彼女の見た夢。
削除せざるをえなかった物語の主人公視点の話です。
約3年前から連載をしていたものの一部です。
私は竜胆玲奈。
中学校の卒業式を終えたばかりの少女です。
今日は妹に頼まれたロールケーキを買う為、私だけ家族と別れ、ロールケーキを販売しているケーキ屋さんのある駅に行き、お目当てのロールケーキを買い終えて、また電車に乗るために、駅のホームで電車を待っていました。
「玲奈。 玲奈の家って二つ先の駅だよな?」
私に声を掛けてくれたのは、親友の剣持瑠衣ちゃんでした。
私は卒業式を終えたばかりでしたが、積もる話もあり、駅のホームで一時間も話込んでしまいました。
妹から、「お姉ちゃん帰りが遅いけど、まだかな?」とメールが来たので、瑠衣ちゃんとまた会おうねと言い、お別れをしました。
私は最寄りの駅を降り、妹が待ちきれないと思って、家までの距離を短縮しようと、公園を横切る事にしました。
これがいけなかったのか、私は暴漢に襲われている母子を見付けてしまいました。
母親らしき女性は、腕から血を流して地面にへたり込んでいて、その女性を守るように、小さな男の子が刃物を持った男の前に立っていた。
私は警察に連絡をしてから、母子に襲い掛かろうとしていた男に鞄を投げ付けていた。
私は怯んだ男を突き飛ばし、母親を立ち上がらせて男の子と一緒に逃げようとした。
でも、男は直ぐに立ち上がっていて、刃物を男の子に振り下ろそうとしていた。
私は男の子を庇い、男に背中を刺された。
鋭い痛みが私を襲う。
背中から熱と力が抜けていく感じがした。
それでも、私は母子に、
「早く逃げて!」と、叫んだ。
私は未だに男が母子を襲おうとしているのを見て、行かせるものかと、男の腰に抱き付いた。
私は母親に愛されていない。
だから、母親を守ろうとする男の子が大切な母親を失ってはならないと思って無謀とも言える行動に出てしまった。
叫ぶ男が私を振りほどこうとしたけど、私は決して男を放す事はしなかった。
苦し紛れに数回刺された。
私は母子の無事を祈りつつ、近くの交番から来たと思われる警官の声を聞くと意識を手放した。
私は死んだ筈だった。
なのに、私は赤ん坊として母親らしき桃色の髪と瞳の女性に抱かれていた。
私はリリスと名付けられた。
産まれてきた子供は、正教会から大神官が祝福を与えに来るのが通例らしく、その時にスキルも判明するようだ。
大神官は、私を鑑定したけど、顔色が悪くなっていき、「こ、この赤子は邪神の御子だ!」とか、訳のわからない事を言ってきた。
そして、私を指差し、この町が不幸にならないために、お前達家族で邪神の御子を殺すのだ!と言い、足早に去って行った。
私は産まれて直ぐに殺されてしまうのかと、諦めていたら、私の家族は私を魔女のユーリーに預けて、死んだことにしてくれた。
私の家族は産まれてきたばかりなのに、ごめんねと、謝りながら、私の幸せを願い、私を魔女ユーリーに託した。
私はユーリーに育てられる事になった。
私がユーリーに預けてられてから、一月程経ったある日、それは起こった。
深夜の町は、結界に覆われ、その結界の中に居る町の住民は、邪神の御子が産まれた穢れた町として、浄化、いや、虐殺され、町は焼けただれた土と、瓦礫と、人々の骨の山だけが残る廃墟と化していた。
私はユーリーの家に居ながら、遠く離れた町の様子を自身に宿していた神眼で全て見ていた。
なんの罪も無い人々を、たかが1人の赤子のステータスが見れないからと、邪神の御子に認定したばかりか、その町まで焼き払う大神官と、正教会に私は怒りが込み上げていた。
どうして私は赤ん坊なのだろう。
今は泣く事しか出来ない。
悔しくて、悲しくて、私は泣きまくった。
「リリス、見てしまったのね。 でも、憎しみに囚われてはダメよ。 貴女は一人じゃないわ。 貴女には私が居るわ。 忘れろとは言わないから、貴女は無念の死を遂げた皆の分幸せになりなさい。」
ユーリーは、私を優しく抱き締めた。
今はこの温かいユーリーの温もりが私の全てだった。
あれから10年経とうとしていた。
ユーリーに育てられ、私は幸せな時間を満喫していた。
今日はユーリーの誕生日。
私は豊穣の森にあるダンジョンで、修行のついでにモンスターを狩り、ユーリーに送るプレゼントも入手していた。
私とお揃いの髪飾り。
今までユーリーの事をお母さんと呼べなかったけど、今日はお母さんと呼ぶんだ。
私はユーリーと住んでいる魔女の庵に帰った。
何時も私を笑顔で迎えてくれるユーリーの姿が無い。
テーブルには、『正教会から呼び出しがあり、北西の平原に行ってくるので、お留守番をしていて。 私の誕生日を祝ってくれるのに、出掛けてしまってごめんね。』と書いてあった。
正教会。
私は嫌な予感がした。
私は普段発動しない神眼を使用した。
張り付けにされたユーリーの姿があった。
私は魔女の庵を飛び出した。
一刻も早くユーリーの元に向かわなければならない。
私はユーリーを失いたくなかった。
ユーリーは、同じ魔女の姉達を正教会に人質に取られて抵抗出来ないまま、張り付けにされた。
人質のユーリーの姉達は、ユーリーの前で正教会の連中に殺されてしまった。
それから、ユーリーをいたぶるように、誰が矢を当てるか競うゲームを始めた。
矢はユーリーの肩や、足、腕等に当たり始めた。
やめて! やめてよ!
