1.愛と勇気の物語
むかしむかし、あるところにカレン姫という、それはそれは大層可愛らしく可憐なお姫様がおりました。
カレン姫は城下の人々に慕われ可愛がられているのはもちろん、その可愛さを聞きつけた世界の国々からも一目その姿を見ようと集まる人々がいるほどの人気でした。
しかし、カレン姫の周りに集まる人々は必ずしも善良な民ばかりだとは限りませんでした。その中にはカレン姫を無理矢理にさらって自分のものにしようとする悪い男がいたのです。
カレン姫はそんなことは露知らず城下町にて「カレン姫に見ていただきたいものがある」と声をかけてきたガラの悪い大男にほいほいと付いていってしまい裏通りに誘い込まれました。
「こんなにも薄暗く誰もいないところに一体何があると言うのですか?」
男はそんなカレン姫の問いかけにも応えようとはしませんでした。ただ指図をして、黙ってついて来いと言うばかりでした。
カレン姫と男はどんどんと裏通りのさらに裏の裏の道へと吸い込まれていきます。ここまで来ると自分たちが一体どこから歩いてきたのかも分からなくなるほどでした。
さすがのカレン姫もこれには痺れを切らして怒鳴りつけました。
「いいかげんにしてください! 一体どこまでついていけばいいと言うのですか!?」
やはり男は返事をしませんでした。そして、その代わりとばかりに懐から手斧を取り出してカレン姫を脅しつけたのです。カレン姫はそのときになってようやく自分が悪い男に騙されたのだと気付きました。
「こんなところで叫んだって無駄だぜ、お姫様。いいから黙ってついて来いってんだ。お前はこれから一生この俺様の奴隷になるんだからよぉ、げっへっへ」
男の悪い笑い声だけが通りに響き渡ります。周りにはカレン姫と男以外の気配は一切ありません。助けを求める相手もいなければ、仮に走って逃げたとしてもすぐに男に追いつかれてしまうでしょう。
そもそもカレン姫は男の案内がなければ、元の通りに戻ることすらままならないのですから袋の鼠も同然でした。
こうなったら大人しく男に付き従うほかないのかとカレン姫は観念しかけました。このまま耐え忍んでいれば、きっと国の兵士たちが自分がいないことに気付いて探しに来てくれるだろうと期待するしかなかったのです。
しかし、そのときもうひとつの人影がにゅるりと現れたのです。
「にゃはははは! ようやく見つけたニャ、カレン姫! とうっ!」
その声は古びた二階建ての建物の屋根の上からのものでした。そして、その声の主は掛け声とともに地面へと飛び降りました。
カレン姫はあんな高いところから飛び降りて怪我でもしないのだろうかと驚きましたが、そちらに向き直るとその声の主は全然へっちゃらな顔をしています。
彼女は猫型の獣人の少女だったのです。その身のこなしはまるで本物の猫のように軽やかでした。
「だ、誰だてめぇ! 全然気配を感じなかったぞ!」
「気配を消してついてきたんだから当然だニャ。途中うっかり見失ってしまったけれど、諦めず探してよかったニャ。
私が用があるのはカレン姫だけだから、そっちの男はもう帰っていいのニャ」
「なんだと! 人の獲物を横取りするつもりか!?」
「そのつもりだニャ!」
獣人の少女はくるりと身を捻ると、その勢いのまま回転し、男にうしろ回し蹴りを食らわせました。その一撃は正確無比にして強烈。
あまりの威力に男は軽いうめき声をあげるとともにあっという間に気絶してしまいました。
見上げるほどの大男を倒した獣人の少女は爪を研ぐような仕草をしながら、たいしたことではないかのように満足げな笑みを浮かべました。
カレン姫は唖然とするばかりでしたが、すぐに正気に戻って獣人の少女にお礼を言いました。
「あ、ありがとうございます……。どこの誰だか存じませんが、危ないところを助けていただき本当に助かりました。
