10.疑惑と確信
少しずつ空は晴れてきた。梅雨の時期の天気は本当に気まぐれだなと思う。
もちろんまだ道路にはいくつも水溜まりができているし、公園の土はぬかるんでいるだろうけど、今なら十分外で遊ぶこともできるだろう。
その証拠に公園からは賑やかな声が聞こえてきていた。私たちは公園から離れた場所から遠巻きにその様子を窺う。そこにいた子供たちはまだ私たちの存在に気付いていないようだ。
そして、そこには確かにいた。お巡りさんが言っていた小学校高学年くらいの男の子の3人組だ。
その中で一際元気そうな男の子が片手に持っているあれは、……間違いない。エアガンだ。
そして、それを地面に並べた空き缶に撃って遊んでいるところだろうか。すべてお巡りさんの言う通りだった。
「あの男の子たちかな」
勇気くんが小さく呟いた。そして、そのままその男の子たちに歩み寄ろうと足を踏み出したが、私はそれを手を伸ばして制止した。
「待って、勇気くん。ここは私に任せて。
多分君より私のほうが警戒されにくいと思うんだよね」
そう言って私は一歩前に出る。横目に見た勇気くんは少し不安そうな顔をしていたが、私は胸を張ってみせる。
「大丈夫だって」
「……うん、わかったよ」
私の言葉を信じてくれたのか、彼は素直に後ろに下がってくれた。そして、私はそのまま子供たちに近寄ると、その真ん中にいた元気そうな少年に目線を合わせて声をかけた。
「こんにちは! 今何してるの?」
私が話しかけると3人とも遊びをやめて驚いたような表情を見せた。まあそりゃそうだろう。いきなり知らない人に声をかけられれば不審者だと思うのが当然だ。
「な、なんだよ、お前。俺たちになんか用かよ?」
やはり真っ先に反応したのは一番元気そうな少年だった。それぞれ左右にいるふたりはただ不審そうに私を見つめているだけだ。
「あはは、なんでもないよ。ただなんか面白そうな遊びしてるなと思って。
それってエアガンだよね? すっごくかっこいいね!」
私は精一杯の笑顔を作って安心させようとする。すると、褒められて上機嫌になったのか、その子は満更でもなさそうな様子で途端に饒舌になった。
「へへ、そうだろ? お父さんに買ってもらったんだけどよ、こいつは海外製でなかなか手に入らないぜ。
ほら見てくれよ、このフォルムを! すごくかっこいいだろ!?︎」
そう言われてもエアガンに詳しくない私は日本製とどう違うのかよく分からない。きっと説明を聞いてもいまいちピンとこないだろう。
……ただエアガンって海外製より日本製のほうが品質がいいんじゃなかったっけ。その代わり海外製は種類が豊富だと聞いたことがある。デザインに余程こだわりがあるのだろうか。
でも確かにかっこいいことだけは分かる。だからこれは話を合わせているのではなく本心だった。
「うんうん、惚れ惚れするね! こういうのってなんかメタルギアソリッドに出てきそうな感じだよね。
ねえ、そのエアガン。ちょっとだけ貸してもらってもいいかな?」
「あー……、悪いな。よく知らない大人はすぐに信用しちゃ駄目だって母ちゃんに言われてるんだ。
だからこいつは貸せないよ」
「そっか。じゃあ仕方ないね。……でも私、中学2年生だよ?
君たち小学校高学年くらいでしょ? 年はそんなに変わらないって。お友達になろうよ」
「うーん……」
私が無邪気さをアピールしてもなお元気そうな少年は私にエアガンを貸すことを渋っている様子だった。
これ以上、無理を言ってもただ警戒心を強めてしまうだけだろう。私はそこでとぼけた振りをして話題転換をする。
「それにしてもこのエアガンって、まるでヒーローが持ってる武器みたいだね。
これでずばばばばっと悪人を撃ち倒したりなんかしちゃったら、きっと爽快だろうね!」
「おいおい、エアガンは人に向けて撃っちゃいけないんだぜ?
