第百四十二話:奇妙な盗賊
順調に進んでいたが、途中で妙な反応に出くわした。
現在は、右側を高い崖、左側が断崖絶壁と、ちょっと危険な道を進んでいるのだけど、その崖の上に集まる集団の気配を察知したのだ。
確か、ルシエルさんの話だと、崖上から岩を落としてくる賢い魔物がいるという話があったから、それかなと思ったんだけど、どうもこの反応、人間な気がするんだよね。
数はおよそ10人ほどで、近くにある岩に集まっているから、多分それをこちらに向かって落とす心づもりなのだろう。
まさか、魔物の仕業かと思ったら、人間の仕業とは思わなかった。
しかし、なんでこんなところに人間がいるんだろうか? 盗賊かな?
確かに、ここを通るのは、安定と引き換えに時間を優先したチャレンジャーばかり。周囲の町でも、運悪く崖から落ちたとか、魔物に襲われたとかしか伝わっていないようだし、ここで盗賊行為を行っても、ばれる心配はないだろう。
これだけ霧が深ければ、万が一にも目撃される心配もないわけだしね。
そう考えると割と合理的なんだろうか。
「ルシエルさん、崖上に恐らく盗賊がいるんですけど、どうしますか?」
「盗賊ですか? 魔物ではなく?」
「はい。10人ほど確認できます」
「となると、この道で起こった事故の何割かは彼らが関わっていそうですな。できることなら、捕まえて今後の安全を確保したいところですが……」
「捕まえようと思えば捕まえられますけど、この先に町ってあります?」
「山を抜ければ、近くにあります。もし、引き渡すとしたらそこでしょうな」
「うーん、どうしましょうか」
山道の進捗としては、大体三分の二ほど進んでいる。
仮に、ここで彼らを捕まえて、近くの町まで移送するなら、残りの三分の一を一緒に移動する必要がある。
ただ、当然ながら馬車には乗り切らない。そもそも、ルシエルさんの安全を考えると、馬車に乗せるのではなく、歩かせる必要があるだろう。
しかし、歩かせるとなると、当然足は遅くなる。今は結構順調に進んでいるから、予定より早く着きそうではあるけど、ここでこの遅れを許容できるかと言われたら微妙なところだ。
盗賊にかかっている懸賞金目当てで、殺してしまうという考えもあるかもしれないが、私は殺しが好きじゃないし、そもそも、近くの町ですら盗賊の情報はなかったんだから、懸賞金そのものがかけられていない気もする。
まあ、本当に盗賊だったら多少は出してくれるかもしれないけど、そんなはした金のために殺しをする気にはなれない。
となると無視するのが一番いいんだろうけど、それだと、今後この道を使う人が被害を被ることになる。
関係ない人達とはいえ、認知しているのに無視するのはちょっと心が痛む気がしないでもない。
「転移魔法で送ってしまえばいいのでは?」
「うーん、まあ、それもありなのかな?」
転移魔法は、知っている場所にしか飛ぶことはできないから、飛ぶとしたらここに来る前に寄った町に飛ぶことになると思うけど、それなら簡単ではある。
使い切りの簡易的な転移魔法陣なら、簡単に描けるだろうしね。
移動の手段を説明するのが面倒と言えば面倒だけど、それくらいだったらどうにか誤魔化せる気もする。
「とりあえず、無力化はしてしまおうか」
どのみち、放置していたら妨害されてしまうのは目に見えているのだし、とりあえず無力化してから考えることにした。
相手は崖上にいるけど、これくらいの距離だったら一瞬で詰められる。それは水平だろうが垂直だろうが関係ない。
「エル、いったん止めるから、ルシエルさんの護衛をお願いね」
「承知しました」
私は馬車を止め、御者台から立ち上がる。
相手はこちらが止まったことに違和感を持っているのか、岩を押すタイミングを計りかねているようだけど、もうその岩を押す必要はない。
跳躍魔法で一気にジャンプし、崖上へと着地する。
すると、こちらに気づいた何人かが、警戒した声色で怒鳴ってきた。
「な、なんだ貴様は!? どこから来た!?」
「どこからって、あなた達も見ていたでしょう? あの馬車ですよ」
「あ、ありえない! あの一瞬で、ここまで来れるわけが……」
「とにかく、下手に放置して妨害されても困るので、無力化させていただきますね」
私の言葉に、盗賊らしき人達は懐からナイフを取り出して構える。
と言うか、この人達本当に盗賊なんだろうか。
確かに、ボロボロの衣服ではあるんだけど、動きやすい服装とかではなく、ローブ姿である。
万が一にも見られないための対策なんだろうか。それとも、この服しかなかったんだろうか?