今は何も持ち合わせがありませんが、後日お礼をしたいのでお名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」
そんなカレン姫の様子を見て、獣人の少女はこいつは一体何を言っているんだというかのような不思議そうな顔をしました。
「さっきの会話を聞いてなかったのかニャ、お姫様? 私はこいつの獲物を横取りしに来たんだニャ。
獲物っていうのはつまりお前のことだニャ。お前は今から私にさらわれるんだニャ。ドゥーユーアンダースタン?」
獣人の少女は物分かりの悪いお姫様に苛つくような態度を取りながら、両の手の爪を鋭く立てました。どうやら新たな誘拐犯が現れただけで、カレン姫の危機的状況には一切変わりがないようでした。
「そうなのですか? それで一体私をどこへ連れて行ってくださるのですか?」
しかし、カレン姫は先程までとは打って変わり、このままさらわれてもいいような不思議な気持ちでした。この獣人の少女とこれからともに過ごすことは別に悪いことではないような気がしたのです。
今度は獣人の少女のほうが唖然とする番でした。
「おかしなことを言うお姫様だニャ……。これからどんな目に遭わされるのかも分からないのに何を期待しているんだニャ。
……だけど、面白いお姫様だニャ。"あのお方"が気に入るのも分かるような気がするのニャ。
私は地獄のミャーコ。これからお姫様を私たちの獣人の国へ招待するのニャ。そこでお前にはその国で一番偉いお方に会ってもらうのニャ」
「あら、素敵なお誘いですね。いいでしょう、私をその国へ連れて行ってください。そこでは一体どんな暮らしが待っているのかしら」
カレン姫は自ら獣人の少女、ミャーコの手を取ってその身を任せました。ミャーコはその手をしっかりと掴むと駆け出しました。"あのお方"の待つ獣人の国へと。
それがミャーコに課せられた使命だったからです。カレン姫は"あのお方"の妃となるべくしてさらわれたのでした。こうしてカレン姫は獣人の国で助けを待つ囚われのお姫様となったのです。
そして、それからしばらくして。とある男がカレン姫の元のお城に現れました。王様が出したカレン姫の捜索任務を受けるためです。
王様は腕に自信のある男たちを徴集し、行方不明となったカレン姫を探させようとしたのです。
そして、そのひとりである男はカレン姫を助け出すために旅立ちました。すぐにその男はその勇敢さから「超絶勇者ブレイブマン」と称えられる英雄となりました。
しかし、未だカレン姫をお城に連れ戻すことは叶いません。獣人の国は人里から遠く遠く離れた断崖絶壁の山奥にあり、容易には近付くことができないのです。
それでも何度も登頂に挑戦しましたが、そのたびにミャーコにそれを阻まれているのです。ただしブレイブマンは決してミャーコに負けているわけではありません。
ブレイブマンは何度もミャーコを追い詰めましたが、いつもお互いに大きなダメージを負って撤退せざるを得なくなるのです。
あるいはミャーコのほうからブレイブマンに勝負を挑みにやってくることもありますが、やはりその決着はいつもつきません。それはふたりの実力が完全に拮抗しているからでした。
はてさて、ブレイブマンはいつの日にかカレン姫を救い出すことができるのでしょうか?
「超絶勇者ブレイブマン! ここで会ったが、百年目。今日こそは、この私、――悪の女幹部である地獄のミャーコ(本名:佐藤愛)が貴様をぶっ倒すニャ! にゃはははははは!!」
「また現れたか、地獄のミャーコ! この俺、超絶勇者ブレイブマン(本名:緋色勇気)が受けて立ってやる! どっからでもかかってきやがれ!」
「いい度胸ニャ! しかーし、ここが貴様の墓場となるのニャ! 食らえ、必殺猫パンチ!!」
――これは、本当のヒーローと本当の悪との戦い。そして、愛と勇気の物語。