第百四十六話:魔法による決闘
正直、無力化するだけだったら簡単にできる。
魔法なんて使わずとも、ちょっと神力を解放してあげるだけでも、ビビッて逃げ出すことだろう。
でも、あんまり事を大きくしたくないというのはある。
一応、これから先に学会発表があるわけだし、そこで万が一にも報復に来られたら困るし、できれば穏便に解決したいところだ。
でも、それはそれで暴行を受けた少年が可哀そうではあるし、何らかの罰は与えてあげたい。
んー、どこら辺までなら軽く済ませられるだろうか。
「まあ、私はよそ者ですし、この町のルールに深く突っ込む気はありませんよ」
「そう。ならさっさと帰ることね」
「でも、目の前でいじめられている人がいるのに、見て見ぬふりをするほど落ちぶれてもいません」
「だからこれはいじめじゃ……と言うより、あなたもしかして戦うつもりなの? いや、戦うのはそっちの人でしょうけど……」
少女はちらちらとエルの方を見ている。
魔法って言うのは、大人になるにつれて徐々に使えるようになるものだ。
子供の内は、自分の持っている魔力に慣れる段階であり、仮に魔力を多く持っていたとしても、そこまで強力な魔法は使えない。
だから、私が戦力外と見て、エルを見ているんだろう。
エルは見た目だけなら一応成人しているし、戦うならこっちだって考えるのは自然なことだ。
しかし、この様子を見る限り、少なくともエルにも勝てるとは思っている様子である。
確かに、見た感じみんな魔力は多いように感じる。少女はもちろん、いじめている少年二人も、何ならいじめられている少年だって平均よりは高いだろう。
ある程度魔力を操ることに長けているのなら、相手の魔力を感じ取って、大体の実力を測ることができる。それで、エルのことを測ったのかもしれない。
まあ、その測った量はめちゃくちゃ抑え込んだものなんだけども。
「争いは好みません。ですが、その人も見捨てられません。どうか、私に免じてここは退いてくれませんか?」
「はあ? そんな要求が通るとでも……」
「何なら決闘してもいいですよ。確か、この町だとそういう文化があるんですよね?」
ルシエルさんからちらっと聞いただけだが、この町には魔法による決闘が行われているのだという。
本来の決闘は、お互いに譲れない主張がある際に、白黒つけるために行われるものである。その内容は様々で、基本的には戦闘によって決めるが、場合によっては技術の比べあいなんかもあるようだ。
で、この町では魔法が発達しているからか、魔法による決闘が行われているらしい。
簡単に言うと、西部劇とかである、早撃ち勝負みたいな感じ。
お互いに背を向けて三歩歩き、振り返ってお互いの杖を落とす。実にシンプルである。
場合によっては、杖でなく、本人を狙う場合もあるようだけど、まあそれはもっと本格的な決闘なので、ここでは多分関係ない。
「へぇ、面白いじゃない。いいわ、その話乗った」
「いいんですか? 別に無視しても……」
「誇りあるグラム家の息女として、挑まれた決闘を無視はできないわ。あんた達は見届け人をしなさい、いいわね?」
「まあ、そういうことなら」
他の少年二人は少し不服そうだったが、少女が乗り気なのを見て、しぶしぶ了承したようだ。
まあ、相手にとっては、子供の癇癪みたいなものだと考えているんだろう。
相手がエルだろうが私だろうが、絶対に負けない自信がある、そんな感じがする。
まあ、それはこちらも同じことなんだけど。
「私はフラン。フラン・フォン・グラムよ。あなたは?」
「私はハクと言います。よろしくお願いしますね、フランさん」
「いや、あなたに言ったんじゃないんだけど……」
調子が狂うと言わんばかりに、困惑した目を向けられる。
でも、決闘するんだから、決闘する者同士が挨拶すべきだよね?
「相手は私なんですから、間違っていないのでは?」
「は? 本気で言ってるの? そっちの人はともかく、流石にあなたには負けない、と言うか弱い者いじめになるからやりたくないんだけど」
「今まさに弱い者いじめしてた人が言いますか?」
「むっ……ふん、まあいいわ。そっちがそう決めるなら問題ない。後で文句言わないでよね」
納得いかなそうな顔はしていたけど、ここでエルに出てもらう必要はないだろう。
まあ、そっちでも構わないっちゃ構わないけど、エルはいざと言う時のために見張りをしていてほしい。
いざと言う時が来るかは知らないけど。
「決闘のルールは知っているわね? お互いに背中合わせになり、合図とともに三歩歩いて、三歩目の瞬間に振り向いて相手の武器を魔法で落とす。配慮するなら、使う属性は水とか風が好ましいけど、あなたはどっちか使える?」
「どちらも使えますよ」
「む、ダブルか。なら、私も水魔法で狙うわ。そう言えば、あなた杖はあるの?」
「あ、そう言えば」
いつもは杖なんて使わずに魔法使ってたから、すっかり使うのを忘れていた。
一応、杖自体は持っている。
以前に王様から貰った、世界樹の杖も未だに健在だし、その後にもいろんなお礼とか、興味本位で作ったものが何本かある。
いずれも両手杖だから決闘で使うのは不利だけど、まあ、問題はないだろう。
「これですね」
「へぇ、両手杖ね。私はこれよ」
そう言ってフランさんが見せてきたのは、片手で持てる、短めの杖だった。
いわゆるロッドと呼ばれるものよりもさらに短く、本当に狙いを定めるためだけに使われるような杖である。
恐らく、こんな杖を使うのはこの国くらいじゃないだろうか。他の国とかでは、最低でもロッドを使うのが普通だと思う。
「アンティーを決めましょう。そっちの要求は、こいつへの説教をやめろってことでいい?」
「はい。できれば今後一切やめて欲しいですね」
「ならこっちは、こっちの言うことに口を出すな、でいいわ。それでいい?」
「はい、大丈夫ですよ」
「決まりね。じゃあ、始めましょうか」
そう言って、フランさんはこちらに背を向ける。
この場所は、細い通路のようになっているので、三歩歩く程度の距離はしっかりと保たれている。
見届け人として、相手の少年二人とこちらはエルがつき、準備は万端。
一歩、二歩と歩を進める間に、私は頭の中で魔法陣を思い描いておく。
振り返ってから魔法を放つ場合、瞬時に状況を理解できる能力が求められると思うけど、普通の魔法の場合、大抵は詠唱が必要になる。
それならば、早撃ち勝負とはいってもゆっくり狙う時間はあるし、いかに噛まずに詠唱できるかって勝負になるだろう。
しかし、この町では恐らく無詠唱が基本だと思う。そうでなければ、早撃ち勝負なんて文化が始まるとも思えないし。
だから、詠唱なんて抜きで、速攻で仕留める。
万が一にも負けたくないから、ここは大人げなく行くよ。
「さん! ウォ……」
「ウォーターボール」
「きゃっ!?」
振り向いた瞬間、水の玉が高速で杖に直撃し、フランさんの杖を落とした。
見た限り、相手は詠唱破棄はしていたけど、撃ちだすところまでいけなかった様子。
まあ、流石に行けるよね。カッコつけて、失敗しなくてよかった。
私はほっと息を吐きつつ、フランさんの下に向かっていくのだった。
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