14.天の使い
カレン姫に新しいお友達ができました。
カレン姫はいつものように幽閉されている部屋のバルコニーから夜空を見上げていました。
そこにまるで流れ星のように、子猫が舞い降りたのです。
「やあやあ、カレン姫。僕は天の神様から君とお友達になるように言いつけられた天の使いさ。
よかったらこれから僕と仲良くしてくれるかな?」
「まあ素敵。こちらからもよろしくお願いしますわ」
そう言ってカレン姫は子猫を部屋へ招き入れようとしましたが、そのとき子猫がうしろの右足に怪我をしていることに気付きました。
「あら大変。その怪我は一体どうしたのかしら」
「ごめんね、実はここへ来る途中、魔物に襲われて怪我をしてしまったんだ。
よければ手当てをしてくれると助かるんだけど……」
「ではここでお待ちになって。救急箱を取ってきますわ」
カレン姫は急いで自分の部屋に駆け込みました。そしてしばらくすると、救急箱を持って戻って来ました。
その中から小さな薬瓶を取り出すと、子猫の足の傷口に優しく薬を塗ってあげました。
「はい、これで大丈夫ですわ。あとは包帯で巻いておきましょうね」
「ありがとう、カレン姫! 噂には聞いていたけれど、君はとっても優しいんだね!」
子猫の言葉にカレン姫は頬を赤らめながら微笑みを浮かべました。それからふたりは一緒にお茶を飲みながら他愛のない話を始めました。
好きな食べ物は何かとか、どんな音楽が好きかなど、本当に大したことはないお話でした。
そんな話をしているとき、カレン姫はふと気付きました。
「あら、すみません。そう言えば、まだあなたのお名前を聞いていませんでしたわ。あなたのお名前はなんと言うんですの?」
すると子猫は空を見上げて物思いにふけるような表情をして言いました。
「実は僕にはまだ名前がないんだ。僕は君と友達になるために神様に作られたばかりだからね。
何かいい名前はないかな? できれば君に決めてもらいたいんだ」
カレン姫はその言葉を聞くと深く考え込んでしまいました。
「どうしましょう、そう言われてもすぐには思い付きませんわ。
少し時間をいただいてもよろしいかしら。だってあなたとはこれからずっと一緒に過ごすんですものね。
思い付きだけで変な名前を付けるわけにはいかないわ」
そう言いながらも不思議なことに、カレン姫の頭の中にはすでにいくつかの名前の候補が浮かんでいたのです。
たとえば、それはあの『地獄のミャーコ』を見ていると、何故だか思い浮かんでくる言葉だとか。
よく見ると、この子猫とミャーコはどこか似ているような気もします。目に輝きが宿っているところとか。
「そうだね、カレン姫。ゆっくりでも構わないさ」
「ええ、でも明日にはどうするか決めることにしますわ。それまで少し待っててくださいね」
カレン姫は子猫に優しく微笑みかけました。こうしてふたりがともに暮らす生活が始まったのでした。
「……愛ちゃんに電話してみようかな」
可恋はそう思いスマホの画面を見たが、すでに時刻は22時を回っていた。
普段通りなら愛はまだ起きているだろうが、電話をかけるには少し遅い時間だった。
それならLINEでメッセージを、……とも思ったが、それなら明日学校で訊いてみたほうが早いだろう。
「子猫の名前をいくつか考えてみたんだけど、何がいいかな?」と。
そう思い、可恋はベッドの上の布団に入る。枕元には勇気の家から引き取ってきたあの子猫が丸まり眠っていた。
「おやすみ、子猫ちゃん」
可恋はそう子猫に声をかけると、ゆっくりと眠りに落ちていったのだった。
翌朝。愛はいつもの通学路を元気に歩いていた。
昨夜はオンラインゲームで夜更かしをしなかったらしい。……もとい、ゲーム中に寝落ちをしてしまっただけなのだが、睡眠は十分取れたらしい。
ベッドの上でSwitchをプレイしていたので、固い椅子で眠ってしまい、体が硬くなってしまったということもない。だから今日は朝から元気いっぱいなのだ。
