第百三十八話:ゴーレム馬の製作
ホムラの話を聞いた後、家に帰って一夜を明かした。
時間に余裕がないとはいえ、流石に一日や二日遅れたくらいでどうにかなってしまうなら、アダマンタイトのゴーレム馬を作ろうなんて発想にはならない。
私の計算が正しければ、その山道をノンストップで突破できるのなら、あと三日くらいは猶予があるはずだ。
それに、最悪最終手段として、竜の姿になって飛んでいくという手も残されている。
ルシエルさんからしてみれば、ちょっとした恐怖体験だろうが、まあ学会に参加するためなのだから、少しくらいは許容してくれるだろう。
「さて、多分できてると思うんだけど」
私は今日も竜の谷に赴く。
竜人達は、各地で保護した、迫害されていた人達である。
それ故に、竜の谷から出ることは割と危険であり、彼らが竜の谷から出ることは生涯ないだろう。
だからこそ、趣味に没頭する時間が増えるというか、特に生産技術においては秀でている。
本来なら、アダマンタイトを加工する炉を用意するだけでも大変だが、それすらも一度見ただけで用意していたようだしね。
彼らの手にかかれば、見慣れない鋳型の一つや二つ、簡単に仕上げてくれるという信頼がある。
そう思って、竜人の里を訪れたわけなんだけど、予想通り、きちんと完成していた。
「おお、結構大きい」
大きさとしては、本物の馬と同じくらいである。
ゴーレムとして動かす以上は、膂力を確保するためにもっと大きくしてもかまわないのだけど、そもそも馬のゴーレムがきちんと作れるかもわからないし、仮に作れたとしても、馬車として移動する以上、他の馬よりはるかに大きかったら見た人を驚かせてしまう。
このゴーレム馬を、あえてゴーレムですよと広めるつもりはないし、見た目はきちんと馬に寄せて作るつもりである。
まあ、どうしても金属光沢は出てしまうだろうから、毛皮をかぶせるとかしないといけないかもしれないけどね。
それはともかく、後はこの鋳型を使って、馬型のアダマンタイトを形成するだけである。
「ハク様、アダマンタイトの方は十分な量があるので?」
「あ、うん、これだけあれば足りるかな?」
私は【ストレージ】から、大量のアダマンタイトを取り出す。
これだけの大きさとなると、使う量も必然的に多くなる。
まあ、別に中身までびっちりアダマンタイトにする必要はないかもしれないけどね。むしろ、重さを考えると、中は多少空洞にしないといけないかもしれない。
そこらへんは竜人達の意見も参考にして、最適な形を取ることにする。
下手に私の知ったかぶりの知識でやっても、上手くできないだろうしね。
「では、熔かしていきますね」
鋳型をあれこれ試行錯誤して、最適な形にした後、ようやくアダマンタイトを熔かして流し込んでいく作業である。
一応、辺りに結界を張ったから、暑さは感じないはずだけど、もう見ただけで汗が噴き出てくるようだ。
アダマンタイトは熔かしても若干その色を残しているせいか、鉄を溶かしているような赤々とした色にはならないけど、それが逆に不気味さを醸し出しているのかもしれない。
しばらくして鋳型に流し終わり、後は冷却するのみ。
多分、アダマンタイトほどの硬さを誇るなら、水をぶっかけてすぐに冷やしても何とかなりそうだけど、怖いのでとりあえず空冷である。
さて、うまく行くといいんだけど。
「では、御開帳ー」
十分冷えたと思われるタイミングで、鋳型を破壊していく。
すべて壊し終わると、そこには、淡い緑色をした雄々しい馬の姿があった。
「見た目は大丈夫そう、かな?」
「完全に銅像ですね」
エルの言葉に、確かにそれにしか見えないと思ってしまった。
まあ、色合い的には青銅の方が近い気がするけど、こんな色の馬いないだろう。
やっぱり、馬に寄せるなら、上から毛皮とかを張り付ける必要がありそうだ。
〈見事にカチカチだな。これ、どうやって動かすんだ?〉
「ゴーレムにする場合、多少の関節は勝手にできるはずだけど」
ゴーレムは、基本的には岩の塊ではあるけど、関節がないわけではない。そうでなきゃ、歩いたり腕を振り下ろしたりできないしね。
今回の場合、鋳型で作ったから関節なんて皆無だけど、恐らくゴーレムにすれば、きちんと動いてくれるのではないかと期待している。
まあ、動かずに割れてしまったりしたなら、それはその時考えればいいだろう。何なら、関節部だけ別で作ってもいいしね。
それに、神力の塊だから、多少の無茶は通してくれるはず。今回はそれ目当てでわざわざアダマンタイトにしたのだし、きちんと機能してくれると嬉しいのだけど。
「コアは大丈夫ですか?」
「うん。すでに内部に埋め込んでるよ」
鋳型を作る際に、コアを入れる部分をあらかじめ開けておいた。
外から取り出せなくなるけど、どのみちゴーレムになったら壊すくらいでしか取り出せなくなるし、問題はないだろう。
まあ、あれだけの高温にさらされて熔けてないかが少し心配ではあるけど。
ダメだったら、頭とかに外付けするしかないかな。ちょっとカッコ悪いけど。
「後は、上手くゴーレム化できるかだけど」
元々、ゴーレム化の手順はこんなものではない。
錬金術師達は、コアとなる魔石と、素材となる岩などを使って人工的にゴーレムを作るが、こんな風に初めから形を作ってからやるものではない。
だから、うまく行かない可能性もある。本来なら、時間が迫っているタイミングですることではないのかもしれないけど、ちょうどいいアイデアだと思ったので採用させてもらった。
これでうまく行ったなら、馬車の新しい時代が来るかもしれないし、ぜひとも成功してほしいところだけど、果たして。
「行くよ」
私は馬型のアダマンタイトに手を触れ、中にあるコアと、アダマンタイトの中に流れる神力の流れを読み取る。
アダマンタイトは、無機物としては珍しく、その中にみっちりと神力が詰まっているのが特徴だ。
以前は魔力だと思われていたけど、神界にある素材なのだから、恐らくこれは神力なのだろう。
で、これを動かそうとすると、びっちりと詰まりすぎていて、普通にやってもびくともしない。
これを動かすためには、隙間を作る必要がある。つまり、神力を少し抜くわけだ。
これに関しては、私なら問題なく実行できる。もはや、神力の使い手としては、今の地上なら右に出る者はいないだろうしね。
そして、空いた隙間を通して、コアに向かって神力を流し込む。
コアとなる魔石には、ゴーレム化するにあたって、いくつかの仕掛けを施してある。
ただ単純に魔石に神力を流しただけだと、砕けるか、変換されるかだけだからね。それを、動きに変える必要があるので、一工夫しているわけだ。
後は、上手い具合にこれを繋げていけば……。
「……できた、かな?」
恐らくうまく行ったと思うので、手を放して少し離れてみる。
さて、上手く動いてくれるといいんだけど。
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