この間もお巡りさんにエアガンの弾が生き物に当たったりしないように注意しろって言われたしな。
だからいつも周りの安全を確認してから遊んでるんだよ。それが男のルールだぜ。なあ、そうだよな、お前ら?」
少年がそう問いかけると、周りのふたりは「うんうん」と頷いた。……嘘をついている様子はなかった。
この子たちが犯人じゃないのだろうか……?
「あー、そっかー。お姉ちゃん、うっかりしてたよー。
人や生き物に向けてエアガンを撃つなんていけないことだもんね、うんうん」
「……あ、でも」
そこで眼鏡の少年が口を開いた。何か気にかかることがあるといった様子だった。
「あいつだったらやりかねないかも」
「おい、やめろよ。よくないぞ、そういうこと言うの」
元気そうな少年は眼鏡の少年を制止した。案外真面目な子だ。
だけど、その話はきっと私たちにとって重要なことだ。私が勇気くんと可恋ちゃんのほうに向き直り手招きをすると、ふたりは小走りで私のそばまで駆け寄ってくれた。
「おおう、なんだ!? 姉ちゃんの友達か!?」
「うん、だから心配しなくていいよ。それよりもそこの眼鏡の君、そのお友達?の話、私たちに詳しく聞かせてもらってもいいかな?」
「俺たち、ちょっと人を探しているんだ。何か心当たりがあるんだったら教えて欲しいな」と勇気くんが私に続けて頼むと眼鏡の少年は頷いた。
「……いいですよ。でもその前にお互い自己紹介しませんか? 知り合いでもないような相手に話す内容じゃありませんから」
確かに彼の言う通りだ。親しくなるのにも最低限の礼儀は必要ということだろう。そして、私たちはまずお互いに名前を教え合った。
まず元気そうな少年の名前は大地というらしい。続いて、眼鏡の少年が海広、ちょっと陰のある少年が空也だそうだ。
最後の子は陰があると言っても根暗な感じではない。ちょっぴりミステリアスな美少年という印象だ。
この子たちは3人とも同じ小学校に通っていて普段からよく一緒に遊んでいるらしい。そういう意味では私たち3人と似たものグループなのかもしれない。
「それじゃあ話題を戻そうか。さっき愛ちゃんに何か言いかけてたんだろ? 一体なんの話かな」
「あ、えっと……、何から話そうかな。まずエアガンのことだけど、それと全く同じ種類のエアガンを持ってる奴が他にもいるんです」
「持ってる奴、というか、最近持ち出したみたいだけどね」と海広くんの説明に空也くんが補足する。
「そうそう、まるで俺の真似してるみたいにな。それでこの前なんか、そのエアガンを持ちながらこっちのほうを見てニタニタ笑っててよ。
俺が『何見てんだよ!』って怒鳴ったらどこかに行っちゃったけど、……でもそれだけだぜ。あいつがエアガンを撃ってるところも見たことないしな」
「そのお友達とはよく遊んでるの?」
話の流れ的にそんな風じゃないとは思ったけど、私はあえてそういう訊き方をしてみた。
「いつもここらへんで見かけるってだけだよ。多分俺たちとは違う学校の奴だし。
っていうか、別に友達でもねえよ。名前も知らねえし、まともに会話したこともないんだぜ?」
「でも毎週土曜日16時過ぎには、向こうの通りを歩いているようですね。
おそらく塾帰りだと思います。いつも大きな黒い鞄も持っていますから」
現在の時刻は15時30分を少し過ぎたくらいだ。つまりあと30分くらい待っていれば、その子が現れる可能性が高いということだ。
それは私たちにとって好都合だった。そのとき、可恋ちゃんが何かに気付いたように声をあげた。
「あれ……? そう言えば、昨日は学校帰りに猫を拾ったんだよね? それも今くらいの時間でしょ?