私のお母さんを傷付けないでよ!
「邪神の御子を匿った魔女め! この俺が浄化してやる!」
大神官が放った矢がユーリーの胸に突き刺さるのと、私がユーリーの側まで来たのは同時だった。
「ユーリー!」
私は張り付けにされたユーリーの拘束を一瞬で解き、彼女を優しく抱き締めた。
「リリス・・・、わ、私の可愛い、娘・・・、貴女のこ、と、愛して・・・。」
ユーリーは私に微笑むと、瞳を閉じてしまった。
段々とユーリーの身体が冷たくなっていく。
「い、嫌だよ。 わ、私、ユーリーにお、お母さんて、言っていないよ・・・。」
ユーリーとの10年間、私は幸せだったんだよ?
天涯孤独な身になった私をユーリーは愛してくれた。
沢山の事を教えてくれて、沢山の素敵な場所にも連れて行ってくれた。
この腕の中に居るユーリーは、もう私に話掛けても、微笑んでも、頭を撫でて誉めてもくれない。
愛する母であり、親友のような年齢不詳な美人。
私はユーリーと一緒に居るのが好きだった。
それを、正教会、お前らが、お前らが・・・。
私はユーリーを失った悲しみを正教会に対する怒りに変えていく。
「魔女ユーリーは、死んだ! 次は魔女の匿っている邪神の御子を始末するだけだ!」
大神官の笑い声が私の感に障る。
「ユーリー、少しだけ私の空間収納に入っていてね・・・。」
私はユーリーの身体を自身の空間に仕舞う。
生きている者は入らない空間に、ユーリーの身体が入った事に、もう、ユーリーは死んでしまったんだと、胸がズキリと痛んだ。
私はユーリー一人だけを殺す為に、集められたであろう、正教会の信者達を見回した。
誰もがニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていて、誰が魔女に矢を当てたか等と人の命を賭けの対象にしている者までいた。
「どうしてユーリーを殺した?」
私は強く周りに響くような声を上げた。
「邪神の御子等という邪悪な存在を匿っているという神託があったからだ。」
それゆえ、邪神の御子を匿った魔女ユーリーは、死罪、ついでにユーリーの姉達も死罪にしたと言う大神官。
「小娘よ。 魔女ユーリーは大罪人だ。 邪神の・・・」
「邪神の御子なんて存在は居ない! それはお前が創った偽りの存在だ!」
私は大神官を睨みつける。
「10年前、ある町に赤子が産まれた。 お前は祝福を与えようと、赤子を鑑定したが見えなかった。」
「それは、大神官であるお前には都合が悪かった。 何故なら、『何でも鑑定出来る目』を持つ者で無いと、大神官の職を降ろされるからだ。」
私は大神官にそう断言する。
「お、俺に鑑定出来ぬ者なぞ存在しない!」
「じゃあ、私を鑑定してみろ、三流神官様・・・。」
私は冷たい目を大神官に向ける。
「何だと! ・・・! き、貴様は!」
やっと気付いたか。
「10年前、お前が鑑定出来なかった赤子が私だ。 で? この10年間に邪神の御子とやらは、何か悪い事をしたのかな?」
邪神の御子が居ると、モンスターが活性化するんだっけ?被害はどうなのよ?
「だ、黙れ! お前が力を付ける為に、時間が必要だったのだろう?」
苦しい言い訳だな。
「私はお前に故郷と家族を焼かれ、それでも怒りを、憎しみを胸に仕舞い込んだ。」
幸せになりなさいと、ユーリーに、母に願われたから。
でも、そのユーリーはもう私を抱き締めたり出来ない。
何故お前達正教会は、私の大事な家族を奪う?
