶したのはいいものの、愛の様子を見て小首を傾げながらおやすみなさいと言う女子生徒。それは愛にとってもうひとりの幼稚園の頃からの幼馴染、河合可恋であった。

 愛は勇気と可恋の前では少々だらしない姿を見せても構わないほど、ふたりに対して気を許している。机に突っ伏したまま右手だけ振って、おやすみなさいと挨拶する。起きる気配はない。

 可恋は愛にとって大事な親友だ。彼女は愛と勇気のヒーローごっこにもカレン姫として参加することがある。名前の通り可愛くて可憐な彼女にはヒロイン役がとてもよく似合った。

 カレン姫は地獄のミャーコにさらわれた一国のお姫様であり、超絶勇者ブレイブマンはそのカレン姫を救うために日々戦っている、――という設定がある。

 この設定はすべて愛が考えたものであり、特に元ネタとなる物語があるわけではない。単なる思い付きだ。


「おはよう、可恋ちゃん。ほら愛ちゃん、挨拶だけじゃなくて何か話があるみたいだよ。起きて起きて」

「んー……」

 勇気に肩を揺すられ、眠い目をこすりながら愛は顔を上げる。そこには大好きな親友の微笑む顔があった。そしてその両手には一冊の本が大事そうに抱えられていた。

「あ、あのね、愛ちゃん。この前借りた小説なんだけど、もう読み終わったから返そうかと思って」

「小説……? っておととい貸したやつじゃないっけ? もう読み終わったの!?」

「うん! とっても面白くて一気に読み進めちゃった! ありがとうね、愛ちゃん!」

 ぺかーっと光るような満面の笑みになる可恋。普段は大人しい彼女だが、その笑みには満天の輝きが宿っていた。朝教室に入ってきたときの愛の笑顔に負けず劣らずの輝きだ。

「おおう、朝から眩しい……。でもさ、そういうことならもう少し貸しといてもいいよ? もう一度読み返したい場面とかもあるでしょ?」

「大丈夫だよ、昨日のうちに気になったところは読み返したし。特に主人公が初めて宇宙船に乗り込む場面とかワクワクするよね」

「SFだけど、冒険譚的な面白さもある作品だしね。アニメでもそこはいいシーンだったなあ。んじゃあ、そういうことなら返してもらうね。それで今度アニメのDVDも一緒に観ようよ」

「うん、楽しみにしてるね」

 と、話をしているうちに始業のチャイムがキンコンカンコンと鳴った。可恋は愛に借りていた小説を手渡したあと、愛の左隣の自分の席につく。

 愛は居眠りの時間を逃してしまったようだが、その目はもう覚めている様子だった。そこへ担任の先生がやってくる。号令は日直の可恋の仕事だ。

「起立、――礼。ありがとうございました」

 控えめな可恋の号令に合わせ、クラス中の生徒が礼をした。今日も一日が始まる。


「さあ、昼休みの時間だニャー! ブレイブマン、弁当を持って屋上に行くのニャ! そこが貴様の墓場となるニャ!」

 昼休み開始のチャイムが鳴るとともに、猫耳カチューシャと尻尾のアクセサリーを身に着けた愛が吼える。加えて右腕を曲げて爪を立てて威嚇するようなポーズを取った。

「ふっ、いいだろう、地獄のミャーコ! しかし、そう簡単に思惑通りになると思うなよ!」

 勇気もそれに対し、威勢よく応える。普段は真面目な少年という雰囲気の彼だが、愛とのヒーローごっこの時は話が別だ。

 彼女の異常テンションに付き合うためには彼もまた馬鹿になって大声を張り上げるしかない。

「お前らはいっつもよく飽きないねえ、そのノリ。俺様にはついていけねえぜ」

 呆れながら呟いた男子生徒の名は星野希望ほしのきぼう。馬鹿でお調子者の彼だが、それを凌ぐほどの馬鹿騒ぎをするのが勇気と愛のヒーローごっこだ。

 そのノリについていけないと言いながらも弁当を片手に彼らとともに屋上へ向かう。可恋も一緒だ。4人は昼休みはいつも一緒に弁当を食べる。最初は勇気と愛と可恋の3人だけだったのだが、いつの間にか希望も来るようになっていた。希望も口で言うほど、このノリが嫌いではないのだ。