でも昨日は金曜日だから授業があったはずじゃ……。だから、その、」
可恋ちゃんはそこまで言いかけて口を噤んだが、彼女が何を指摘しているのかは分かった。
そうだ、猫を怪我させた犯人が子供であるならば、学校はどうしたのだろうか。
ちなみに朝には猫は捨てられていなかったはずだから、犯行時刻は少なくとも学校の授業がある時間のはずだ。
もっと言えば1時間もすれば誰かが気付いて警察に連絡するなりするだろうから、おそらく猫は昨日の14時30分から15時30分の間くらいに怪我をさせられたのだろう。
私はそこまで考えて「学校帰りだと時間的猶予がないね……」と応えたが、勇気くんには反論があるようだった。
「いや、そうとは限らないよ。学校や学年、それぞれの曜日によっては授業が5限までだったり6限までだったりするでしょ?
授業が5限までの日だったら、十分に時間はあるよ」
「あ、そっか」
私と可恋ちゃんはそろって納得した。やはりこういうときの勇気くんは頭の回転が速い。
「なんの話か分かんねえけど、俺たちは小学6年生で昨日も6限まで授業があったぜ?
だから変な言いがかりをつけたりするのはやめてくれよな」
なるほど、そもそもこの子たちにはアリバイがあるのだ。もう疑っていなかったけれど、この子たちが犯人ではないことを確信した。
「勇気くん」
もうすべて最初から説明してもいいのではないかという意味で名前を呼んでみると、彼はズボンのポケットからスマホを取り出した。
「実は俺たち、昨日の学校の帰りに猫を拾ってね。その猫は足を怪我した状態でダンボール箱に捨てられていたんだ。
ほら、この子なんだけど、この近くでこんな猫を見たことはないかな?」
彼はそう言ってスマホの画像を見せる。おそらく昨夜可恋ちゃんが勇気くんのLINEに送った猫の画像だろう。
しかし、男の子たち3人は何も知らないという様子で首を振った。
「このあたりには猫なんていくらでもいるからな。もしかしたら見たことあるかもしれないけど、覚えてねえよ。
まさかそいつがエアガンで怪我させられてたってのか……?」
「その可能性は高いと思っているよ。どうやら君たちは犯人ではなかったみたいだけどね」と勇気くんが言う。
「なんだなんだ、許せねえな、そいつ! エアガンは危険な遊びには使っちゃいけないんだぜ!」
大地くんは怒り心頭といった感じだ。彼は正義感が強いようで、拳を強く握りしめている。
私はその様子を見て申し訳なくなり謝罪した。
「ごめんね、最初はちょっと君たちのこと疑っちゃった。
でも、そういうことなら、その怪しい子に話を聞いてみないといけないね」
「ああ、さっきも海広が言ったけど、そいつはもうすぐここの前の通りを歩いてくるはずだぜ。
俺たち3人で見張ってるから、ちょっと待っててくれよ」
「ちなみにそいつはいつも髪がぼさぼさで暗い感じの奴だよ。俺ともまた違うタイプ」と空也くんが言う。
そこまで分かっていれば通り過ぎるのを見逃すということもないだろう。私たちはその言葉に甘えて、3人に見張りを任せてベンチに腰かけた。
もちろん何かあればすぐ動けるように気持ちだけは集中させておく。しかし、それはその怪しい子には悟らせないようにしなくてはいけない。
なんだかそわそわするけれど、このままじっとしているのが得策のようだった。
だが、勇気くんは何か思い出したかのように立ち上がると、そこに落ちていた"それ"を拾い上げてポケットにしまった。
「何してるの、勇気くん?」
「いや? ただゴミを拾っただけだよ?」
そう言って悪戯っぽく笑うときの勇気くんは必ず何か企んでいる。その考えがまるで読めない。
でもきっと勇気くんなら私が思いつかない何かをしてくれるんだろう。――この胸に高まる期待はきっと恋に似ていた。