許さない。
「お前の行いによって、どれだけの人の幸せが踏みにじられた? お前が大神官の地位にしがみつく為に、どれだけの悲しみが、無念が・・・。」
私はお前を許さない。
私は家族もユーリーも他の人々の暮らしを、幸せを奪ったのだから・・・。
「大神官及び、残酷な仕打ちをしても良心の呵責も無い外道共! 私を邪神の御子とするのなら、貴様達は何だ? 何の罪も無い人々を虐殺したお前達正教会は? お前達はただの神の名を語る快楽殺人者の集団だ。」
「これ以上お前達に他者の幸せを奪わせない!」
お前達は此処で私に殺されろ。
前世を含めて初めて本気で誰かを殺したいと思った。
『やめなさい! 貴女はこんな事をしてはいけない。』
そんな声がした。
だけど、私は正教会が、大神官のやり方が許せなかった。
だから、
「さあ、お前達が10年前殺し損ねた邪神の御子が此所にいるぞ! お前達の正義とやらを私に見せてみろ!」
私は奴等にとって、邪神の御子で良い。
私にはもう失うものなど無いのだから・・・。
奴等が私から奪ったのだから・・・。
私も、奴等から奪うよ。
奴等の未来を・・・。
「消え去るが良い! 敵は一人だ撃て!」
大神官の号令に一斉に魔法や、矢を放ってくる正教会の信徒達。
矢はほとんどが外れ、魔法は直撃する。
「これで全力か? こんな弱い攻撃で全力なら、正教会ってのは、盗賊でも入れそうだな。」
私はつまらなそうに言う。
「な、生意気なガキが! 全力だ! 全力の攻撃魔術で奴を撃て!」
先程より強い魔法が放たれた。
やっと本気か。
私は神眼を発動する。
『思考加速』、『並列思考』、『精密射撃』、『多重展開』、そして力ある言葉を紡ぐ。
高速思考により、時間の流れがゆっくりと感じるようになる。
並列思考により、私の意識は同時に五つの事を同時に出来るようになる。
精密射撃スキルで、私に向かっている魔法を全てロックオンする。
多重展開により、魔法を複数放つ事が出来るようになる。
私の選ぶ魔法は、『魔法の矢』だ。
「対象をフルロックオン。 全ての物を撃ち抜け! 『魔法の矢』!」
私が放った魔法の矢は、数百の光の尾を引き、大神官達の放った魔法を全て撃ち抜いた。
空中に咲く光の華を見た正教会の信徒達は、「ば、化け物だ!」と逃げ出し始める。
誰が逃げて良いと言った?
私は魔法の矢の第2射を放つ。
お前達は、磔にして動けなくしたユーリーを笑いながら弓で狙って射っていただろ?
次はお前達が的だ!
私は奴等のようにいたぶったりはしない。
心臓か、頭を正確に撃ち抜く。
魔法障壁を張ったようだが、ムダだよ。
私が何万回、いや、それ以上にこの魔法を撃ったか分かるまい。
お前達のちゃちな魔法障壁なぞ、紙みたいなものだ。
私は大神官以外を殺した。
大神官は両足を魔法の矢で焼き切られてそれでも残った両手を使い、私から逃げようとした。
私は大神官の背中を足で踏み、逃げられないようにした。
「おい、誰が逃げて良いと言ったんだ?」
私はこんなに冷たい声を出せるなんて思わなかった。
大神官はガタガタ震えている。
「お、俺が悪かった! だ、だから助けてくれぇ!」
うるさいから、右腕を吹き飛ばした。
「お前の行いで沢山の人が死んだ。 自分がだけが生き残るなんて不公平だと思わないか?」
現に、この場所には私と大神官以外居ない。
「た、頼む。 俺には家族が・・・。 ぐべっ!」
いちいちイラつかせる奴だ・・・。
「私はたった一人の家族をお前に殺されたんだ! 何故そんな奴の家族を気にしないといけない?」
私はそんな事を言いながら、怒りに任せて殺してしまった正教会の信徒にも家族が居る事を考えに入れていなかった事に気付いてしまった。
哀れに命乞いをする大神官では無くなるであろう男を許せない気持ちがあったが、私はユーリーの姉達の遺体を回収し、奴に背を向けて去る事にした。
最早あの状態では、遠く離れた正教会のある町には着けないだろうし、運が悪ければ獣のエサにでもなるだろう。
そう考えた。
だけど、クズはクズであったようだ。
「俺に家族なんざいないんだよ! 邪神の御子よ! お前は此処で死ぬべきなんだ!」
