はじめてのギルド
最も簡単に作れるポーションとは何か。
そう問われたならば専門家である俺はこう答えるであろう。
回復のポーションである、と。
帝都の東側、あらゆる商店が立ち並ぶ大通りの中にその建物はあった。
外からの見た目は普通の商店だ。
看板さえみなければどこにでもある普通の商店に見えるだろう。
しいて特徴を挙げるならば、繁盛しているくらいで帝都をよく知らない人たちはなんであんな商店に人が集まっているのだろうと疑問に思うはずだ。
といってもその疑問は看板を見れば一瞬で氷解するのだが。
冒険者ギルド。
そこは冒険者と呼ばれる職業にとっての職場のような場所である。
帝都の住民や貴族、団体からクエストと呼ばれる仕事の依頼が冒険者ギルドに集まり、冒険者たちはクエストを達成することでギルドから報酬を得る。
依頼内容によっては金貨数千枚分の報酬がかけられていることもあり、一獲千金を夢見る人々にとっては誰しも憧れる職業だ。
はてさて、なぜいきなり冒険者ギルドの話が出たのか。
それはもちろん、俺も冒険者として登録するためだ。
計画その1”簡単に作れるポーションを作って販売する”を実現するには冒険者となるのが一番手っ取り早い手段なのだ。
冒険者として登録
↓
素材を採取する依頼を受ける
↓
依頼のついでに自分用の素材も採取
これなら依頼を達成して報酬を得られるし、ポーションの素材も集められる。
それに依頼達成の名目としてこのあたりで素材が採取できる場所の情報も得られる。
一石で二鳥も三鳥も得られるというわけだ。
「ふっふっふっ我ながら完ぺきな計画……」
「なにブツブツ呟いてんだ新人。気持ち悪いからさっさと受付に行きやがれ」
おっと、イケナイ。つい心の声が漏れてしまった。
宮廷の工房にこもりがちだったから、たまに独り言をこぼしてしまうのだ。
周りの人から見ると魔法使いがブツブツと言いながらポーションを作っているのは気味が悪いらしく、宮廷内でもしょっちゅう注意されたものだ。
反省反省。
ちなみに今、俺を注意してくれた人は親切にもギルドについて説明してくれた冒険者のおっさん(38歳人族男性)だ。
ギルドに行けば冒険者になれるとしか知らなかった俺に手取り足取り冒険者のなり方について教えてくれたのだ。
宮廷勤めで世間知らずだったのでとても助かった。
これで俺も冒険者デビューってわけだ。
……。
無事に受付を済ませた俺は念願の冒険者カードを手に入れた。
冒険者カードは一種の魔道具である。
カードの表に記された冒険者の名前や冒険者ランク等といった情報が書かれており、必要に応じてギルドにある特殊な魔道具で書き換えられることができるのだ。
グリムの奴が作ってるようなものよりも簡素であるがこれも立派な魔道具。
思えば、魔道具である冒険者カードが昔から普及しているのも安くて使い捨てがきくからなのだろう。
ちなみに俺のランクはG。
駆け出しはたとえ元宮廷魔法使いであっても最低ランクから始めるのが一般的だ。
さてと。
じゃあ、目的どおり素材採取のクエストでも受けてこなそう。
初めてギルドに来たがクエストが張り出されるクエストボードの場所はわかりやすかった。
出入り口の正面に受付があり、クエストボードはそこから少し奥にいったところにあるのだ。
冒険者たちが集まっているから受付を出てすぐに目についたのだ。
これもあのおっさんから仕入れた情報。
いつか大物になったら豪華ディナー(ポーション祭り)でも奢ってやろう。
人垣をかき分けて初心者用のクエストを探す。
素材の採取はクエストの中でも低ランクな物が多い。
特にこの帝都だと若い冒険者では討伐の難しいモンスターが出ることもなく比較的安全なため、俺のような冒険者になりたての奴でも無条件でクエストを受けることができるのだ。
「お、あった。あった。これだ」
お目当ては薬草、グリーンハーブ採取のクエストだ。
回復薬の材料でもあり、ポーションの材料にも使える魔草の一つ。
街でも栽培しようと思えばできなくはないが、魔力の濃い土地ほど効果が高くなる。
帝都周辺だとさほど魔力が濃くないため、効果はたかが知れているが需要は多い。
さっそくこのクエストを――。
「!」
クエストの張り紙を取ろうとして他の手とぶつかった。
「あ、すみません」
俺以外にもこのクエストを取ろうとしていた人がいたらしい。
ちんまりとした栗色の髪の少女だ。
おそらく、俺よりも年下……ってことは俺と同じ駆け出し冒険者だろう。
こういう場合はどうするのが正解だろうか。
ゆずる?
だけど、これ以外に薬草を採取するクエストはない。
手をこまねいていると少女側からアプローチがあった。
「このクエストはひ…私たちが受けるの。だから、あなたは私たちにゆずるのよ」
その物言いにムッとする。
ほぼ同じタイミングなのにゆずれだなんて。
「いやいや、俺だってこのクエスト受けるつもりだったんだ。のこのこ引き下がれるわけないだろう」
「黙るのよ。クエストなら他にもあるのよ。あなたはそっちのクエストでもやってればいいのよ」
「そっちこそ、このクエストをやる必要はないだろ。俺は最初からこのクエスト狙ってたんだから」
「それなら私も同じなの。今日はこのクエストをするってお姉さまに言われたんだから」
そう言って少女は強引にクエストの依頼書を奪い取った。
「おいちょっと! 待てよ」
「待てと言われて待つのはバカだけなの」
く……このままじゃ持っていかれる。
あれ以外に良さそうなクエストはない……このまま引き下がって新しいクエストが来るのを待つか。
ん、いや待てよ。
別に俺がクエストを受ける必要なんてなくないか。
報酬を得て一石二鳥……ってのはなくなるけど、俺の目的はポーションの材料である薬草を手に入れることだ。
そう、つまりあの少女の向かう場所に行けば薬草が手に入るってことだ。
俺は早速、少女のあとをつけることにした。