27.事件の幕開け
音楽の授業が終わり、愛と可恋は顔を見合わせて立ち上がった。もう「一緒に帰ろう」なんて言葉は不要だ。
見つめ合うだけで自然と心の内が分かるような気がした。ふたりは笑いながら音楽室の扉へと向かった。
そんな背中から声をかけたのは勇気だった。
「その様子だとちゃんと仲直りできたみたいだね」
振り向いたふたりは同時に「勇気くん」と呟いた。そこに言葉を付け加えたのは愛だった。
「それは私の口からはなんとも……」
「なんでだよ。じゃあ可恋ちゃんは? ちゃんと仲直りできたと思う?」
「わ、分かんない……」
「なんでだよ」
勇気は呆れたように溜息をついたが、ふたりがいまいち煮え切らないのも無理はないと思った。
いつも仲良しで喧嘩慣れしていない二人のことだ。仲直りだって慣れてない。
もう大丈夫だと自信を持って言えないのも仕方のないことなのだろう。
「まあ、だったら俺が勝手に判断するけど、ふたりはもう仲直りできてるよ。
それに喧嘩したことだって必要なことだったんだって思うよ。
そうしないと分からない相手の気持ちだってあるんだからさ」
「……それはそうなんだろうね」
愛は神妙に頷く。あのとき可恋は愛が真剣に気持ちを汲み取ってくれないことに涙を流していた。
もちろん愛はいつだって真剣なつもりだ。だけど、それは可恋の思う"真剣"には全然届いていないのだろう。
そんなことは可恋に指摘されるまで思いもしなかった。そのことこそが真剣さが足りていない証拠なのだ。
……でも友達同士の付き合いってそんなに真剣になる必要があるんだろうか。
なんてことを言ったらまた喧嘩になるんだろうか。たとえ喧嘩になったとしても、そう伝えるべきなんだろうか。
愛の思考はぐるぐると回る。このまま思考停止してしまいたい。でも、きっとそれじゃ可恋の気持ちに応えたことにはならないのだ。
だからと言って、どうすればいいのかは分からなかった。そんな愛の心を見透かしたように勇気は言った。
「大丈夫だよ、愛ちゃん。別にいくら喧嘩になったっていいんだから。思ったことをそのまま伝えればいい。
それでお互いの想いがぶつかり合うこともあるかもしれないけど、可恋ちゃんだって愛ちゃんが素直な言葉を伝えてくれたなら、嫌いになんてならないだろう?」
「……うん」と可恋は頷いた。何があっても愛のことを嫌いにならないのは可恋自身がよく分かっていた。
「それで言うと私たち、もう少し喧嘩したほうがいいのかな。
いや、仲直りしたばかりで喧嘩したくないけど」
「こ、今度は喧嘩にならないようにしよう……?
お互い怒らないって約束してから言いたいことを言うとか……」
「あっははは、ディベート大会みたいな感じになるのかな。
だったら俺は審査員になるよ。第三者を交えればふたりも冷静に話せるだろう?
……おっと、愛ちゃん今日は日直だったね。鍵を開ける人が遅くなったらまずいから早く行こう」
愛と可恋のやり取りに朗らかに笑いながら、勇気はふたりの背中を押した。
3人で話し合うというのはなかなかいい考えかもしれない。今度検討してみよう。
そして、そのまま3人は廊下に出て教室に向かった。教室の前にはすでに希望ら生徒たちが集まっていた。
「おい、遅いぞ、日直。さっさと鍵開けてくれー」と冗談交じりに希望が言う。
「ごめんごめん。もー、勇気くんが急に話しかけるから」
「俺のせいかよ。……いや、俺のせいだな。それはすまん」と勇気が謝ったが、教室の鍵の管理を日直が担当している以上、こういうことはよくあることだ。
以前には日直が鍵を開ける前にトイレに閉じ籠ってしまい、次の授業の直前まで生徒たちが締め出されたこともあった。
こんなことはみんな慣れっこだし、自分が日直の番に責められたくないので、誰も本気で愛を責める者はいなかった。
愛は教室の扉を開錠し中へ入るとすぐに黒板の脇に鍵をかけた。他の生徒らもそれに続いて各々自分の席へと戻っていった。
次の授業は社会だ。そして、それが終われば昼休みだ。今日はみんな揃ってお弁当を食べよう。
本当はそこに正義も加わってくれればいいのだが、愛はもう気にしないようにしようと思った。――無理に誘ったって誰も幸せにならないのだから。
そして、待ちに待ったお昼休みの時間がやってきた。
「今日はみんなで屋上に行くんだろ、愛ちゃん?」
「あ、うん……」
勇気の呼びかけに応え、いつもの4人で屋上でお弁当にしようと愛は弁当箱の包みを手にして立ち上がったが、見れば希望は自分の鞄を開けて何やらガサゴソしていた。
お弁当を取り出そうとしているのだろう、――と一瞬思ったが、すでに希望の机の上には弁当箱の包みがあった。
……ああ、そう言えば、お昼休みにディスティニーガンターのプラモデルを見せてくれるって言ってたっけ。
多分そのプラモデルの箱なり袋なりを取り出そうとしているのだろう。愛がそう思った瞬間、希望が大声で叫んだ。
「……ない! どこにもない!」
――それが新たな事件の幕開けを告げる叫び声だった。