残った左腕を此方に向け、魔法を放つ大神官。
「だろうと思ったよ。」
私は火炎魔法を使い、大神官の魔法を腕ごと吹き飛ばし、正教会の信徒達の死体も焼き尽くした。
お前はそこでの垂れ死ね。
私はそう吐き捨て、その場を後にした。
私はユーリーとその姉達を、魔女の庵の庭にある一角に埋葬した。
私はユーリー達のお墓の前で一晩泣き明かした。
私は独りになってしまった。
ご飯は二人分作ってしまうし、ユーリーの名を呼んでいたり、会うことも出来ないのに、姿を探したりした。
毎晩ユーリーが殺されてしまう夢を見て、主の居ないユーリーのベッドで眠れない夜を過ごした。
私がもう少し早くユーリーの元に辿り着いていれば・・・。
悲しくて、胸と心がズキリ、ズキリと痛んだ。
後悔と悲しみでどうにかなりそうだった。
そんな毎日を過ごしたある朝の事だった。
誰かが私を呼んでいるように感じた。
私は豊穣の森にゆっくりと入っていった。
「痛い! 耳をかじるな! 頼むから、起きてくれ~!」
可愛らしい声だけど、何だか痛いって言っている。
私はその声を頼りに歩いていく。
罠とかでも構わなかった。
もう、私には何も無かったから・・・。
そして、森の中で少しだけ開けた場所に出た。
そこは大きな木が一本だけあり、その根本にリンゴを入れる木箱が置いてあり、その木箱から例の声が聞こえてくる。
「あ、アタシの耳は食べられないからな! だから、お願い、起きろ~!」
箱の中の子は、耳がピンチらしい。
私は釘で止められた蓋をギギギっと、開けてみた。
私って以外と力持ち。
そんな事を思っていた私と、箱の中の子の目が合う。
蒼く澄んだ瞳が涙で潤んでいる。
可愛いコーギーちゃんだ。
私は蒼い目と蒼い毛と白い毛のコーギーちゃんの耳を噛んでいる金色と白い毛のコーギーちゃんを離すと、蒼いコーギーちゃんを抱き上げてみた。
「耳は大丈夫かな?」
私は蒼いコーギーちゃんに聞いた。
「あ、ありがとう。 何とか耳は無事みたいだ。」
耳はヨダレでベトベトだけどな。
蒼いコーギーちゃんのベトベトになった片耳を私はハンカチで拭いてあげ、地面に降ろす。
コーギーちゃんは金色の子と、紅い子が居た。
話を聞くと、コーギーちゃん達は姉妹で、生まれて直ぐに母親に捨てられてしまったんだとか。
名前も無いとの事なので、蒼い子をケルちゃん、紅い子をベロちゃん、金色の子をスゥちゃんと呼ぶことにした。
私は親が居ない同士だからと、強引に彼女達と一緒に住めばこの寂しい気持ちと、ユーリーを失った悲しみをまぎらわす事が出来ると思った。
一人は嫌だ。
だから私は・・・。
「そうだ、名乗っていなかったね。 私の名前はリリス。 ねえ、ケルちゃん。 何処にも行く宛が無いのなら、私と一緒に暮らさないかな?」
私は寝ているベロちゃんを抱っこしながら、ケルちゃんに聞いてみた。
勿論お肉もあるよ。と言うと、スゥちゃんが金色の瞳をキラキラしながら、一緒に住むって言ってくれた。
さっきまで寝ていたよね?
「えっと、妹が一緒に住むなら、アタシもお願いします。」
アタシもだけど、沢山食べるから、それだけは勘弁してくれよな。
私はこの出会いを忘れないだろう。
最初は寂しさからだったけど、段々私の中で彼女達はかけがえの無い存在になっていた。
「これから宜しくね。 ケルちゃん、ベロちゃん、スゥちゃん。」
「お~い、朝だぞ~。」
私を起こす優しい声。
私は、一緒の布団で眠るエスタノール、通称エルちゃんに抱き着いていた。
色々と柔らかでフカフカなエルちゃんは、私専用女神様だ。
「今日の朝御飯は、リリスが作ってくれるんだろ?」
そうだ! 私はガバッと起きた。
ネグリジェ姿のエルちゃんが眩しい。
私はケルちゃんにおはようと挨拶する。
人化したケルちゃんは、私と出会ったままの綺麗な蒼く澄んだ瞳を私に向けている。
「今日も宜しくねケルちゃん。」
何だか悲しい夢を見たような気がするけど、ケルちゃん達に出会ったシーンしか覚えていない。
今は、私の回りには沢山の人達が居る。
今日も私に向かってベロちゃんとスゥちゃんが飛び込んできた。
お読み頂きありがとうございます。
作者の小説を読んでくれた全ての方に感謝を。