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言ってはいけない地名

作者: 相川 健之亮

俺はとある不動産会社に勤めている。


業界の最近のトレンドは「地震」と「防災」だ。

3.11で、災害の危険性と対策の必要性が叫ばれ始めたこともあり、都市直下型地震や南海トラフ巨大地震を見据えた家造りや土地開発に注目が集まっている。


うちの会社は国から仕事を請け負うことも多々あるため、防災関係の仕事も多く舞い込んでくる。


そのため、太平洋側の地域への出張が増えた。

いつもは都内の窮屈なオフィスに閉じ込められているため、出張できるのは嬉しい。


で、基本は東海方面に行くことが多かったんだが、この間は珍しく四国に行ってきた。

その四国の出張中に体験した話をしようと思う。




四国の出張は出発の前日からわくわくしてなかなか眠れなかったのを覚えている。


羽田から飛行機で1時間半で着いてしまうが、飛行機から降りると気温や湿気の変化が分かった。

沖縄ほどではないが、始めて踏み入れる四国は異国の地に来たような感じがあった。


1日目は現地の視察を行った。

それが夕方に終わるとすぐに飲み屋街へ急いだ。


太平洋側で漁も盛んに行われているだけあって、海鮮の類は旨かった。何より鮮度が違う。

それにつれて酒も進み、あっという間に酔っ払った。


一緒に出張に来ていた先輩の知り合いの、Aさんという人が、途中から合流した。

Aさんは気さくで豪快な地元の人で、飲み屋街を案内してくれた。


最初はプライベートな身の上話が主だったが、何軒かはしごして行くと、なぜか仕事の話になっていった。


Aさんは地元の賃貸不動産会社で働いている。

近年の不況でテナントの空室率が上がってしまっており、四国の不動産事情もなかなか厳しいらしい。


若者の県外への流出に歯止めがかからず、身寄りのない老人も増え、孤独死も多くなってきている。

一軒家だけではなく、賃貸物件での孤独死も増え、いわゆる事故物件化して借り手がなかなか付かなくなっている、ということをAさんは赤くなった顔で話してくれた。


「俺も東京の会社に転職しようかな。」

と冗談とも本気ともとれるようなことを言っていた。


そこで、先輩がこう切り出した。


「やばい事故物件ってあるのか?」


先輩はオカルト好きで、本社にいる時もしばしば事故物件の話をしている。


Aさんは笑って答えた。

「あるよ。四国は多いぞ。」


先輩はそれを聞くなり身を乗り出して、聞かせてくれと言った。


Aさんは

「そんなに興奮するなよ。とっておきのを聞かせてやる。」

と言って、次のようなことを話し始めた。




「忌み地」って言葉知ってるか?

