ダーインジュの森での一幕
ダーインジュの森。
それは帝都の東に広がる森である。
街道から近く、主に低ランクの魔物しか発生しないことから帝都を根城とする駆け出し冒険者にとっての良き練習場である。
今回、二人の姉妹が受けたクエストはこの森の奥にある魔力地帯から薬草を採取するというものだ。
魔力が濃いほど魔物が強くなるため、たとえ低ランク魔物しか発生しなくても専門家兼なんでも屋である冒険者にこうした仕事は回ってくる。
森はそれほど広くもなく冒険者向けの遊歩道が整備されているほどには安全だ。
しかし、魔物というものは油断できないものでありどんな雑魚でも背中は決して見せてはならないらしい。
宮廷魔法使い時代に宮廷の衛兵からそう教えてもらったのだが、まさかその教えが役立つとはなぁ。
初めての冒険に少しばかり緊張する。
ここは魔物の住まう森。人間の住む領域ではない。
いつ襲われてもおかしくないのだ。
「なにをそう怯えているの」
周囲を警戒していると下から声がして少し驚く。
レアだ。背が小さいから視界に映らなかった……ただそれだけ。
彼女は自身の体よりも長い槍を右手に持ち、軽鎧を着こんでいた。
俺よりも年下なのに冒険にはなれている節がある。
槍を持つ様も宮廷の兵士のようにしっかりと運んでいるし、鎧も邪魔そうには見えない。
シアの方も軽鎧を着込み腰にレイピアらしき剣をぶら下げていた。
あまりにも動きが自然だったので気づかなかったが、短剣やポーション等の装備も身に着けている。
さすがは冒険者といったところか。
「いや、冒険に出るのは初めてで……少し緊張してたんだ。ほら、魔物だっていつ襲ってくるかわかんないし」
「そんなのでよく冒険者になろうと思ったの。身の程を知った方がいいの」
グゥの音も出ない正論だ。
攻撃魔法は使えるし、剣もそこそこ使えるが俺は研究者だ。
争ったりするのは性に合わない。
「こら、年上でしょ。せめて名前で呼んであげなさい」
「わかりました……エルロット」
怒られてシュンとする。
レアはお姉さまであるシアには従順だ。言われたことは素直によく聞く。
「二人は冒険者になってから長いのか。ほら、手慣れてるっていうか」
「そうね。長いといえば長いわ。でも、帝都に来たのもギルドに登録したのもついこないだよ。ほら」
シアのギルドカードをチラッとみる。
ランクはF。俺よりも一つ上。
なるほど、俺と同じでなんだかの事情を抱えているってことか。
帝都出身じゃないみたいだし。別の土地で冒険者と似たようなことでもやっていたのだろう。
詮索はすまい。
「エルロットはどうなの? 冒険は初めてでも剣使えるんでしょ?」
護身用に持っている剣を見ながらシアはそう言った。
そうか、剣を持っているから剣士に見えたんだな。
俺は杖を取り出した。
「いや、それは護身用。本職はこっち」
「魔法使い……後衛職だね。よかった…それなら、私たちとも連携が取りやすいわ」
「そうか、二人とも前衛か。俺がサポートに回ればいいんだな」
冒険者の戦い方なんて知らないから大したサポートはできないだろうけどこっちは元宮廷魔法使い。
魔物くらい火力で圧倒してやるわ。
彼女たちの話を聞いて少しばかり意気込んだ。
そんなこんなで森を進んでいると案の定、魔物とエンカウントした。
狼の魔物おそらく、ヘルハウンドだ。
それが3匹。強いとは聞いてこともないし、こんな初心者向けのところに出るのだから大した魔物ではないのだろう。
「お姉さまは後ろへ下がってください。エルロットはなんでもいいから魔法使ってなの」
シアが下がりレアが前へ出る。
これが二人のいつもの陣形なのか、エンカウントしてすぐに武器を構え要撃準備。
うーむ、魔法を使えと言われても何がなんやら。
炎系の魔法は森だからダメだとして水系とか氷系か? いや、狼なら土系でもいいな。
って迷ってる場合じゃないか。
俺はポーチからポーションを取り出す。
これは俺が追い出されたときに持ち出した私物のポーションだ。
戦闘用なら普段使わないから在庫はたくさんある。
この際だからこいつを使っちまおう。
魔法を詠唱するのもめんどくさいからな。
「レア。いくぞ」
「魔法? 詠唱無しなの?」
俺がひょいと投げつけるとポーションは狼の手前で割れた。
よし、想定通りの位置だ。
「くらえ、エクスプロージョン!」
俺の声をトリガーにポーションが魔法を発動させる。
あのポーションは爆発魔法を再現したものだ。
材料は火竜のウロコにスライムの粘液、鉱山コボルトの排泄物で、火竜のウロコ以外は入手しやすく作り方もとても簡単なので研究の息抜きの時に作っておいたものである。
中程度の爆発。
安価に作ったものなので威力はさほどない。
けれどもヘルハウンドくらいなら一撃で吹き飛ぶだろう。
煙が晴れるとそこには爆発で抉れた地面に吹き飛んだヘルハウンドたちの死骸が転がっていた。
「へ?」
シアが間抜けな声を漏らした。
爆発魔法を見るのは初めてなんだろうか。
「今のは何なの……なの」
「爆発魔法のポーションだよ。ちょっとオーバーキルだったけど、俺の力を示すならちょうどいいかなって」
「帝都には変わったポーションがあるのね……」
ごくごく普通のポーションなんだが。
まぁいい。
初めての戦闘だったがヘルハウンドの群れを倒せたのだ。
これで俺も立派な冒険者だ。
「よし、魔力帯はこの奥なんだろ。さっさといこうぜ」
薬草の群生地はもう少し先だ。
面をくらったような不思議な顔を浮かべる二人を連れて森の奥へと進んだ。