そして、そのまま元気よくいつもの通りを曲がると、食パンを咥えたイケメンの転校生と正面衝突して(――普通は少女のほうが食パンを咥えているのだが)、……などということはなく、聞き覚えのある子供の声が聞こえてきた。
「お? なんだ、猫耳の姉ちゃんじゃねえか!」
「あれ? おはよう、大地くん! ここって君の通学路だったの?」
「そうだぜ。なんだ、気付かなかっただけで、実はいつもすれ違ってたのかもしれねえな!」
「あはは、そうだね。……っと、お話なんかしてたら学校に遅れちゃうよね。じゃあまた今晩ね!」
「おー、猫耳の姉ちゃんも気を付けて行けよー」
その声の主はこの前の土曜日に公園で出会った大地という少年だった。
愛はこんな偶然もあるんだなあと思いながら、大地とすれ違い、しばらく歩いていると今度はうしろから声をかけられた。その声の主は勇気だった。
今日は月曜日で剣道部の活動日だが、朝練はあったりなかったりする。そして今日はない日のようだった。
「おはよう、愛ちゃん。さっきの子供、大地くんだろ? ずいぶん仲良くなったみたいだね」
「勇気くん! おはよう。そうなんだよ、あのあとLINEのグループに入れてもらって、いろいろお話したからね。
今晩も一緒にスプラトゥーンで遊ぶ約束してるんだ!」
「すごいな、愛ちゃん。誰とでも友達になれそうだ」
「あはは、勇気くんだって土曜日一緒に公園で遊んだじゃん! ……あ、それよりも、あのあと祥雲くんはどうなったの?」
「いや、俺も交番に連れて行ったあとのことは知らないよ。正直に全部お話したあとはすぐに分かれて帰ったんだ。
そのあとはお巡りさんが判断することだからね。愛ちゃんこそ何か聞いてないの?
さっきLINEのグループがどうとか言ってたけど」
「んー、一応祥雲くんもそのグループに入れてもらったみたいだけど、まだ一言もメッセージ来てないんだよね。
まあ別に詮索することでもないからね。本人が何か言うまで待つことにするよ」
「そっか」
そうこうしているうちに校門が見えてきた。ふたりの会話は祥雲を尋問したときのことまで遡っていた。
愛は話しながら下駄箱までたどり着き、黒いスクールシューズに履き替えながら、そのときの勇気を褒め称えた。
「それにしても、あのときの勇気くんは鋭かったね。
将来は警察か弁護士にでもなったほうがいいんじゃない?」
「いいね、そのときは愛ちゃんを助手にしてあげるよ」
「わー、バディものだー! あはははは!」
……それって大人になっても一緒にいたいってこと? と愛は一瞬思ったが、ただの冗談っぽい雰囲気だったので笑っておく。
こっちはわりと本気で言ったつもりだったんだけどなあ。なんとなく不服だ。
「っと、ちょっと俺、剣道部の部室に行ってくるよ。今日は朝練はない日だけど、部長はたまにひとりで練習してるからちょっと顔出しておきたくて。
先に教室に行ってていいよ」
「わかった。じゃ、またあとでね」
そう言い残すと、勇気は急いで靴を履き替え武道場のほうへと走って行った。
その背中を見送っていると、背後から殺気のようなものを感じた。――驚いて振り返ると、そこにいたのは可恋だった。
「うわっ、びっくりした! ……なんだ、可恋ちゃんか。おはよう」
「おはよう、愛ちゃん。……なんでそんなに驚いてるの?」
「……いや、なんか今黒いオーラ出してなかった?」
「うん? 出してないよ?」
「そ、そう? 私の気のせいかな?」
――否、気のせいではない。そのオーラの正体は、勇気と愛が将来の話をしていることに対する可恋の嫉妬心であった。
可恋は先程の話を下駄箱に隠れて聞いていたのである。盗み聞きをするつもりではなかったが、会話に入りにくいタイミングのとき、つい隠れてしまうことがあるのだ。
しかし、愛が見る限り可恋は普段通りの様子であった。……何か敏感になり過ぎていたのかな? 愛は首を傾げるばかりであった。




