第九十一話:討伐完了
傷を負ったオーガロードが闇雲に腕を振り回す。
二人はすぐさま跳んで距離を取り、攻撃の手から逃れた。
しかし、その間にオーガロードの腕に刻まれた傷が再生していく。
どうやら私の見間違いではなかったようだ。このオーガロードは高い再生能力を持っている。オーガ自体にそんな能力はないと思うけど、変異した結果なのだろうか。
目に受けた一撃も次第に回復していき、血走った目が二人を見下ろしている。
「再生能力持ちのようですね」
「ええ。ちょっと厄介ね」
再生するには多少のラグがあるようだったが、それでも結構早い。
アリシアさんが振り下ろされる拳を回避して腕に剣戟を叩き込み、それに合わせてミーシャさんが腹部に爪を突き刺す。しかし、その傷もしばらくすれば消えてしまった。
「なら、再生する前に切り刻むだけです」
攻撃の間隔を見切り、相手の腕を踏み台にして高く跳ぶ。
狙うは首。それはほとんどの生物にとっての弱点であり、再生能力持ちとは言えど容易には回復できない場所でもある。
しかし、オーガロードもただで首を取られるほど馬鹿ではないようだ。
迫りくるアリシアさんを見るや、鋭利な角の生えた頭部を勢い良く突き出して頭突きをかます。
空中では思うように身動きはとれない。受けようと剣を構えたアリシアさんだったが、その前にミーシャさんが割って入り、オーガロードの頭を揺らした。
狙いがそれた角は空を切る。即座に状況を判断し、オーガロードの頭を踏み台にすると、そのまま背中側へと回った。
「はあっ!」
勢いに任せて縦に回転しながら首筋を切りつける。
遠心力の乗った攻撃は首元を大きく抉り、血飛沫を上げた。
だが、まだ足りない。アリシアさんが持つ細身の剣では首を切断するまでには至らない。
「ミーシャさん、追撃を!」
「任せなさい!」
空中を駆けるミーシャさんはオーガロードを押しのけた反動のまま一回転して華麗に着地を決めた後、すぐさま高く飛んで背中に回る。
ミーシャさんの身体強化魔法なら瞬時に距離を詰めるのも容易だ。
一瞬のうちにアリシアさんの下に辿り着いたミーシャさんは、大きく振りかぶって同じ場所に爪を叩き込んだ。
「グギャァァアア!?」
オーガロードの断末魔が上がる。
弱点であるうなじに立て続けに攻撃を叩きこまれ、すでに首の半分ほどが切断されていた。
しかし、それでも死なない。驚異的な回復力を持ったオーガロードは他の同種と比べて人一倍生への執念が強かった。
腕を振りかぶり、背中に乗る二人を掴み上げる。
先程サリアさんにやったように、小さな人はそれだけで致命傷となるから。
だが、その手が二人に届くことはなかった。
「シャドウ、バインド!」
腕に闇色の縄が絡みつく。それは動きを完全に止めるには魔力が足りなかったが、二人に猶予を与えるには十分すぎる時間だった。
闇魔法は基本属性の魔法と違い、妨害系の魔法が多い。その分、攻撃手段に乏しいという弱点こそあるものの、相手の邪魔をするということに関しては右に出る属性はない。
だからこそ、ボロボロの状態でもしっかりとした効力を持つ魔法を放つことが出来る。
あの時、一息に握りつぶせていればこうはならなかっただろう。オーガロードは片手でぬいぐるみを抱き、こちらに殺意の篭った目を向けている少女を見て自分の死期を悟った。
「もう一発!」
腕を回避し、再生される前にもう一度攻撃を叩き込む。
いくら強固な皮膚を持っていても、すでに半分ほど切断された場所だ。その強度は半減し、残り半分を切り裂くのにそう時間はかからなかった。
オーガロードの首が落ち、それと同時に体がうつ伏せに倒れ込む。
もはや再生の兆しはない。完全に絶命したのを見て、ほっと息をついた。
ああ、生き残れた……。
ほっとしたら、何だか眠くなってきてしまった。
魔力切れという極限状態だったということもあるだろう。危機が去ったという安心によってドッと疲れが押し寄せ、閉じられないはずの瞼が落ちていくような感覚を覚える。
後は二人に任せよう。そう思い、私はそっと意識を手放した。
意識を取り戻すと、なんだか周りが騒がしかった。
開くまでもなく開いている目に飛び込んできたのは床の上でゴロゴロと転がっているミーシャさんの姿。何やら胸にぬいぐるみを抱え、意味の分からない声を上げている。
一体何事。
『ここは……』
「ん? あ、ハク、気が付きましたか?」