例えば幽霊が出たり、人に不幸が起こったり、怪異が起こる土地のことだ。

四国ではその「忌み地」とされる場所が点在している。

それらのほとんどは怪異の原因は推測できる。

戦国時代に大きな合戦があったとか、

江戸時代の大津波で多くの犠牲者が出たとか、

いくつもの古墳が出土したとか、

そんな、何かしらの曰くはあるもんなんだ。


だが、全く分からないものもある。

それがこの土地だ。

だが、絶対に声に出して読むな。頭の中で読むだけだ。




Aさんはそこでペンを取り出すと、割り箸の包み紙の裏側へとある地名を書いた。



「○○○」

と書かれている。

なんの変哲もない、よくある地名に見える。読み方も簡単に分かる地名だ。




この地名は、声に出して読んではいけない地名なんだ。

ネットの掲示板なんかでも話題になったことがある。

不動産屋としてこの土地の物件の賃貸契約をする時も、決してこの地名は読まずに契約を進めるんだ。

特に、この土地の中に入って、この地名を声に出すのがまずいらしい。

祟りなのか、この地名自体がなにかの呪いなのか、判然としないが、とにかく読んだらだめなんだ。

そうやって代々受け継がれてきてる。

地名を声に出すことができないんだから、当然その土地にまつわる行事や、読むことのできる媒体も減る。

だから、その地域だけ無いんだよ。あって然るべき民間伝承や風俗の情報が。

だから、この怪異の原因も何も分からないんだ。




そこまで話すと、Aさんは片手に持っていた焼酎で喉を潤した。


「マジで怖えな。」

先輩はそう言っていたが、興奮していた。楽しんでいるようにさえ見えた。

そしてこう言った。

「なあA、そこに連れてってくれよ。名前を言ってはいけない地名の土地に。」


それを聞いて、Aさんは少し青ざめたように見えた。

「それだけは勘弁だな。何が起こるか分からんし。べつに観光で行くようなところでもないぞ。」

そう言って、先輩の頼みを断った。

だが、こう付け足した。

「場所とアクセスくらいは教えてやる。だが、あくまで自己責任だ。」


Aさんは地図を取り出し、アクセスを簡単に説明してくれた。


先輩は「サンキュー」と言っていかにも楽しげだった。

対照的に

「忠告はしたからな。」

と、何度も予防線を張るAさんの様子はただ事ではないように思えた。




翌日、海岸沿いの地域の視察を早めに終えた後、先輩に連れられて(くだん)の地域に行くことになった。

抵抗感がないわけではなかったが、好奇心の方が強かった。


〇〇〇は市街地から車を1時間ほど走らせた山の中にあった。


〇〇〇は2本の川によって区切られている地域で、〇〇〇へ入るには小さな橋を渡る必要があった。

その橋の前に車を止めて、歩いていくことにした。


木々が多く、日も暮れかけていたため、周辺はうっすらと暗くなっていた。

だが、何か異様な感じを覚えたりすることはなく、いたって普通の地域のように思えた。


橋を渡って、狭めの道路を歩いていくと、いくつかの民家が現れた。

そして、少数の出店が集まっている、小さな商店街のようなところに出た。


「なんだよ。全然普通のところじゃないか。」

先輩は拍子抜けしたような、がっかりしたような声で言った。


よくある、古き良き、明るそうな雰囲気の地域だった。

自然も豊かで、住民はのびのびと生活しているようだ。


「もう暗くなるし、帰るか。」

と先輩が言った。

そして、

「Aも大げさだったな。〇〇〇なんてよくありそうな地名を持ち出して、上手いこと俺らを怖がらせたかっただけだろうな。」

と続けた、その時だった。


周りにいた住民の声がピタッと止んだ。


歩いていた人も談笑していた人達も動きを止め、こちらを向いて凝視している。

一瞬何が起こったのか分からなかった。


だが、すぐに気づいた。


先輩が声に出してしまった。〇〇〇と。

それが原因だ。それしか考えられない。


住民たちはこちらに近づこうとはせず、じっとこちらを見つめている。彼らは無表情だったが、、何かを糾弾するような視線だった。


普段陽気な先輩もさすがに慌てていた。

「ええと、すみません。」

と、周囲に頭を下げた。

しかし、住民の視線は俺たちを射抜き続けていた。


「逃げるぞ。」

そう言って先輩が走り出したのを合図に、俺たちは商店街を駆け出した。


住民は走っている俺たちを目では追っていたが、実際に追いかけてくることはなかった。

だが、出店や民家の中からも見られているような気がして、地域住民の異様な雰囲気にゾッとしながら走りつづけた。



橋を渡り、車までたどり着くと、一目散に車を走らせた。

追手はなかったが、とにかく一秒でも早くあの地域を離れたかった。

帰りは先輩も無言で、少しぐったりとしていた。


その日は、さすがに飲み屋には行かず、そのままホテルに戻った。


先輩は

「なんか、喉が痛いんだよ。風邪でもひいたかな。」

と言って部屋に入って行った。




翌日も海岸沿いの地域の視察だった。

だが、依然として先輩の体調は悪そうで、顔色が良くなかった。

「熱はないんだけどな。」

と言っていたが、俺にはなんとなく嫌な予感があった。


昼食をとるため、車に乗って店を探している時だった。

先輩が苦しそうな声で言った。

「ちょっと、車を止めてくれ。」

運転していた社員が車を路肩に停めると、先輩は呻きながらドアを開けた。


そして、アスファルトに膝をつき、そのまま倒れてしまった。

俺が急いで駆け寄ると、先輩は口から大量の血を吐いていた。血は鼻からも出ていて、苦しそうな声を漏らしていた。



先輩はすぐに救急車で病院に運ばれた。


緊急に手術が行われ、俺たち社員も仕事を中断して病院で先輩が助かるのを祈っていた。



「手術中」の明かりが消えると、担当した医者が姿を現した。

そして、開口一番こう言った。


「あなた方は同じ会社の人でしょ?どうしてあれを言うのを止めてあげなかったんですか。」


医者曰く、ときどき先輩のような症状の患者が運ばれてくるという。

決まって、県外からの来訪者で、〇〇〇を口にしてしまった人らしい。


「これから2週間入院してもらいますが、あそこに入っとらんなら大丈夫でしょう。なんとか助かると思います。」

医者はそんなことを言っていたので、俺はおずおずと、昨日例の地域に行ってしまったこと、そして、先輩はそこであの地名を声に出してしまったことを伝えた。


医者は途端に、険しい顔になり、

「じゃあもう彼はだめかも分かりません。あなたは言ってないから大丈夫でしょう。けど念の為、近くに大きな寺がありますから、あなたはそこでお祓いをしてもらいなさい。」


そう言って、手術室へ引き返していった。




先輩の体の状態については、後から聞いた。

なんでも、食道と胃の一部に潰瘍ができ、それが裂けて大量の出血が起こったらしい。

その裂け目はまるで、するどい爪か何かで引っ掻かれたような傷になっていて、喉の辺りも傷だらけになっていたとのことだ。



俺は〇〇〇を言わなかったからか、お祓いを受けたからか、特になんともなかった。

だが、あのとき先輩を止めていれば、という自責の念は消えない。



先輩は一命はとりとめたらしいが、休職し続けている。


噂では、寺に住み込みでお祓いを受けている、とか、潰瘍が裂ける症状が止まらず入院し続けている、とかいろいろ言われている。


なんにせよ、命があったのなら、本当に良かったと思う。




ただ、もしあの時、自分も〇〇〇を口に出していたらと思うとゾッとする。


先輩の体に起きた、あれはなんなのだろうか。


〇〇〇という言葉自体が何かの呪いなのだろうか。


だがあの時、俺たちを取り囲んでじっと見ていた住民たちの姿を思い出すと、彼らの俺たちに対する意識や念が先輩の命を奪おうとしたようにも思える。




「言ってはいけない地名」は本当にある。


もしかするとそれはありふれた姿をして、地図の中に紛れて、すぐ近くにあるのかもしれない。

ひっそりと獲物を待ち構えるかのようにして。

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