何となく怪しいけど、とりあえず目先の目標を優先することにする。
「……っと、こんなものですね」
「ば、馬鹿な……」
今更私が普通の盗賊相手に後れを取るようなことはない。
ちょちょいと高速で移動して、ナイフをはたき落とし、ついでに首をトンってやって意識を刈り取ってやれば、あっという間に制圧は完了である。
一応、事情を聞くために一人は意識を刈り取らないで置いたけど、一体どんな集まりなんだろうか。
「そ、それ以上近づくな! それ以上近づけば、我らが母が黙っていないぞ!?」
「母、母親ですか? あなた達は兄弟か何かなんですか?」
「そうとも。我ら偉大なる母にご降臨いただくために集合した信徒である! 我らの崇高な目的を邪魔するならば、天罰が下ることになるぞ!」
「あー……」
なんだか怪しい格好だなと思っていたけど、そっち系だったか。
確かに、ここは閉ざされた場所だ。ほとんど霧がかかっていて全容は明らかになっていないし、魔物も多いから通る人も足早に去っていく。
そんな場所なら、何をしようが誰にも気づかれることはない。それこそ、母とか言うのを降臨させようとしても誰も咎めない。
この人達が言う母と言うのがどの神様のことを差しているのかはわからないけど、普通に考えるなら、邪神とかそんな感じなんじゃないだろうか。
そもそも神様かどうかすらわからないけど。
「まあ、私には関係ないですね。危害を加えてくるなら倒す、それだけです」
「くっ、何と罰当たりな。母の裁きが怖くないのか!」
「そもそも、その母って言うのが誰のことかわかりませんし、仮にあなた達の母親が出てきたとしても、あなた達の悪行を報告して注意するだけですよ?」
まさか本物の母親と言うわけではないと思うが、そのままの意味で取るならそういうこともあり得る。
一応、家族で盗賊やっているというパターンもなくはないけど、この人達は違うだろうな。
「我らが母は、貴様のような矮小な人間ではない。暗黒の神であり、その乳はいかなる病も治し、不老長寿の力を与えるのだ。これはどの神も持っていない、偉大な力である」
「はぁ……」
まあ、母と言うからには女神なのかな? 暗黒の神とか言っているけど、ますます誰かわからない。
不老長寿の力を得るってだけなら、ネクター様が普通にやりそうな気がしないでもないけど、今の神様の力ってあんまり伝わっていないんだろうか。
まあ、主要な神様はともかく、それ以外の神様はあんまり名前を聞かないと言えば聞かないけど。
「我らが母の偉大さがわかったか? さあ、我らを解放しろ。さすれば罪には問わない」
「いや、解放するわけないじゃないですか」
「なっ!? き、貴様、我らが母の罰が怖くはないのか!?」
「その母? がどんな神様かは知りませんけど、私には大して重要なことには映りません。それよりも、あなた達を放置して、新たな犠牲者が生まれる方が心配です」
もどきとはいえ、一応神様になったしね。そりゃ、本物の神様が出てきてしまったら、勝てないとは思うけど、私の知る神様を思い出しても合致する神様はいないし、仮に私の知らない神様なんだとしても、暗黒の神とか言われるような神様なら、すでに処罰されている可能性が高い。
神界では、かなり緩い雰囲気ではあるけど、一応法は存在していたからね。
そもそも、仮にそんな神様が存在したとしても、この人達が呼べるわけがない。多くの神様は、地上に降りることを禁止されてるんだから、呼ばれたって来るわけない。
ちょっと面倒な奴を相手にしちゃったなと思いつつ、本格的にどうしようかと考え始めた。