横からひょっこりと現れるようにアリシアさんが視界に入る。
きょろきょろと視線をさ迷わせてみると、ここはどうやらサリアさんの屋敷のようだった。
私が不意打ちを受け、最初に連れてこられた部屋。同じように椅子に座らされているのだろう、ちょっと低いかなと思うくらいの視界だ。
「ここはサリアさんのお屋敷ですよ。あれからいったん私の家に寄った後、ここに戻ってきたんです」
『無事に帰ってこれたんですね』
正直、あの戦闘を経て生きて帰れるとは思わなかった。
私はぬいぐるみだから運が良ければ見逃された可能性があったけど、サリアさんは確実に死んでいただろう。
あの時アリシアさん達が来てくれなければ確実に終わっていた。
『助けてくれてありがとうございました』
「いえいえ、ハクのためでしたらどこへでも飛んでいきますよ」
『でも、どうしてあそこがわかったんですか?』
助かったことは嬉しい。しかし、あのダンジョンは現在調査中で一般の立ち入りは禁止されている。
私達は裏口ともいえる場所から無断で侵入したのであって、普通は入れない場所だ。
探していたにしても、普通そんな場所に入らないだろう。それに、アリシアさんがなぜミーシャさんと一緒にいたのかも気になる。
二人に接点なんてあったっけ? 一応、ミーシャさんが出資したサクさんの道場の弟子がアリシアさんだけど、直接的な関係はあまりなかったような?
「あの後ずっと見張ってましたから。サリアさんがハクに何かするのは目に見えてましたし」
アリシアさんはサリアさんの屋敷を出た後、密かに屋敷を見張っていたらしい。
乗り込むことはできないまでも、万が一私に何かあったならすぐに駆け付けられるように準備していたそうだった。
まあ、確かに腕を引きちぎられたりしてたね……。まあ、終わったことだからもういいんだけど。
「そしたら、ハクを連れてサリアさんが出てきたので尾行していました。そしたら、途中でミーシャさんに会いまして」
アリシアさんとミーシャさんが出会ったのは本当に偶然だったらしい。
もし戦闘になった時、一人ではサリアさんに勝てないと踏み、私と仲のいい(というよりは一方的に慕っている)ミーシャさんを引き込むことに決め、事情を話したら快く引き受けてくれたそうだ。
アリシアさんがあの時持っていた剣もミーシャさんが予備で持っている剣だったらしい。
「町の外に行くのでもしかしたらこのまま逃亡するのかとも思いましたが、森の中に入っていくのが見えたので、ダンジョンが目的ではないかと思ったんです」
『それで居場所がわかったんですね』
「はい。それでもダンジョンの入口に行くまでは確証はありませんでした。今は立ち入り禁止になってますしね。でも、入り口で兵士と話していたら、奥から雄たけびが聞こえてきて、何かあったんじゃないかと思って無理矢理中に入ったんです」
雄たけびは十中八九オーガロードのものだろう。
落盤も頻発していたし、中に誰かいるという確証を得るには十分だったと言える。
何日かに一度ならともかく、一日のうちに頻発していたらそれは中で誰かが暴れているということであり、その理由は誰かが魔物に襲われているからだと想像できる。初めからダンジョンに私達がいるという予想を立てていたアリシアさん達にとってそれは十分な証拠となったようだ。
あの時、時間稼ぎに徹したのは間違いではなかったということだ。
諦めていたら間に合わなかっただろうし、逃げ出そうとして無理に詰めていたら攻撃を受けて動けなくなっていただろう。
可能性が低い作戦だとは思っていたけど、それに賭けて本当によかった。
「本当に、無事でよかったです……」
『……ご心配おかけしました』
うっすらと涙を浮かべるアリシアさんに謝罪する。
そもそもアリシアさんがこんなことをする羽目になったのは私がわざわざ捕まりに行ったからだ。そうでなければ、こんな事態にはならなかっただろう。
あの時はサリアさんを落ち着かせるために仕方がなかったとはいえ、だいぶ心配をかけてしまった。
それほどまでに心配してくれる人ができたというのは喜ばしいことなのだろう。しかし、だからと言って心配させていいかと言われればそうではない。
もっと、強くならなくちゃな、と強く思った。
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