第九十話:援軍
魔法耐性の高さというのは魔法に対していかに抵抗できるかという指標である。
これが高ければ魔法のダメージを軽減できるし、魔物ならば初級魔法程度ならダメージをほぼ0に抑えることが出来るものも多いことだろう。攻撃以外の魔法でもある程度は弾くことが出来る。ただし、全く無視することはできない。
魔法耐性が高くても微々たるものとは言えダメージは入る。食らっていないように見えているだけだ。
だから、魔法耐性が高い相手だからと言って魔法が全くの無意味かと言われたらそうではない。特に、妨害系の魔法は役に立つ場面が多い。
「シャドウバインド!」
サリアさんの掛け声に合わせてこちらも水の縄を飛ばす。
影と水が重なり合い、オーガロードの身体を絡めとった。オーガロードは振りほどこうともがいているが、強固な縛りは膨大な力をもってしても簡単には振りほどけないようだった。
私達がとった行動はオーガロードを拘束すること。
魔法耐性は高くとも、持続が長い束縛系の魔法に関してはすぐに弾かれることはない。と言っても、あの馬鹿力と魔法耐性を考えれば効力は通常の半分以下だろうけど。
私達にもはや勝ち目はない。逃走するのも至難の業だ。
ならばどうするか? 助けを待つ他ない。
幸い周りの光る石の分布状況を考えるとここは比較的入口に近いはずだ。ここでこれだけ騒ぎが起きれば入り口にいる門番が気付いてくれるかもしれない。
このダンジョンはオーガ騒動のせいで調査中。つまり、調査のために派遣された冒険者もいるはずだ。彼らが今ここにいるかどうかはわからないけど、可能性はある。
少しでも時間を稼ぎ、彼らが到着するのを待つ。そして、彼らと協力してこの危機を脱する。それが私達の勝ち筋だ。
「グオォォォオオオ!」
オーガロードが力任せに拘束を引きちぎってくる。それに合わせ、すかさず追加の拘束魔法を行使する。
正直長くは持たない。私とサリアさんが力を合わせてようやく抑え込んでいるって感じだ。
私の魔力はもう長くは持たない。恐らく、あと一分もすれば尽きてただのぬいぐるみになってしまうだろう。
それまでに何とか助けが来てくれればいいのだが……。
「ハク、後どのくらい持つ?」
『あと一分も持たないかと。すいません……』
「大丈夫! その時は僕がハクの分もやるだけだ」
オーガロードが暴れ、手にした棍棒を無茶苦茶に振るうたびにダンジョンが揺れる。落石も増え始め、この空間も長くは持ちそうにない。
それでも、サリアさんは全く諦めていなかった。
折れてしまった片腕をだらりと下げ、時折苦しそうに呻きながらも、へこたれず、目をそらさずに立ち向かっている。
その姿を見て、私も負けてられないなと思った。
サリアさんは確実に変わろうとしている。ならば、焚きつけた私もそれに応えなくちゃ申し訳ない。
より一層魔力を籠め、拘束に力を入れる。
だが、決意とは裏腹にその拘束力は見る見るうちに弱まっていった。
『あっ……』
「ハク!」
水の拘束が解け、私の身体が力を失ったようにぽとりと落下する。
地面に叩き付けられるが、受け身すら取れず、成す術もなくその場に転がった。
「(ああ、魔力切れか……)」
意識が朦朧とする。サリアさんが私の名前を呼んでいるが、それすらも遠くで叫んでいるように聞こえた。
ここまでか……なんだか情けないな。
サリアさん一人ではオーガロードを止めることはできないだろう。まだ私が残した拘束が辛うじて動きを止めているようだったが、それもじきになくなる。
せめて、サリアさんだけでも助けたいけど、今の私にはもうどうすることもできなかった。
暗くなってくる視界の中で必死に堪えているサリアさんの姿を見ていることしかできない。
ああ、私にもっと力があれば……。
「くっ……」
やがてサリアさんが膝をつく。サリアさんだってここまでかなりの魔力を使っただろう、もう立っているのだって辛いはずだった。
サリアさんは不自由な手を動かし、私を引き寄せて抱きしめる。
私が守らなきゃいけないのに、守られてしまっている。それを痛感し、ますます胸が痛くなった。
拘束が途切れ、オーガロードが自由になる。
もはや、勝負はついた。
ゆっくりと棍棒が振り上げられる。それが私達を叩き潰すものだと想像できても、避ける気力はもはや残されていなかった。
せめて気持ちだけでも負けないように睨みつける。最期の最後まで。
ぶおんという風切り音と共に棍棒が振り下ろされた。サリアさんが私を抱く力が強くなる。
その時だった。
「ミーシャさん、行ってください!」
「任せなさい!」
ひゅっ、という風切り音と共に私達の前に何者かが立ちはだかった。
華奢な体に似合わず、巨大な棍棒を爪で受け止める彼女の腰には猫の尻尾が揺れている。
「アリシア!」
「お任せを」
ややあって、棍棒が根元から両断される。
通路から飛び出してきたのは幼い顔立ちの少女。手には細身の剣を握り、この場には似つかわしくないプラチナブロンドの髪を靡かせながら私達の前に立った。
アリシアにミーシャ。どちらも私に縁のある人達だ。
なぜここに? という疑問が浮かんだが、今はそれよりも助かったことを喜ぼう。
この二人ならば信頼できる。片や魔爪のミーシャと呼ばれる二つ名冒険者、片や剣の才能をギフトに貰った転生者。この場でこれ以上に心強い増援はなかった。
「あんた、大丈夫?」
「え、お、おう、大丈夫」
思わぬ増援の登場にサリアさんは目をぱちくりとさせながら答える。
待ちに待った増援。そのために足止めをしていたとはいえ、実際に来てくれる可能性はほぼ0に等しかった。
仮に来てくれたとしても、オーガロードをどうにかできる人なんて限られているのだから脱出できるかも怪しかった。
だから、刹那のタイミングで棍棒を受け止めたミーシャさんや棍棒を両断したアリシアさんに対して理解が及ばなかった。
そして、しばらくして思い至る。あれ、もしかして助かったのか、と。
「結構ボロボロね。待ってて、今すぐ片を付けるから」
「お、おい、オーガロード相手に二人だけでか?」
「大丈夫よ。私強いから」
そう言ってミーシャさんは立ち上がる。振り返れば、すでに戦闘は始まっていた。
武器を失ったオーガロードは腕力に物を言わせて腕をハンマーのように叩き付ける。それだけでも地面を割るほどの威力があったが、アリシアさんは最小限の動きでそれを避け、逆に腕を斬りつけていった。
細身の剣ではあるが、その剣筋は凄まじい。なにせ、動きが全く見えない。
あのタイミングで斬り付けているのだろうということはわかる。しかし、それがどのようにどうやってというのが全く見えない。
彼女が一度剣を振るえばオーガロードに無数の傷がつく。一つ一つは細かなものだったが、的確に振るわれる剣は徐々にその傷口を広げ、すでにオーガロードの腕は傷だらけになっていた。
そこにミーシャさんが加勢に入る。
腕を足場に瞬きの間に顔へと迫ると剣の様に伸ばした爪で頬を引き裂いた。
オーガロードがよろけ、バランスを崩す。その隙にさらに跳躍し、片目に爪を突き刺した。
「グギャァァアア!」
断末魔が上がった。
二人の見事な連携に思わずため息を吐く。立ち上がることも忘れ、しばしその戦いに魅入っていた。
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