 そもそも希望は1年生の頃は3人とは別のクラスで特に面識もなかったのだが、2年生となり一緒のクラスになると自然と仲良くなっていた。まるで古くからの友人のようであるが、今は6月の中旬。ちゃんと知り合ってからはまだ2ヶ月程度しか経っていないのだ。


「しかし、戸辺の野郎。何も角でぶつことねえだろうになあ」

 希望は屋上で弁当の包みを広げながらぶつくさと呟く。戸辺というのは、昼休み前の社会の先生のことである。希望は授業中に居眠りして先生に教科書の角で殴られて叱られてしまったのだ。

「そりゃお前、自業自得だろうが。廊下に立たされるとかじゃないだけマシだと思うぞ」

「うんうん、勇気くんの言う通り。私だったら脳天にかかと落とししてるくらいだよ」

 可恋は黙っているが、こくこくと頷いている。その頷きは、廊下に立たされるというところか、脳天かかと落としか、どちらに同意しているのかはよく分からないが。

「かぁー、俺の味方は一人もいねえのか。つれえー、孤独の戦士はつれえわー」

「希望は一体何と戦っているんだ……」

 勇気のツッコミはここでも炸裂する。ボケが多いと大変だ。尤も希望が調子のいいことを言うときは愛もツッコミに回ることが多いので、その点は楽なのだが。


「けどよぉ、俺様の寝不足を単なる寝不足だと思ってもらっちゃあ困るぜ」

「夜遅くまでネトゲやってたの?」

「それはお前だろ、佐藤! 俺様はもっと創造的でクリエイティブなことをやっていたんだぜ」

「創造的もクリエイティブもおんなじ意味だと思うけど……」

 勢いだけの発言に可恋でさえ思わずぼそっと呟いたが、聞こえていないのか気にしていないのか、希望はそのまま口を滑らせる。

「実は俺様はな昨晩から、ディスティニーガンターのプラモデル作りに挑戦しているのだ! 完成は数日後か一週間後かまだ分からんが、完成したらお前らにも見せてやろう!

 ただし『希望様、馬鹿にしてごめんなさい。どうかお許しを!』と土下座して謝ったらだがな! ふははははは!!」

 『駆動兵士ガンター』は男の子を中心に人気のロボットアニメシリーズだ。『ディスティニーガンター』はそのシリーズの一作品であり、ロボットのデザインとしては人気が高い。その分プラモデルの作成難易度も高いが、完成すれば男の子の夢のプラモデルになると言っていいだろう。

「ああ、お前、それで徹夜して寝不足なのか? やっぱり完全に自業自得だろ」と勇気が突っ込むが、アニメ愛の溢れる愛はそれどころではなかった。

「ディスティニーガンター!? 見たい見たい! 土下座は一生しないけど!!

 希望くん、私のお弁当の唐揚げ一個食べていいよ。一個だけならね!」

 そう言いながら愛は希望の弁当箱へ自分の唐揚げをひとつ箸でひょいっと移した。一方的な取引だが、ここまで期待されては断りにくい。

「別に唐揚げが欲しかったわけではないが、……まあいいか。もうちょい時間かかるから、気長に待ってろよ」と希望が応える。

「しかし、それにしても守備範囲の広いオタクだよね、愛ちゃんって」と勇気が言い、「そうだよね」と可恋が応えた。当の愛はプラモデルを見るのが楽しみで嬉しそうに笑っている。

 そうして、昼休みの時間は過ぎていくのであった。

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